襲撃
「リッカ様、ユーキ下がって下さい」
俺を庇うようにして前に出たエイチは、手を前方へとかざして詠唱を行うと、機械で出来た球体と緑色の精霊が召喚された。
俺はこれに似た光景を見た事がある。
それはエイチが俺を治療した時にも同じような機械を召喚していた。
聞いた所によると、その機械のような物も過去のパンドラらしく、パンドラ召喚士のみが召喚出来る過去のパンドラの中でも騎士が使う戦闘に特化したものを騎士が使う機械なので、通称騎械と呼ばれているらしい。
まぁパンドラ召喚は輝石を媒体とした、ガチャみたいなもので、何が召喚されるのかは分からないらしいが。
自分達の使う物には騎械と名前をつける辺り、騎士の特権感がにじみ出ている気がする。
それと、パンドラ召喚自体は魔術士の素質とパンドラ召喚士の資質の両方と、媒体である希少な輝石があれば、難なく出来るとエイチは言っていたが……結構ハードル高そうな気がする。
兎に角。パンドラ召喚をした時に、一緒に騎械を操る精霊も呼び出さなくていけないらしく、こちらが中々至難らしい。
ちなみにエイチはその中でも支援回復型に特化した騎械と精霊を呼び出す事が得意らしく、豚人族に襲われた俺達を物理、魔術から守る為の防御ドームを作ってくれた訳だが。
「まるで、SFの映画とかに出てくるドームみたいだな」
ちょいちょいこの世界の雰囲気、例えるなら木と石で出来た中世の雰囲気に合わないやたらと未来的な……むしろ宇宙的な物を見る気がする……俺の服装もそうだけど……俺は再度着用しているボディスーツを確認した。
よく見るとパイロットスーツのようだけど、用途はわからないが、魔力に対して影響があるのは確かだ。
ちなみにエイチにこのスーツの事を訊いたが、彼女も知らなかった。
少なくとも数時間前のリッカ・ハウプトは着ていなかったというのだから驚きだ。
やはり、やたらと未来的であり宇宙的だ。
「ぐふっ!ぐぅぅぅ」
「ぐらぁぁぁ」
そんな事を考えているうちに、防御ドームを破壊しようとオーク数体が俺達を囲むようにして、凄いヨダレを垂らしながらガンガンと斧を振り下ろしてくる。
エイチの魔力量を見る限りそう簡単には破壊されそうに無いのだが、オークの中央で指揮を取っている、一際デカイオークだけは別格のように見えた。
現状の惨劇を終わらせるには、一先ずあの偉そうなデカブツ。
多分指揮官?を倒さなくてはならないと云う訳か……俺達だけで逃げると云う手もあるが、それは流石に心が痛む。
「エイチ……確認なんだけど、中央のデカブツが指揮官で間違い無いよな」
「はい。あれはジェネラル・オークです」
「ちなみに、このドームを発動したまま、内側から攻撃は出来るかな?」
「すみません、出来ないと思います。このドームは内と外を完全に遮断する物でして、耐えるだけでしたらかなりの時間は稼げると思いますが」
「なるほど、と云う事は一度ドームを消さないと反撃は出来ないと云う訳か」
それならば……俺は記憶を掘り起こしながら、使えそうな術式を探す。
トール・ハンマー……ここで使ったら、エイチとユーキを巻き込みそう。
サルベージ・ゴールド……探検家向けか?まじ今は意味ないよ。
ドック・ファイト……犬???
