§3-8. たぶん事なきは得た。……たぶん
おはようございます、こんにちは、アンドこんばんは。
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なお、このエピソードで第3章終了です。
――週末を迎えた。
あまりにも平和に、何事もなく週末を迎えてしまって、俺は少々拍子抜けしながら、金曜日の弁当を開けるところだった。
正直、いろいろなことが降りかかってくるんじゃないかと思っていた。
もちろんその原因は月曜日の部活見学会であり、そこに端を発するあれやらこれやら。
ところが、事態は何も動かなかった。神野先生から何かをせっつかれたり訊かれたりすることもなく、あるいは件のふたりから何かを訊かれることもなく。ただただ穏やかに、それこそ1学期中の生活くらいには平和な時間を過ごしていた感じがする。
むしろ、夏休みちょっと前から今に至るまでが、やたらと激動過ぎただけなのかもしれない。
そう、これで良いのだ――。
「リョウくーん」
「お昼食べよー」
マナちゃんとまみちゃんが揃ってやってくる。
たしかにこのふたりが激動の理由ではあるのだが、それでも日常のひとコマらしさも演出しているような気がする。不思議なモノだ。ウチのクラスの面々も、恐らくは日常の風景として扱ってくれているはずだ。
そうに決まっている。編入直後ほどは、突き刺さるような視線を受けてないし。
「リョウクーン」
「お前は黙ってろ」
「ケチー」
同じ様な口調でやってきた正虎には言葉の鉄槌。何だそのノリは。というか、毎度毎度変な調子でこっちに来るな。よくもまぁ、レパートリーが枯渇しないと思う。
「……長堀くん的には、あたしたちってそう見えてるの?」
「まぁまぁ、細かいコトは言いっこなしヨ」
「……何だかなぁ」
不承不承ながら、マナちゃんは弁当に手を付けた。たぶん正虎的にはモノマネのつもりなのだろうが、同じなのはセリフだけで正直全く似ていない。というか、キモチワルイ。食欲が減退するので勘弁してほしかった。
「……ん? 『あたしたち』?」
「え、どしたの?」
弁当箱の蓋に手をかけたところで、まみちゃんが眉をひそめた。
「少なくとも、私の真似はされてないと思ったんだけど……」
「あ、ひっどい! マミちゃん、あたしを裏切った!」
「……めんどいなぁ」
まみちゃん、割と容赦ない。たしかに、俺を『リョウくん』呼びにするのはマナちゃんだけだし、今回のモノマネの対象は恐らくマナちゃんだろうけど。
「あたしが言いたいのは、あたしたちはそんなにねちっこい言い方なんてしてないよ、ってことだったの!」
「ああ、そういう……。だったら納得」
「でしょ!? ほらぁ!」
元気だなぁ。
「元気だなぁ」
親友も同じことを思っていて、彼はしっかりと口に出す。
「あたしに言わせれば、みんなが大人しいんですー」
「いやぁ、オレだって放課後になれば元気だよ?」
「それは大して自慢にならないっての」
先生らにバレないように睡眠学習に徹することの多い正虎が、基本的に体力を使うのは放課後オンリー。授業中は如何に省エネで過ごすかに重きを置いているヤツだ。コレで居て学級委員が務まるのだから面白い。
「いやいや遼成、何を言うか。来週からは体育祭の練習もあるから、体力の使いどころはしっかり考えておかないといけないだろ?」
「え? そんなのあったの?」
正虎のセリフに食いついたのはマナちゃんだった。
「いやまぁ、そんなにゴリッゴリにやるわけじゃないんだけどね」
「なぁんだ。……でも、何時やるの?」
残念そうにしつつも質問を続けたマナちゃんと、同じく興味ありげだったまみちゃんに正虎は答える。
朝だったり、放課後だったり、土日だったりを使って、クラス対抗リレーの練習などを行う場合はある。もちろん全員参加が強制されているわけではないのだが、当然勝利を目指したい生徒は多いので出席率は高い。各クラスでイチバン集まりやすい時間帯などを選んで行うのが通例になっていた。
「今日最後にホームルームがあるけど、そこでちょっと話し合うから」
「把握っ」
マナちゃん、ピシッと敬礼。
正虎、デレッとするな。気持ちは解らないではないが。
「体育祭かー。んー、楽しみっ!」
「ね。……ウワサによるとかなり盛り上がるって聞くけど」
「一応、前の体育祭は映像で見せてもらったことあるんだけど、割とヤバイ」
放送局特権である。
「そうなんだー!」
ワクワクが止まらないマナちゃん。表情だけじゃなく、全身から気持ちをほとばしらせている感じがした。
「あ、そうだ! 体育祭……とはそこまで関係あるわけじゃないけど、関係ないってこともない話、言うの忘れてた!」
ん?
