異世界にも嫌な奴はいるもんだ
「そう云う訳でリッカ様食事を持って来ますので少々お待ち下さい」
「えっと……俺も一緒に……」
「ほらまた言いました、俺と云うのは辞めて下さい、周りの騎士様からも変な目でみられますよ」
「……そうだったね私も一緒に行くよ」
「それも駄目です。さっきまで致命傷を負っていたのですよ。いくらパンドラ召喚医療鏡が優秀といっても休養は必要ですからね」
「うーん申し訳無いけど、それじゃあお言葉に甘えて」
「いいのです、いいのですリッカ様は勇敢に戦われたのですから、これくらいやらして下さい」
そう言いながらスタスタと野営地の中央にある、一番大きなタープに向かって走っていく後ろ姿を見送る俺……改め私。
「はぁ」
結局無事に救助された訳だが。この一時間ばかしの間で驚く事ばかりだ、まず言うまでも無く女になっていた……。
エイチには何とか記憶障害と云う事で誤魔化したが、周りの目がという理由で俺とは言えなくなり私と言うハメになった。
ちなみに名前はリッカ・ハウプトという、なんちゃら帝国の貴族の家柄らしい。
それはそれで悪く無いが。
異世界転生した以上家柄が貴族というアドバンテージは有難い。
村人Aとかに転生してたら生き残る自信も無いし。
「しかし……問題なのは」
もっとも頭の痛い事実として、さっきまで俺が閉じ込められていたパンドラ。
正確にはエイチ曰く過去の遺物。
そのパンドラの中に俺はいつのまにか閉じ込められていた訳だが、そんな俺が転生した先の宿主?というべき人間である、リッカ・ハウプトは。なんちゃら帝国の騎士らしく、現在進行形でこれまた、なんちゃら王国と戦争中らしい。
つまり俺の現状は戦争している騎士という事だ。
しかも負け戦らしい。
「リッカ・ハウプトはどうなったのだろうか」
もしかしたら死んだのかもしれない。
もしくは元の世界の俺と入れ替わったのかもしれない。
異世界お嬢様騎士のミラノ旅行紀なんてタイトルはどうだろうか?
兎に角このままだと、俺は戦争に巻き込まれる訳で。
なんとしても。なんとしても!
「この場から逃げねばならない。折角転生したのに死ぬのはごめんだ」
そんな決意を固めた俺を余所に、エイチは片手サイズの小鍋を2つ持って、とぼとぼと歩み寄ってくる。
「すみませんゴブネズミのシチューしかないみたいで、でも見た目は悪いですが味は美味しいのです……」
「ゴブネズミ……」
エイチが持って来てくれたシチューだし食べるべきだがゴブネズミって……。
まぁこの茶色い見た目は、ある意味ビーフシチューに見える。
「これは私達亜人の家庭料理なのです……」
「なるほど」
つまり故郷の味なのね、それは食べるしかない。
断ればまじ失礼に当たるし。
昔子供の頃、田舎の爺ちゃんに目の前でしめてもらった鳥肉を食えなくて、爺ちゃん悲しそうな顔してたもんな。
そもそもエイチは俺を心配して料理を持ってきてくれたんだ。
例えこれがゴブネズミという得体の知れない、多分ネズミだろうが……食すのが礼!
などと思いながら食べてみたが。
……うまい。
寧ろ完全にビーフシチューであった。
パンも欲しくなるほど濃厚で、何日も煮込んだ手の込んだような味だ。
「うん、うん、うまい。凄くうまいよ」
「本当ですか?嬉しいです。流石に亜人料理なのでリッカ様にお出しするのは少し躊躇ったのですが」
「いやいや、寧ろ絶品だよ。こうみても俺……私は美食家の側面もあるからね」
まぁ、食事くらいしか趣味も無かっただけなのだが。
そして美味い物には美味いと言いながら食すのが俺の流儀だ。
「ありがとう御座います。エイチもゴブネズミシチュー大好きです」
キラキラするエイチの笑顔を見られたのはなんだか嬉しいが、笑顔を分け合う素敵な時間を満喫している訳にも行かない。
何故なら本当は今すぐにでもこの危険地帯から逃げたいのだから。
勿論エイチも連れて行くつもりだ。
好んで戦場にいる訳じゃああるまいし。聞くところによるとこのエイチ・グラハムという少女はリッカ・ハウプト、所謂俺なのだが。
そのハウプト家の召使いだそうだ。
そんでもってパンドラ召喚者だそうで、俺の従者として帝国軍に入隊したそうだが、部隊は壊滅した上に絶賛敗走中だそうだ。
ある程度追撃は跳ね除けたらしいから、安心とは言っていたが。
かなり怪しいと俺は睨んでいる。
なので情報収集しながらも早く行動に移さねばならない。
ある意味時間との勝負。逃げ出すべき時は風の如しだ!……なんか違う気もするが一先ず前向きに親指を立ててサムズアップ。
「ちなみにここから一番近い街はどこだかわかる?」
「あまり土地勘は無いのですが、南にスタイレムという小さな亜人の村があるそうですよ」
「亜人の村か、そうなるとエイチみたいな猫耳ちゃんとが沢山住んでいるって事だよね」
「半分正解で半分間違いですね。スタイレムの住人は私達と同じ亜人ですが、どちらかと言うと農業と狩りが主体の小鬼種が住んでいる街だと聞いておりますよ」
「そうなんだ。じゃあ帝国っていうのは、亜人種が支配しているのかな?」
……。
「リッカ様……本当に全部忘れてしまわれているのですね」
目を潤ませ出したエイチに俺は少し焦った。
情報を知りたいとは言え、これではまるで初めてこの国に来た旅行者のようでは無いか。
しかも言動もおっさんぽかったかも知れない。
まがりなりにもリッカ・ハウプトは何歳かしらんけど、見た目は18歳くらいかな……。
風貌だけ見れば乙女盛りな女の子なはずだ。
少なくてもおっさんではない。
兎に角その十数年はリッカもこの国に住んでいたのだろうから、あまりにも俺は知らなすぎる。
これではまるでリッカ・ハウプトの偽物ではないか!