|アトラス・インテンション《アトラスの意志》……防御魔法。俺も使えるんだ。
セイレーン・ボイス……うわ、これ死の宣告みたいなやつだ。
ジャックザリッパー……ん。
アトラス・ボム……ふむふむ。
「とりあえず重ね掛けしてっと。ジャックザリッパー……アトラス・ボム……ついでにドック・ファイト」
――移動速度 中
――魔術斬撃アップ 中
――爆破効果付与
――ステルス能力
――威圧能力
頭の中で能力上昇の数値が正確に浮かんでくる。
「よしこれなら」
「エイチ数秒だけドームを消せるかい?」
「出来ますが……それでは……」
「大丈夫。私を信じて」
「……わかりました」
「行くよ……3……2……1」
「ドーム解除」
俺はドームが消えると同時に、周囲にいたオークを右手に発動したアンチナイフで切り裂いて行く。
なるべく鎧の無い所を狙いたい所だが、ドームが消えた以上、数秒で6人のオークを片付けないといけないと思うと、わざわざ弱点を狙って行くわけにもいかないので、飛び込んでいくチカラを利用して大振りで鎧ごと切り裂く。
そして切った切り傷から小規模の爆発が起こる。
いわゆる爆破効果付与である訳で、大雑把に斬撃を加えても、トドメの一撃をこの爆破付与が担ってくれるという一石二鳥技だ。
「後二人!!」
ツノの生えた兜を被ったオークがエイチに斧を振りかざし、攻撃モーションに入ったが、俺は今倒したばかりのオークの鎧を掴むと、その巨体ごとツノ兜に向かってぶん投げる。
はっきり言って女子の要素は全く持ってゼロであるが、エイチとユーキの安全を確実に確保する為なら、いくらでもメスゴリラになろうではないか。
そしてぶん投げた巨体がツノ兜にぶち当たると同時に炎系の魔術を発動し、もう一人を焼き尽くすと同時に、ツノ兜の首元にアンチナイフを突き立て。
フィニッシュ。
「エイチ。ドームを張って!」
「リッカ様も入って下さい」
「嫌。私はこのまま、あのデカブツを倒してくるよ」
「わかりました。せめてこれを」
エイチはフェアリーズ・エリアと詠唱すると、俺の頭の中で――物理、魔法防御小――と響いた。
エイチはやっぱり魔術も使えるんだ。俺は関心しながら。
「ありがとう。エイチ」
「はい!必ずご無事で」
まじで良い子だと思った。
惚れてしまいそうだけど、俺は……女だ。
まぁそれでも良いかな。
なんて思いながらも、地面を踏み締め高速機動へと移行する。
「早いっ……」
自分でもびっくりするほどのスピードで走りだした為、少し驚いたが、最短でジェネラル・オークの陣取る中央まで突っ切れそうだ。
けれども将軍を囲うようにして、周囲を警戒しているオーク達が邪魔だ。
見る限り他のオークに比べて、使用している武器の練度、錬成、攻撃力が高そうな上に、厄介な事に盾まで持っている。
さしずめ親衛隊というやつだろう。
オマケに先程と比べて帝国騎士達も奮戦している。
無残に敗走すると思ったが、流石まがりなりにも騎士と呼ばれている集団と言うべきか、ギリギリではあるが戦線を維持している。
押し戻すには人数が足りないが。
ともかくそんな状況でも一切動こうとしない、寧ろ動くまでもないと思っているのだろうジェネラル・オークの余裕さを目にすると、どこか心が踊ってしまう自分がいた。
こんな好戦的な性格じゃなかったはずだが。
まあ、ギリギリの商売の時は気持ちが昂ぶったもの事実ではあるが。
それが影響してるのかな?
「魔術で焼いちゃおうかと思ったけど、予定変更」
一先ず俺は中央の親衛隊に斬りかかる。
「ぐるるるる」
「ぐぁぁぁぁ」
流石に親衛隊もスピードについてこれず、困惑しているようで、俺に気づいた時にはすでに中央の親衛隊は全員爆死していた。
ジェネラル・オークを守るように、10人ほどの親衛隊が俺を囲むが。
それらを無理矢理退かすようにジェネラル・オークが俺の前へ出てくる。
「貴様っ。帝国騎士ではあるまい……何故邪魔をする」
「えっ……喋れるの」
先入観とは参ったものだ。
さっきから雄叫びしか聞いてなかったせいで、モンスターの類いかと思ったが、どうやら違ったようだ。
しかも帝国騎士じゃないとは?寧ろ自分で言うのもなんだが、どっからどう見ても帝国騎士なんじゃないのかな?
「何故そう思うのかな?」
「貴様からは恨みの念が湧いてこない」
「恨みの念?まぁ恨まれる事をした覚えはないけどね……」
……。
俺は辺りを見渡すと、そこには爆散した親衛隊オークの骸が…………これは正当防衛だし。
「なら問おう。何故帝国に味方する」
「味方も何も……攻撃してきたのはお宅らだと思うけど」
「笑わせるな女!――我々は何千と云う同胞の上に立っている」
何を言っているんだ、と云うか帝国軍何したんだよ。
つまり戦争とは関係無く、恨みのみで奇襲したという事なのかな?
「お前に用は無い、失せろ」
「っな」
何この急展開?つまり逃げていいって事。
まぁ出来れば無駄な戦闘はしたくないけど。でも多分俺一人に言っているよね。……つまりエイチやユーキ、ついでに残された騎士達は?
