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第7話 彼女はラスボス?

 肩口で切り揃えられた金色の髪、八頭身はありそうな足の長い体型、整いすぎて人間味が感じられない顔に煌めく碧い眼。

 城咲ブレンナーは今日も変わらず眩しいほどに美しく、不動優理香と佐々岡凛という学校屈指の美少女たちと並んでなお、場を支配出来る存在感を放っていた。


「会長、今までどこに?」

 しばらく膠着した後、やっと口から出たのは単純な疑問だった。

 呼んでおきながらこんな遅い時刻まで何をしていたのか。


「職員室。連休前に仕事をある程度片付けたいのに、先生方に呼び出されてしまったから、手伝って欲しいと、そう伝えてなかった?」

「聞いてませんよ」

「それはごめん」

 謝りながら会長はウインクを一つする。

 えらく軽いが、それで相手に許す気にさせてしまうのが彼女のカリスマの成せるわざだ。


「さて、私のことは置いておいて、不動さんに佐々岡さんはどうしてここに? まさか、手伝いの手伝い?」

 問いを投げた会長はゆっくりとこちら側へと近寄り始めた。

 その歩みが俺の隣で止まった時、幼馴染と後輩の表情がより冷たく無機質なものへと変化する。


「まーくんを待っていただけです」

「こんな時間まで? それに何か話し込んでいる様子だったけれど」

「城咲会長には関わりのない話です」

 優理香が答え、佐々岡が釘を刺すという、普通なら絶対にお目にかかれないコンビネーション――二人は常に対立する反面、何故か会長に関しては共闘して対抗する傾向がある。


 獅子吼の好きな少年漫画風に捉えるなら、会長はライバル同士が共に手を取り合って倒さなくてはいけない相手ということになり、そんな役どころは一つしかない。

 いわゆるラスボスというやつである。


「関りはあるでしょう。何せ芽岸君は――」


 そんな物語最強の敵は、


「私の彼氏なのだから」


 強烈な一撃、もとい爆弾発言をぶちかましてくるのである。

 ちなみに被害を受けるのは俺で、瞬時に優理香たちが般若の形相でこちらを向く。


「誤解だ! 確かに会長からも二人と同じ日に告白されたけど、返事は保留にした!」

 一体俺はあと何回保留にしたと言えばいいのだろうか?

 あと、安息の日は本当に訪れるのだろうか?

 ついでに、明けない夜はないと信じてもよいのだろうか?