……身体は大人。心は子供……ふっ……どっかで聞いたフレーズだがなんだか違う気がする。
身体はリッカ。心は俺というのは偽物になるのか?
「大丈夫ですリッカ様。もしリッカ様が諸々忘れているようでしたら、私が一から御教え致しますので。どうぞご安心を」
……なんて良い子。そしてなんかゴメン。
俺はなんだかエイチを騙しているようで悪い気がした。多分俺はリッカお嬢様では無いと思う。
俺にも自分の身体がどうなってるか説明はつかないが、兎に角エイチが慕っているのは俺では無くリッカお嬢様な訳で。
少しでもリッカの記憶の断片などが残っていれば、少しはエイチの気持ちがわかるのに……なんてどうしようも無い事を考えていると、野営地の中心から怒声が聴こえてきた。
俺とエイチはその場にいた、他の騎士達数名と一緒に中心へ向かうと、どうやら炊事担当の亜人の娘に騎士が何やら怒声を浴びせているようで。
「ふざけんな、騎士階級の俺様にこんなクソみたいな物を出しやがって。なめてんのかオラ」
「申し訳御座いません、申し訳御座いません。材料が足りずこのような物しか出来ず」
「それが言い訳になるかボケ。てめぇが物資と食材捨てて逃げたからだろうがよ」
「申し訳御座いません。突然の襲撃で何も持って来る事が出来ませんでした。どうか……どうかお許し下さいませ」
騎士は手に持っていた最高に美味しいドブネズミのシチューを、土下座している亜人の娘に投げつけ、泥まみれのブーツで娘の頭を踏みつけると泥に顔を押し付けられた亜人の娘は苦しそうに、咽せている。
「だから獣臭い亜人なんか捨てて来いって言ったんだよ」
騎士はそう言いながら更に強く、娘の頭を踏みつけたのを見た俺は、その時点ではっきりと頭の中でブチっという音が聞こえたが、一応隣にいるエイチを見ると、拳を握りしめ震えながら俯いていた。
「差別かよ……。胸糞悪いな」
俺は銀髪の騎士の脚を蹴り上げると不意をつかれた騎士はパシャンという音と共に、泥の水溜りへとひっくり返った。
正直逃げる身としては目立つ事はしたく無かったが、この数秒でエイチが俺に遠慮して怒りを抑えていた事。
そして何より、何より俺が一番嫌いな弱者への不当な差別行為に対して怒りが爆発した。
俺は亜人の少女の泥を払いエイチに預けると、エイチは心配そうに俺を止めようとするが、軽く笑顔で大丈夫とだけ伝えて改めて士官を煽る事にした。
「お前バカなの?敗軍の騎士如きが、何弱い者相手にいきがってんのかな、しかもこのシチューの美味しさを知らないなんて、今まで馬の糞でも食ってきたせいで、味覚音痴になったのですか?どうりで糞尿臭い奴だと思ったわ」
とすげーかわいい感じのツンデレ娘風な声で言ってやると、当然相手も怒ったようで。
と云うより完全に切れているようだった。
「上等だよ女!!ここでぶっ殺してやる、かかってこいよ」
「お前……嫌い……排除する」
今度は寡黙系戦闘少女キャラ風に言ってみた。
なんてこれからのキャラ作りを考えている間に、騎士は剣を抜くと、そのまま真っ直ぐに突いてくる。
俺はそれを一先ず避けた。
……やっぱり避けられるか。
最初からこの騎士は敵にすらならないと思っていた。
何故なら多分魔力量なのだろうか。身体から出ているオーラみたいな物が微量過ぎて、危機感が全く湧いてこないのだ。
エイチが俺を治療してくれた時の十分の一にも満たないだろう。
そして、さっきからちらほらと頭の中で、魔術の発動のやり方が浮かんでくる。
ついでにその魔術の強さも大体わかるのだから、なんだか気持ち悪いけど。
一先ず一番弱そうなのを使ってみる事にした。
「ざけんなてめー!」
そう叫びながら、下段から切り掛かってくる士官の手元を蹴り上げてやると、剣が上空に舞い上がると同時に。
「障壁破砕弱」
「うがががー」
正直やりすぎた感があった。