「ちなみに聞くけど、ここは停戦しないか?そうすれば俺達全員ここから撤退するけど」
「それは無理だ」
「あっさり言うじゃん、けど俺と戦ったら。君、死ぬよ」
これは脅しだ。
勿論俺はこのジェネラル・オークに難なく打ち勝てるだろう。
しかし出来る事なら言葉を交わした相手と戦いたくない。
たかが数回の言葉のキャッチボールだが……兎に角この状況下で戦うのは嫌な気分だ。特に逃げていいなんて言われたら尚更だ。けれど……。
「女よ。貴様の言う通りだろうな。しかし貴様らがここで死ぬのも、もはや逃れられぬ事実」
「逆に脅してくるとはね……」
「さあ、まずはお前からだ。受けてみるがよい」
ジェネラル・オークは隙をつく形で俺に当て身を当てると大きく振りかぶり、3メートルはあろう両手斧を一直線に振り下ろす。
一瞬やばいかと思ったが、さっきエイチがかけてくれたフェアリーズ・エリアのおかげで、ほぼダメージを受ける事は無かった。
俺はそのまま高速機動でジェネラル・オークの背後に回り込むと、苦しまないよう一撃で首を切り落とした。
「これで戦いも終わりかな……」
指揮官不在で指揮低下、総じて撤退するだろう。
騎士の残りは50名にも満たないが、助けられる命があっただけでも良かった。
そして、何よりエイチとユーキを守れたのだ、ジェネラル・オークとの会話で、なんだか後味の悪い気持ちにはなったが。
それは良しとしよう。
って何でジェネラル・オークは俺が帝国騎士じゃ無いって分かったんだ。
少なくても俺はリッカでリッカは帝国騎士だから、俺はやはりリッカじゃないと思われたって事だよな。
「ぐぁぁぁぁ」
急に斬りかかって来たのは、親衛隊の生き残りだった。
なんで!ジェネラル・オークは死んだのに?
「おいっ、もう戦う理由はないだろう」
「ぐぁぁぁぁ」
聞く耳はないようだが、殺すのも嫌なので斧攻撃を避けると同時に親衛隊オークの顔面に右ストレートを打ち込む。
加減をしたつもりだったが、軽く50mは吹き飛んだ。
「なにこれ?まじで」
どうやら格闘スキルもあるらしいが、俺の記憶上ではそんなパンチ力があるとは記憶していない……が。
問題はここからだった。
さっきまで俺を殺しに来ていた親衛隊オーク達は全員で、俺の動きを止めようとしてきたのだ、一人は右脚、一人は左脚、一人は胴体にしがみついてきた事て、予想外の行動に驚き、俺は派手に地面へと、たおされてしまった。
「まずい……」
俺は倒されながらも周囲を確認するとオーク達は将軍を失って退却するどころか、ますます攻勢を強めていた。
なんで?と疑問は残ったが、一先ず俺に絡みついた奴らを引き離さないといかん訳だ。
そんな俺の視界にとんでも無い物が飛び込んできた。
それは森の奥から現れたのはビル五階ほどの高さと大きさの巨大なカノン砲であった。
しかも自走式らしく走行しながらこちらに砲身を向けてきている。
そして周囲が光ったと思った瞬間――辺りは真っ白になった。
ぐをおおおおおおおおん。ガガガがガガガ。
自走式カノン砲から放たれた魔術散弾は辺りを大爆発と炎で包みこんだ。
しかも帝国騎士だけでは無く、オーク諸共であった。
一面は本来の草と樹木の生い茂った穏やかな森林から、赤い溶岩がちらほらと見えるクレーターへと姿を変貌させていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
土煙が立ち込む中、限界まで耐え切って精霊ごと消え去ったドームの跡地に座り込んだエイチとユーキはその状況に絶句した。
地面にはクレーターのような穴が開き、さっきまでの青々とした草原の雰囲気が一変して、終わった世界を彷彿させる情景が広がっている。
エイチはギリギリまでパンドラ召喚による防御ドームを展開していたが、魔力を使い果たしていた。
今何者かに襲われたら、その辺りの街娘となんら変わらないくらい弱っているが、その場から立ち上がると爆発の中心部に向かい歩きだす。
「リッカ様!ご無事ですか?」
そして土煙りの中リッカを探すが、視界の悪さも相まってその姿を見つける事が出来ない。
辺りを見渡すと、土に埋もれながらも傷ついた手だけが僅かに見える帝国騎士の亡骸や、バラバラになったオークの死骸などが転がっている。
「ユーキ。目を瞑って」
