§5-8. 練習に闖入者アリ
おはようございます、こんにちは、アンドこんばんは。
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ま、闖入者って言っても、誰かなんて一発で解っちゃうんですけども。
「ほれ」
喜連川先輩が完全に理解したぞと言わんばかりの顔をしながら、俺の脇腹辺りを肘で小突いてきた。顔面全体でニヤニヤとしていて、何だかとても胃もたれがしてきそうな感じしかしない。
「何スか」
「呼ばれてるよ?」
「聞こえてますよ?」
「うわぁ」
一転、面倒くさそうな顔をする。
そうでしょうね。今さっき、俺は貴女にそれと似た様な感情にさせられたんですよ。
「やほー、リョウくんっ!」
そのまま突撃でもしてきそうな勢いでやってきて、一気に急ブレーキ。マンガだったら辺り一面に土煙が広がっていそうなくらいのスピード感で、マナちゃんがやってきた。
「こんにちはー」
「あ、こんにちはー!」
まみちゃんはやや遅れて駆け寄ってきて、まずは放送局のみんなに挨拶をする。マナちゃんも遅れて、しかし元気よく挨拶を重ねた。
「こんにちはー。……元気だねえ」
喜連川先輩が笑う。
「あたし、元気だけが取り柄なんで!」
「アッハハ! 絶対元気以外にも取り柄あるっしょ」
気持ちいいくらいの青空に、それ以上に気持ちいい笑い声が広がっていく。元気だなぁ。
「それで、リョウくん。今日は撮影か何かなの?」
一頻り笑い終わってすぐにマナちゃんはこちらを向いた。最初から彼女の興味は俺――の持っている機材にあったのだろう。たぶん、俺がターゲットではない。そう思っておくのがいろいろと健康的だと思う。
「撮影の練習というか、使う機材のチェック日みたいな感じ」
「なーる」
相鎚を打つマナちゃん。まみちゃんはといえば、既に先輩たちが折りたたみ式の簡易テーブルの上で広げはじめたカメラ類を一巡眺め終わって俺に言う。
「チラッとは聞いてたけど、結構スゴイの使ってるんだね」
「お、さすが」
「だってアレとか、撮影で見たことあるよ」
そう言ってまみちゃんが指したのは録画用カメラ。いわゆる手の平サイズのハンディカムではなくて、担いで使うタイプの小型カメラ。
本式の機材が揃っているということは入局の際に聞かされていたけれど、どこか本気にはしていなかったのもまた事実だった。まさかガチだったとは思わなかった。
ちなみに、今俺が持っているのもそれと同じ型のモノだ。――ちょっとだけ、機材類を持つ手が震えた気がした。
「なるほどなるほどー……」
何も言っていないけれど、何かずっと相鎚を打っているマナちゃん。その目はしっかりと俺を捉えている。何だろう。気にはなるが、何がなるほどなのかは全く見当が付かない。
だけど俺が悩んでいる間に、彼女はひとつの答えを導き出したらしい。
「じゃあ、……ハイっ!」
そう言ってマナちゃんは、俺に向かってポーズを取った。ちょっとだけ上目遣い。活発な彼女からするとちょっとおとなしめの雰囲気で、そのギャップにドキッとする。
でも、何だコレ。
「……ん?」
「いやいやリョウくん。『ん?』じゃなくってー」
マナちゃんの中ではしっかりとした理論があってそうしているらしいのだが、俺にはまったく分からない。芸能人的思考回路を持ち合わせていれば容易に分かるのか?
「撮影練習とか機材確認ってことは、『撮る』ってことなんでしょ?」
「ん? まぁ……、あぁ。……え?」
解った。ちょっと理解した。
「なるよ? 被写体」
「たしかに撮るけど、みんなを、ね!」
しっかり強調。
そう、たしかに俺たち桜ヶ丘高校放送局員は、この撮影機材の確認や撮影の練習を兼ねて今から実際に撮影をする。
けれどその被写体はグラウンド内で体育祭に向けての練習をしている生徒たちや、部活動で汗を流している生徒たち。
もちろん体育祭練習をしているマナちゃんやまみちゃんもその中には含まれるけれど、単独ではない。そして練習する撮り方はポートレートとは少し違う。どちらかと言えば頻りに動き回っている被写体をしっかりとレンズに捕捉する練習だ。
「えー、そーなんだぁ……」
とても残念そうなマナちゃん。何でだ。
「え! もしかして高御堂さんの単独写真集とか撮らせてくれたりするの!?」
「あたしは協力しますよ! っていうか、体育祭明けにはあたしも局員なので!」
「あ、そっか! じゃあ、ウチの学校も出版業とか始めちゃう系?」
「撮影も学生が担当する正式な写真集とか、すっごい面白そう!」
マナちゃんも含めて妙な方向に盛り上がり始めている気がする。
たしかに、そういう企画っぽいモノも面白いかもしれないけれども。
いや、だけど。
――良いの?