簡易的な衝撃波のような魔術であったが、奇声を上げながら軽く100mほど吹き飛んでしまったのだ。
もしかしたら死んだかもしれないと思ったが、良く目を凝らして見ると、僅かに魔力が見えているから多分大丈夫そうだ。
「リッカ様大丈夫ですか?……何というか凄いです」
「いやいや、あんなの序の口だよ。それより彼女は大丈夫?」
「はい、助けて下さりありがとう御座います、ぐすっ」
亜人の娘は泣きながら俺にそう言う。
年齢は見た感じ12〜3才くらいだろうか、そんな少女がこんな目に合う世界、酷く心が痛む。
今回はたまたま俺がどうにか出来たが、少女に二度とこのような差別による暴力が無いと言えるのであろうか。
無論そう簡単にもう大丈夫などと言える訳もなく。
だからと言って俺はスーパーヒーロー。スーパーヒロイン?なんて云う代物でも無い。
――さてどうする?
「君名前は何で言うんだい?」
「ユーキ……」
「ユ?」
「僕の名前はユーキ・シュルト」
…………………………………男?
ちょっと待て待て。
ユーキって思いっきり日本名だし。
しかも男の名前だよな、いや。待てよ。ユキの聞き間違いかもしれんな。けど僕って言ったよな。いや、ただの僕娘かもしれないし。
「ちなみに男の子でいいんだよね?」
ユーキはコクリと頷いた。
「なんで、そのスカートというか、女の子の格好してるの?」
…………
「さっきの戦いで死んだご主人様の言い付けで……」
まじか……ユーキが言うには、俺が負傷した戦いで、ユーキの主人は戦死したそうだ。
確かにこんな場所に亜人の子供がいるなんて、おかしな話しだが、良く周りを見てみると騎士と呼ばれる階級の制服を着ている人間は、色々な種族の従者を連れているようだった。
俺もエイチという従者を連れている訳だから、そういう習慣なのだろうが、まさかの男の娘。
しかもケモミミ属性とは……一先ずユーキの主人という奴は、堂々とした奴で、この世界はそれを受け入れているという事だ……悪く無い。
「リッカ様、周りをご覧下さい」
「なに……どうした?」
エイチがおもむろに俺に耳打ちした。
というのも俺が騎士を吹っ飛ばしたもんだから、周囲の注目を浴びてしまったようだ。
しかも倒した騎士は階級の上の奴だったようで、パンドラ召喚士が必死に治療しているらしく、なんとか起き上がれるくらいには回復したようだが。
問題なのは騎士の取り巻き達が凄い形相でこっちを睨んでらっしゃる。
「これは、これは」
数は20人くらい魔力量を見る感じ、全員大した事は無さそうなので多分全員倒せそうだが。
向こうも本気で殺しにかかって来そうだし、下手をすると相手を殺してしまいそうだ。
その場合、打ちどころが悪かったなんて言い訳も通じなさそうだし……まぁ良いチャンスかもしれない。
「よし!今こそ決断の時と言う訳で、エイチ、ユーキ逃げるぞ!」
俺はエイチとユーキの手を取り一目散に走り出そうとすると、騎士達も俺達に向かって走り出そうとしていた。
その時だった。
一瞬辺りの空気が変わったように思えた。
それは騎士達から発せられた殺気のように思えたが。
しかし違う。何と言えば良いかわからないが、もっとドロドロした執念のようなものだ。
俺が脚を止めると同時にそれは起こった。
騎士達の背後に茂る森から、突然オークの群れが飛び出してきたのだ。
ざっと見て40人ほどのオーク達はギリギリまで息を殺していたのであろう。
誰も気ずいた者はいなかった。
完全な奇襲であった。
最初の犠牲になったのは例の騎士だった。
オークの戦士の斧が竹を割るように騎士の頭を斬り裂いたのだ。
オーク達に背後を取られた、取り巻きの騎士達は何の抵抗も出来ず斬り倒され。
他の騎士達も慌てて交戦状態に入るが、不意を突かれた事により、自身の心の準備も出来ていない騎士達と息を殺して殺気を隠し、集団でそれを爆発させたオーク達では戦いにすらならない。