記憶という刃
「桐谷澄織.....これが彼女の本当の名前だ」
ショウタは時が止まったかのように動くことはなかった。なぜなら.....
「全っ然知らなかったわ.....初めまして」
「敵にお辞儀なんかしないでよ...まったく、溜めた割には面白くない答えですね」
「知ってるか知らないかの二択だろ。そこに面白味を期待されるなんて随分俺を買ってくれてるじゃないか」
「.....俺は財布の口は硬い方ですよ。こう見えてビンボーなんで。じゃなくて.....じゃあこの情報があれば今までの既視感のモヤが晴れるんじゃないですか?」
「買うってそういう意味じゃあ...まあいい、情報があるなら名前とセットで言えよ」
「新世技研幹部失踪事件...20年前に起こった怪奇事件の被害者、と言えば少しはピンとくるんじゃない?」
ショウタの視線がミオラ...桐谷澄織に向く。
ミオラは向けられた視線に怯える。しかしそれ以上にショウタの瞳孔は少しずつ広がり動揺が見えた。
「だから見覚えが...てかカズト、お前よく20年も前の事件を...ってか20年経ったにしては綺麗すぎじゃあ.....」
「ちょ、ちょっと何の話をしてるの?事件?20年前?それだと私もわかんないから教えてよ」
魂が抜けたように狼狽えるショウタの腕をミウは大袈裟に掴む。わからないから説明しろと我儘な一面を見せるがそれに応えるほど今のショウタに余裕はなく、軽く「すまん」と謝る。
「俺が知ってたのは小さい頃、父さんの影響で新聞とかよく読んでたおかげ。ショウタさんはドンピシャじゃない?」
「あぁ、そうだな。確かにあの時ニュースかなんかで見たこの人が好きだったかもしれない.....」
「.....ミウちゃんにも分かりやすく教えるね。簡単に言うと、消えたんだ。ある会社の会議中、幹部連中が全員」
「消えたって.....ここにいるじゃない。一体どこに消えるって...」
「確かにミウちゃんから見ればこの世界が全てかもしれない。でも実際は違う、この世界の強者の殆どは違う世界の人、こちらから見た異世界人なんだ。」
「何言って...じゃあショウタも?」
「.....そうだ。」
「...分かった。話の腰を折って悪かったわね。続けて」
何か続きを問いただそうとしたが、ミウは周りを見てそれをやめた。少し前は勢いで掴めた腕も今は掴もうとする指を動かすのに精一杯だ。
「話を戻そう。新世技研が関わってたことは分かってた。あのテツジさんがトップに居たわけだし。問題は俺もこの世界にそこそこいるがまだ幹部全員を見たことがなかったんだ。」
「彼女がそのうちの1人ってことか」
「そういうこと。誤算だったのは彼女が名前どころか自分の社長さえ忘れていた。」
「名前を忘れるくらいだったら会社のことなんて忘れるだろ」
「そうとも言えないのが恐ろしい。元はただの町工場みたいなもんだったのに、テツジさんが頭張った途端、日本有数の会社。……まあ、社員が全員カリスマに酔ってたらしいけど」
「だからってそこまで.....」
「...とにかく、彼女の記憶がないことが吉とでるか凶とでるか。だから真の敵に対抗できるかもしれないって言ったんすよ」
2人の会話のテンポがズレていく。情報処理の差もあると思う。しかしそれとは別にカズトの中にある狂気にショウタは気圧される。
「.....テ、テツジ.....?シン...セイ.....?」
「記憶が混濁しているね。衛兵に連絡して地下の牢屋に移しておこう」
「そ、そういえばはぐらかされてたけどあの地下でのことについて聞きたいことが山程あるんだ...」
「その話は...もっと相応しい場所で話しましょうか」
ー
「さぁこっちだよ」
そう言ってカズトは街を案内し、小さいながら厳かな雰囲気を醸し出す料亭の前で足を止める。今までの建物も日本を感じたりする建築はあった。しかしこの料亭は日本もそうだが和を感じる、と言った方が表現としては正しいかもしれない。
「ここに個室があるんだ。美味しい料理でも食べながら、ゆっくり、深い話をしようか。」
「料理に関しては賛成だが、そんな深い話をするつもりはないぞ。」
軽いやり取りの後、木製の引き戸をカズトは開ける。その上にかかった暖簾を軽く払い中に入って行った。
ショウタはというと25年の日本生活ですら、こんな店に入ったことはない。固唾を飲み、顔を強張らせながらカズトと同じ所作で入っていく。
中に入ると、建物の木の匂いが鼻にふわりと広がる。
鍋か何かをぐつぐつと煮込む音が聞こえる、どこか懐かしい響きだ。
障子で閉ざされた個室は祖父母の家を思い出す。
受付の女性は落ち着いた色の着物を纏い、カズトを接客している。
外観通りの和を五感で感じることが出来た。
「なんか異世界に来てから1番懐かしいって思える場所だなぁ」
「私の家もこんな感じだし、みんな木が好きなのね」
「木は和の心そのもの。日本に居たらそれが染み込んでるもんよ」
「そんなこと言って〜、どうせ家にあった木なんて床の一部とかやっすいテーブルとかだけでしょ」