「ノークライ」
ユーキに対してエイチは最後の魔力を使用して、悲しく無残なものを見せない魔術をかける。
「お姉ちゃん……」
「手を離さないようにね」
手を握ると更に中心部へとクレーターを降りていく。
進めば進むほど、魔力爆発のせいか温度が暑くなっていく、エイチはこれだけの規模の魔力爆発を起こす攻撃となると、着弾後の瞬間温度は500度を超えただろうと予測を立てる。
そうなるとリッカの生存は……かなり厳しいと思えた。
しかもエイチの予測通り中心部近くなると、死骸も黒焦げになっており、オークなのか帝国騎士なのか判別がつかないくらいで、
「酷い……」
エイチはそう呟かずにはいられなかった。
「リッカ様――リッカ様」
何度も叫ぶ。
土煙が辺りに舞っていて先が見えないのだから、エイチは叫ぶしかリッカを探す方法が無かった。
ユーキがいる手前なのか気丈に振る舞ってはいるが、何度も叫ぶうちに、その声は震えていった。
それもそのはずだ。エイチは最上級とは言わないが、それなりの上位の召喚士であり魔術士だ。
亜人従者なので召喚騎士の肩書きは得られないが、その辺の魔術騎士や召喚騎士よりずっと優秀である。
そんな彼女からしてもパンドラからの攻撃を受けて生身で生き残るのは至極難しい事なのだから。
脱力感と絶望感がエイチを襲う。
リッカを探すと決意して、僅か数分であったが、そうエイチが感じるには充分な時間であった。
冷静に考えれば生きているはずが無いんだ。
彼女の気丈さを無視するかのように、頬から涙が流れる。
ただその場に膝をつかない唯一の理由は遅かれ早かれ、自分もリッカの元に行くのだからという、最後の安心感。
そうエイチにとってリッカと離れる事は死より苦痛なのだから。
しかしユーキは別だ。
何とかこの子だけは逃がしたい。
そう思ったが、敵にパンドラまで出てきた以上、助かる見込みは無いと思えた。
「リッカ様、お願いです答えて下さい!」
それは捜索の掛け声で無く、悲痛の叫び声だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「解除!」
俺の視界を覆っていた土煙が中央からの突風によって吹き飛ばされ、視界が開けていく。
そしてその視界の先には。
「あれはいかんだろう、見境無しじゃねぇかよ……」
ブツブツと文句を言っていた俺の背後から。
「リッカ様、お願いです答えて下さい!」
「えっ?エイチ」
その声に俺は振り向くと、エイチとユーキがいた訳で、本当に安心した。
俺はこちらに気づいていないエイチに合流した。
ドームを維持していれば大丈夫だと思っていたが、万が一解除していたらと思うと背筋が凍る思いだ。
「エイチ、ユーキ。良かった無事みたいだね」
「リッカ様……リッカ様本当に良かったです」
エイチは俺の手を大切そうに掴みながら、泣いていた。
また泣かしてしまったなんて思いながら、
「いやいや大丈夫。結構ギリギリだったけど防御魔術間に合ったから」
俺の後方で停止しているやつを背中越しで指差しながら聞いてみた、と言うより確認してみた。
間違い無いとは思うが今回は先入観を無しにしたい。
「にしてもあれパンドラだよね」
「……はいその通りです……あれが出てきたと云う事はもう……」
「いやいや、大丈夫だから」
「しかし、何とかユーキとリッカ様だけでも逃げる策を!」
「心配しなくて大丈夫。エイチ冷静になって」
エイチは一呼吸して、涙を拭うと、
「わかりました。しかし戦闘特化のパンドラが出て来てしまった以上。私は防御しか出来ません。しかも媒介になる輝石ももう手持ちがありません」
「それは大丈夫かと……」
気まずい。
実は本当に気まずいのですが……俺はサイドポケットから緑色の輝石を3つと赤色の輝石を2つ取り出した。
「それは」
「えっと……閉じ込められていた箱の中にあって……嫌、決して盗もうとした訳じゃ無くて。何というか、これから必要になるというか」
「流石リッカ様です。もしかしたら……こうなる事を見越して取っていたのですか?」
「えっ……うん。火の用心的なあれかな……」
エイチからやたらと尊敬の眼差しを向けられて、盗んだなんて言えない訳だが、結果的にみんなを救えるならオッケーかな。
11/27挿絵変更しました。