 世界に平和と安らぎの日々がいつかは来て欲しいと願ってやまない今日この頃。


「おやおや、あの待ってくださいは正式に籍を入れるのを待ってくれという意味ではなかったの?」

「違います!」

 もう似たようなネタやっているから。

 ネタかぶりはいよいよ徒労感が増すからやめて頂きたい。

 獅子吼にもワンパターンだと駄目出しされそうである。


「それは困った。私もどうやら芽岸君争奪戦に参加しないといけないみたい」

「やはり聞いていたんですね。行儀が悪いですよ」

 優理香が指摘するように、おそらく会長は俺たちが話し始めた直後には四階に来ており、事の成り行きを廊下で盗み聞きしていたのだろう。

 タイミング良く足音を立てながら現れたのは、意図的な演出だったわけだ。


「会長の出番はありません。これは私たち三人の話です」

「今回ばかりは私も不動先輩に賛成です。あなたはおとなしく引っ込むべきだ」

 犬猿の幼馴染と後輩がこの場面においては拒絶のスタンスで一致する。

 この調子で普段から折り合ってくれたらどれだけ楽なことか。

 もっとも、それだけ会長が手ごわい証拠でもあるが。


「なるほど、わかった。私は首を突っ込まない」

「えっ?」

 強かな生徒会長の揺さぶりに、優理香はぽかんと呆けた顔になってしまう。

 綺麗に梯子を外された格好だ。


「だから私は参加も邪魔もしないってこと。連休は三人でデートを楽しむといい」

「戦いもせず諦めるというのですか。やはりあなたの先輩への思いは偽物だ」

「戦い? 偽物? まったくくだらない」

「なっ!?」

 佐々岡は挑発に狼狽してしまう。

 こちらはプライドの高さをつかれたか。


「戦いは同じレベルのもの同士でしか起こらないし、私は私と芽岸君の関係を、あなたたち二人にわざわざ示して見せる必要性を感じていない」

 一方、嘯く城咲ブレンナーは不変である。

 淡々と常のごとく、静かな自信を感じさせる態度で恋敵たちに相対していた。


「よくもまあそんなことが言える。度が過ぎた傲慢ですよ」

 佐々岡はその自負心が気に食わないに違いない。

 一流のアスリートたる自分が心構えで後れを取ることは許せないと、前のめりになっていくのが傍からでも見て取れる。


「ふふっ、私に言わせれば、あなたたちのその自信のなさこそ理解に苦しむ。本当に相手を愛していて、相手から愛されている自信があるのなら、些事には動じず、堂々としていればいい。私のように」

 水泳部のエースを弄る会長はノリノリだ。

 増していく饒舌さから察するに、百パーセント悪のりしており、俺を好きだから、あるいは他の女に奪われそうだからなんて理由ではなく、単純に面白そうだからという理由で、会長は優理香たちに喧嘩を売っているのである。


「自分の想い人が他の女とデートしてもいいと言うんですか」

「別に構わない。減るものでもないでしょう」

 最後に我が隣に居ればいいってか?

 豪胆だが、絶対適当に言っているだけなんだよな。


「……上から目線、むかつくんだよ」

 しばらく黙っていた優理香がついに毒づいた。

 粗野な言葉遣いは、彼女の機嫌ゲージが危険ラインを超えつつあることを示している。


「気に障ったのならごめんなさい。私は自分と好きな人の両方を自然に信じられる。つまり、育ちの良さが出てしまったのでしょう」

「ちっ」

 あっ、ライン超えたわ。

 育ちの良さを持ち出されては、俺の幼馴染も舌打ちの一つ程度する――そういう話題は不動優理香には禁句だ。


「えーっと、あの、時間も時間ですし、この辺でやめにしませんか」

 時刻は六時を回ろうとしており、学校に残っていること自体が目立ち始める時間になっている。それにこのまま放っておいたら、愉快犯じみた行動原理を持つ会長のせいで、事態の収拾が付かなくなるに違いない。

 以上を総合して俺のとるべき行動は一つ。


「明日以降俺は優理香、佐々岡と順にデートする。会長はそれには何もせず不干渉。とりあえずはそういうことでここはひとつ」

 ずばりその場しのぎの先送りである。

 ここ最近はこの手の明日は明日の風が吹くさプランは上手くいっていない気もする反面、ここで俺がささやかな抵抗を試みたところで、竹やりで三機の爆撃機に挑むようなものだろう。


「うんうん、そうするといい」

 俺の諦め半分の提案に対し、会長は鷹揚に頷いてみせた。

 優理香と佐々岡がどこか釈然としない表情をしているのとは対照的である。


「じゃあ話も纏まったし、ここは私が閉めておくから、三人は陽が沈む前に帰るように」

 次で城咲ブレンナーは生徒会長らしい台詞で場を締め括った。

 散々場をひっかき回しておきながら、最後は早い帰宅を促すというフォーマルな立場によった発言で、優理香と佐々岡が文句を言いにくいように持っていったのである。

 実に強かで、とても獅子吼が評した傍で支える必要がある人物には見えない。

 一方、ただ強かで隙のない人でもなく、今日俺たちに職員に呼び出されたことを告げ忘れたように、どこか抜けたところもあり、彼女の正確な姿を捉えるのはひどく難解に思う。


 あえて例えるなら、同じ酸化アルミニウムの結晶コランダムで構成されるルビーとサファイアが全く異なる色合いであるかのごとく、城咲ブレンナーは変化する。一点確かなことは、どんな光輝であろうと、宝石は宝石であり、諸人を魅せる存在だということだけだろう。

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