いやいや、ダメっしょ。
でも、そんなこともないのか?
「……ねえねえ、遼成くん」
「うん?」
謎企画をどんどんと妄想している彼らを余所に、まみちゃんはそっと俺に耳打ちをするように訊いてきた。甘やかな響きに、さっきとはまた違ったドキドキ感。
「この練習で撮った映像って公的にどこかに出したりするの?」
真面目な内容だった。安心。
これであちら側と同じようなことを訊かれたのならさすがに俺も返答に困るところだったけれど、そういうことなら答えられる。
「学校紹介の映像とかでもしかしたら今後使うかもしれないけれど、そういうときは基本的に写っている生徒とか先生には『出演許可』を取るし、それにOKしてくれた人しか出さないってことになってるみたい」
これは撮影練習などを行う上で、放送局顧問の神野千歳先生から局員全員が聞かされていることだった。
「……だからもちろん『事務所NG』だったら使わないよ。練習ではいろいろと撮らせてもらうけど、学校紹介映像以外では使わないし、外部への持ち出しもしないよ」
「そうなんだ」
まみちゃんはそれ以上のことは言わなかったが、明らかに安堵の表情を浮かべていた。
それもそうだろう。我ら一般生徒よりも明らかに肖像権に関する問題がある。むしろ『たのしそうだから』の一点張りをしてあそこで盛り上がっているマナちゃんが特異的だと思う。――もちろん、そこをクリアできたらスゴイけれど。
「っていうことは、その撮った映像の編集とかも放送局の中でやるんだよね?」
「だね」
幸いにして、編集用機材も充実している。
「その編集作業って、遼成くんもするの?」
「たぶん、そう」
練習は撮影だけではなくてその後の処理なども含まれるので、結構重要な活動になっている。
「元々はそっち系をしてみたくて放送局入ってみたってところもあるしね」
「え! そうだったんだ。てっきりその声を生かすためかと思ってた」
「実はね」
本当は裏方のデスクワークをメインにしようとしていたら、先輩たちの推薦もあっていつの間にかあんなことになっていたという流れがあったりする。
「だったら……」
俺から少し視線を外したまみちゃんはどこか迷っている風もあったが、ひとつ大きく深呼吸をして決意を固めたらしい。こっちまで背筋が伸びる。
「遼成くんが撮った映像、私も見たい」
これは――さすがに想定していない依頼だった。
「えっ。……でも、素人撮影だよ? 間違いなく」
「それでも。編集前でも良いから、もし遼成くんが私を撮影したコマとかがあったら後で見せて欲しいの」
真っ直ぐに見つめられる。冗談半分とかで言っているわけじゃない。まみちゃんは本気で俺に頼み込んでいた。
これを無碍にすることは、さすがにできない。首を縦に振る準備だけはしておきながら、さてどうしたものかと悩む。
撮影データは一切持ち出してはいけない。USBメモリとかSDカードにコピーするのも当然アウト。編集作業は校内でやることが厳守。撮影練習に関しての要件で大きな所はこんなところだろう。
持ち出し厳禁とはいえ、校内であればどうにかなる。編集機材はノートパソコンもある。
だったら放送局のブースか、あるいは視聴覚室を借りてそこで見てもらうのもアリかもしれない。部活単位で予約すれば比較的自由に使えることになっているらしいので、それでイケるかもしれなかった。
――だったら、大丈夫か。
「うん、わかった。いいよ、約束する」
「わぁ……! ありがとうね、遼成くん」
欲しかったモノを買ってもらった小さい子供みたいな顔をする。
どうしてそこまでまみちゃんが喜ぶのかはよくわからないが、それでも彼女が喜んでくれているのならそれでいいのかもしれない。そう思った。
〇
撮影練習は恙無く終了した。
放送室に戻ってからは順繰りに確認作業。基本的には自分のクラスの練習を撮るということになったので、俺は1年8組の撮影をすることになった。マナちゃんはもちろん、正虎を含めて全員がやたらとノリノリで練習をするもんだからちょっと困った。
――お前らは少しカメラ目線が過ぎる!
それはさておき。まだまだ動く被写体を捉える技術に乏しいことを実感したのは事実。家に良いカメラはあっただろうか、少し自主練習でもしてみようと思う。
ここまでのお付き合いありがとうございます。
ちょっと珍しい舞美花のお願い。
何かありましたら、遠慮無くどうぞ。
いろいろとお待ち申し上げております。