「カズトお前、一人暮らしの”ひ”の字も知らずの実家暮らしだろ!そのたまにある木が染みるんだろ...たぶん」
「その様子だとあまり染みてなさそうね」
知ったかを2人に詰められたところで、ショウタを助けるように受付の着物のお姉さんが「こちらです」と案内を促してくれた。
廊下を歩きながら店内を観察する。部屋数は少ないが、一室ごとのクオリティが高いのが襖の隙間から微かに見える景色でわかる。達筆な字で書かれた感じの掛け軸、その下には少ない枚数ながらも存在感のある花が生けられている。
ー
「こちらになります。ごゆっくりお過ごしください。」
「...さぁ、そんなキョロキョロしないで。俺たちもこっちで食べようよ」
そう言って襖を開け、部屋の奥へと入っていく。
ショウタ達もそれに続き部屋に入り、座布団へと腰掛ける。こんな大層な店の最奥なのだから、さぞ豪華な装飾かと思えば、先ほどの覗いた部屋の内装はほとんど変わらず。変わりに庭に抜ける襖が開いており、庭の白い砂が波打つような綺麗な模様が描かれている。部屋の一切無駄の無いシンプルなつくり、その一端の極地を堪能していると庭の方からカコンと音が鳴る。
「やっぱこういうとこといえば鹿威しだよな」
「風情があるよね。もうすぐで役者が揃うからもう少し待ってて」
ー
数分待った。
ショウタとミウの他愛無い会話をカズトが暖かく見守るという時間だけが過ぎていた時役者は揃う。
「よぉ、待ったか...しぶーく参上ぅ...うわっ!」
「早く入んなさいよ」
「痛ってぇ!蹴ることはないだろ!」
「あらそう、障害物は蹴飛ばしてでも前に進みなさいが家のモットーではなかった?」
「それ物理的にやることはないだろ!」
突然やってきた来客にショウタとミウは唖然とする。
お互い1人は知っている。別々の方をだが。
お互い1人を知らない。より強烈な方のことを。
そして唯一お互いを知り、お互いから知られ尽くされている1人が空気をリセットする。
「紹介するよ。ミヨシカズマサ、ミヨシマリ、2人は俺の両親さ。」
「両親って...確かにさっきカズマサが父親だと知っただけでも追いついてないのに母親までこんな...頭がバグっちまうよ.....」
「さっきドレスを着させてくださった方ね。まさかこんな若い旦那様がいらっしゃったなんて.....」
「どうも初めましてミウちゃん。眠っている時しか君に会えなかったが、無事みたいで良かった。てっきりもう目覚めないのかと...ぶへっ!」
「ほんとあんたって人は...初めまして、ショウタ君。ウチのカズトが迷惑かけたらしくてごめんね。今度何かお詫びでも...」
そう言い流れるような手つきでマリはショウタの手を握る。ショウタは突然の出来事に固まるが、マリはその二手三手先を行く。目を合わせ、美しい笑顔で、しかし誇張はなく至って自然な表情で。
「いやぁいいんですほんと!兄弟喧嘩のようなものですから!だから急に手握ってくるのやめてほんと」
「あら失礼。てっきり喜んでくれるのかと」
ショウタは唇を噛み締め目を閉じ、心の中で叫ぶ。
(えぇ!嬉しかったですよ!ちくしょー!)
「まぁみんな一回座ろうか。...ほらショウタさんも言わなきゃいけないことがあるんでしょ?」
「あ、あぁ一回落ち着き冷静に。素数でも数えるか」
「それでーカズト。久々の家族集合だが水入ってるけどいいのか?母さんなんて俺のこと嫌すぎて今別居してるくらいなんだから」
「えぇそうよ。お父さん、いつまで経ってもこの気持ち悪いの辞めないんですもん。こんなのと一緒に過ごしてられないでしょ?」
「ねぇショウタ。親ってほんとはあんな感じなの?私の両親は喧嘩とかしてるとか一度も見たことがないんだけど.....」
「安心しろミウ。こんなのムカつくくらいイチャイチャしてるだけだ。いやほんとに」
「あはは...明るい雰囲気のとこ申し訳ないんだけど2人に伝えなきゃいけないことがあるんだ。
2人の初期金、ショウタさんに全額ベットした。
だけど、後悔はない。母さんにはもうすでに話したと思うけど.....」
「.....そう。あなたが決めた選択なら私たちが口出しすることはない。...やり切るのよ。何があっても」
「え?何の話?.....ま、まさか俺の9900万の金全部使ったのか!あれはマリに愛を誓うために捧げたやつなのに...」
「グダグダ文句を言わないよ。あんただってその気持ち悪い見た目にするのに100万もかけたんだろ。もっといい使い方を考えなかったのかね全く。100万ミュール分の花を作るとか...さ」
カズトが落ち着かせた場で、両親2人のお金をショウタに渡したと告白する。それに対し母真凛は全てを赦し、父和正は使用用途に困惑するも真凛に宥められ渋々了承する。マリはカズマサに「気持ち悪い見た目」と罵るがショウタとミウから見たらそんなふうには到底見えない。凛々しくかっこいい顔をしているのにとショウタは心の中で思う。最後の真凛の願望は声が小さく、和正に聞こえたかどうか.....