「あ、それってアレの件だよね?」
「うん、たぶんアレ」
ふたりでは通じ合っているらしいが、俺や正虎には当然解らない。隣で正虎が首をちょっとだけ傾げる気配を感じる。
「もしかして、ここで言っちゃう?」
「サプライズ、サプライズ。それに、みんなにも必ず知られるし、ココで言っても大丈夫でしょ」
「たしかに、その方がいいかも」
「じゃあ、マミちゃんよろしくぅ」
「またぁ? ……ま、別に良いけどさー」
「え、何? 何の話?」
正虎が先んじて訊く。回答の権利を半ば強引にまみちゃんに譲り渡したマナちゃんは、ここぞとばかりにドヤ顔をしてみせる。が、その視線は訊いた正虎ではなく、俺に向いている。
――え、何だ、マジで。
「体育祭の後からになるんだけど。……私たちふたりとも放送局にお世話になります、って話なんだけど」
「え。……ほ、ホントに? ふたりとも?」
一瞬理解が遅れる。呆気に取られて、今自分がどんな顔をしているのか解らない。
あと、口の中に何も入っていなくて助かった。もしも食べかけだったら、誤飲するか噴射するかのどちらかだ。その時は、正虎に犠牲になってもらうしかなかった。
「そ、ふたりともー」
「……よく許可してもらえたね」
と言っても、少々の条件をふたりそれぞれが満たせば良いということは、それぞれから個別に聞いていた。若干的外れ気味なことを言ってしまったが、もしかすると互いに俺に対して相談っぽいことをしていたことを知らないという場合もある。ならば、この言い方でも悪くない気はした。
「そりゃあもう。頼み込みましたから、あたし」
「私も。懇切丁寧に、ね」
「何をどう頼んだんだ……?」
ふふんと胸を張るふたり。それを見て俺に訊く正虎。いや、訊かれても困る。
「ということなので、そちらでもよろしくお願いします」
「手取り足取り、いろいろ教えてね? 先輩っ」
「ぅおう……」
「いや、同級生だからね。っていうか、もう……ふたりの方がウマいでしょ」
何かがクリティカルヒットしたらしい正虎が悶えるのを尻目に、俺は苦笑いを浮かべる。
けれど、冷静になってみれば、間違いなくこれはふたりにとっては良いことだと思える。もしかしたら憧れていたかもしれない青春を、少しでも支えてあげられる機会が増えるのなら、これに勝る歓びはない――。
「なぁ、遼成」
――イイ感じになっていたところで水を差すなというのに。
「何だ、正虎」
とはいえ、無視する理由は無いので答える。
「……見学会みたいなヤツ、やったのか?」
「あ? ああ、うん。まぁ」
「お前主導で?」
「……みんなに話を振って、みんなでやったけどな。言い出しっぺは、……俺か」
「ヤることヤってんじゃん」
「言い方」
悪すぎる。カタカナで言うな。
「まぁ、……がんばれ、遼成」
「何がだ?」
「気付かぬ内が花……」
「え? ……うっ」
気付けば毒。
しっかりと俺たちの話を聞いていたクラスメイトたちオブ男子が、挙って俺を見ていた。無感情にも見えるようで、その眉間には皺が刻まれている。菩薩のように悟りながらも怒っているその様を見て、俺は自分の寿命が縮んでいくのを感じた。
――いや、結局お前らも納得はしてくれてなかったんかい。
ここまでのお付き合いありがとうございます。
これにて第3章閉幕。
次は……彼女たちが待望していた学校行事と、
――学生ならば避けられないアレについて。
何かありましたら、遠慮無くどうぞ。
いろいろとお待ち申し上げております。