「俺からも謝らなきゃいけません、すみませんでした。お二人の大事なお金を勝手に使ってしまい本当に申し訳ありません。」
「顔を上げてくれショウタ。これは元々無いものから得た金だ。それを俺はマリに預けたんだ。彼女が良しと言うのなら、もう何も言わないさ。」
「ええそうよ、もうこの話はおしまい。私さっきすき焼き頼んどいたから来るまで待ちましょ。」
優しさか、呆れか、願望か、冷淡か、
いずれにしろもうこの話は掘り下げないと動こうとする2人は、今日初めて息があったように見えた。
ー
「ん〜...こんな美味しいお肉初めて!マリさん、今度ママ...お母様とお父様も呼んでもいいかしら?」
「もちろん、家族みんなで来てくれるのを待ってるわ」
「ミウちゃんには食べさせ甲斐があるねぇ。ここは俺の奢りだ!じゃんじゃん食えぃ!」
「あんたさっきそのお金がなくなったって話してなかった?」
「なぬっ.....!カズト、ここは絶好の親孝行シーンじゃないか?」
「父さんカッコつかないなー、それ何回目?あんま親側が言うことじゃないでしょ」
「良かったわね、店長が知り合いで。今までの分もきっちりツケてるからどうぞまた繰り返してください。異世界だといくらでも返す方法がありますから」
「ツケの相手が夫なんだから勘弁してくれよぉ」
「このお店ってマリさんのお店だったんだ。じゃあ私達も...ツケ?なきゃいけないの.....?」
今まで何度も同じ過ちを繰り返したであろうカズマサ。助け舟となるカズトにも見放され、強制的に店長でもあるマリと取引を結ばれてしまう。マリはニコニコしながら返済方法は問わないと静かな怒りを見せる。それに怯えたミウはマリに問いかけるが.....
「ミウちゃんはいいのよ。いくらでも食べなさい。こんな自分勝手の独りよがりな男からは、いくらでも搾り取ったってバチは当たりゃしないわ。」
「そ、そんなぁ〜.....」
一連のやり取りを尻目に、そそくさと鍋から肉やら野菜やらをつまみ取り静かに食べてる男がいた。
「そんな掻き込むと行儀が悪いですよ.....それ食べたらちょっと外行きましょうよ。」
カズトから、食べ方が下品だと言われたショウタは手を止める。しかしその後の言葉で止められた手は動かせと言われたような気がした。ショウタ、カズト以外の3人は本当の家族のように談笑を続けている。そんな中耳打ちするように、外に出ようとショウタは提案された。
ー
ショウタとカズトは店を出た。
カズトは店に背をもたれながら、真剣な表情でショウタに話しかける。
「よくパスワードが解けたね。実は前々から疑ってたでしょ?」
「...別にそういうわけじゃねぇ。ただ、この世界に来てから...胸糞悪いことしてたのが.....テツジさんだったってだけだ。」
「それを疑ってたって言うんだよ。.....もし、世を正す気持ちがあればショウタさんも...」
「待て。俺はそれに応えるには、まだ知らないことが多すぎる。そんな簡単なことじゃない。それに」
「ミウちゃん.....でしょ?あの子に何も言わないで勝手に動くことが出来ないなんて...ショウタさんは今”ナニ”を目的に生きてるんですか?」
高級な店の前だからか、人通りは少ない。
そんな中、2人の男が目も合わせず正々堂々の探り合いをする。最初は砕けた誘いをするカズトだったが、ショウタは真正面から受け止め、断る。
目は合わせない。
ミウが引っかかって動けないことをカズトは見抜き、今もう一度、何を思い、何を指針に動いてるかを問う。
目は合わせない。
「目的か.....ミウを送り届けたい、エリザベスとお近づきになりたい、この世界で楽しく暮らしてたい、今はこんなとこか?お前はどうなんだよ、カズト。」
「俺の目的は家族が安全に生き、安全に元の世界に帰れればそれでいい。それさえ叶えばどんな手段も厭わない。」
「怖いこと言うな、それが俺を殺した理由か?」
「まさか、あれはショウタさんが弱すぎて”現実”を見してあげただけだよ」
「現実ねぇ...もしかしたら今の俺だったら現実とやらを見せられないかもな」
「ふっ...」
「なーにがおかしい。見てたろさっき無双してたの」
「たかが2億ミュールほどだろ。ショウタさんがさっき強化した分は」
「親の金をそれっぽっちて言ってやるなよ」
「生活と闘うためのお金じゃ、価値が変わりますよ。」
金の価値が用途によって変わる。
そんな当たり前のことだが、この世界ではそれを見極めなきゃいけないらしい。
ショウタは体をカズトへ向き直す。
カズトから出かかっている本音を引き出すように、単刀直入に刺していく。
「本題に入ろうぜ、カズト。お前は一体、俺に何をして欲しいんだ?」
「まいったなぁ...順序ごとに行こうと思ってたのに、まあいいや」
「俺と一緒に、イガラシテツジを倒してくれ」
「ずいぶんとハッキリしたな。だがやりたいことは分かった、俺が何かできるかはわからんがな」
「さっきと反応が違うなぁ.....調子狂うよ」
「なんか本音が見えた気がしてな。お前が何とかしてくれる気がするから、失敗したら責任も全部お前になすりつける」
ショウタが刺した言葉から、カズトの本音という血液が噴き出した。刺したのはショウタなのに、苦しそうな顔をしている。苦虫噛み潰す覚悟で、カズトの依頼を受け取った。
責任をなすりつけると保険をかけた時に、ショウタの握られた拳はカズトの胸にトンと預ける。まるでこれで一蓮托生だというように。
「こっちこそ、失敗しそうになったらショウタさん1人に全部なすりつけて、ミウちゃん攫って、ショウタさん囮に皆んなで逃げてやりますよ」
「せめて俺と同じ天秤になるようなプレッシャーの掛け方してくれ」
カズトも宣言をしながら、胸に預けられた拳を退ける。その宣言の天秤に若干の不満をショウタは持つ。
「最後に、この世界の基準を教えておくよ」
「10億。この金額分強くなってるやつは気をつけた方がいい。神化してるからね」
「神化?随分と大層なもんな言い方してるが、もうすでに2割はもう達成してるぜ?そんな警戒するもんか?」
「確かにショウタさんは順調に強くなってる。でも神化した転移者の前では歯が立たないだろうね。何故かそのラインを超えると爆発的に強くなるんだ。」
「10億かぁ...最初にもらえた(はず)1億ミュールとなにか関係があるのかもしれないな.....」
「そこは追々で、とりあえず教えといたからちゃんと覚えておいてよ。」
「なんでわざわざ教えるんだ、そんなこと」
「.....他の転移者もそれぞれの思惑がある。ショウタさんみたいに心を読める奴もいる。色々あるけどまぁ端的にいうと.....」
「”仲間”、だからじゃないですか?」
「”今は”、だろ?」
世界の強さを、数字で実感できた。
同じ目的の仲間?も新しく出来た。
これでようやく、目が合った。
私もいるよというようにガラッと引き戸の開く音がする。キョロキョロとするミウの顔がひょっこり出てくると、二人の顔を見て安堵した。
「どこ行ってたの?デザート食べるけど2人はどうする?」
「...じゃあ俺もらっちゃおうかなー。食ってる途中に連れてかれたし」
「そんな悪く言わないでくださいよ〜」
♫〜
突然音楽が聞こえてきた。
どうやらそれはカズトのポケットに入っていた携帯電話の着信音らしく、すいませんと謝りつつカズトは電話に出る。
「.....はい、分かりました。場所は.....あそこですね。了解っす。じゃあまた、着いたら連絡します。では。」
「仕事の電話か?もし邪魔だったら俺たちは勝手にやっとくが...」
「いや大丈夫。それよりショウタさん、ミウちゃん、二人にはこれからある街に一緒に出てもらう」
「ある街って、一体どこにいくのよ」
「沈まない街、商都ルミナリエ。砂漠の中心にある、この国1番の商業都市さ。」
カズトだけの仕事かと思われたがどうやら俺たちも出勤らしい。
やれやれ、働き者はいつ休めるのやら.....
続きを書いてみたので、評価やブックマークをしていただけると励みになります。
読んでいただきありがとうございました。
今回の話で一旦区切りとし、次話から新章を書いていきます。なので新章の準備をするのに少し時間がかかるかもです。
楽しみにしていてくれると幸いです。




