ウルトラビッグパフェ
全教科のテストが終えた教室。
いたる所で穏やかで和やかな雰囲気に包まれる中、周囲の生徒と違わず憑き物が落ちたかの様な顔のクラスメイトが近づく。
彼女とは前に席が近かった時に仲良くなった女子だが、やって来るなり目の前で床に膝を着き机の上に倒れる。
倒れて乱れる黒髪のつむじを見下ろすと彼女はパッと顔を上げた。
「怖いよ。ホラーか」
「アタシは机を胸置きにして休憩している涼火ちゃんの方が恐ろしいよ」
「喧嘩売ってるの?」
「涼火ちゃんの胸がね」
つり目がちで目力のある眼を細めた涼火に物怖じせず、言葉を返したクラスメイトの女子。
仲の良い方の彼女は器用にも机の空いたスペースに滑り込み、これまた無理な形で片方の頬を机に付けた状態で見つめて来る。
「ねー、アタシがんばったじゃん」
「テストの点はどうあれ頑張ったんじゃない?」
すでに向こうで彼女が何点だったのか、声の大きさというよりも特長的な声が教室の中であっても良く通り、離れた位置からでも聞こえていた。
ちなみに点を聞かれて誤魔化さず答えてある。
「厳しいよ……素直に『頑張ったね』って言って褒めて!」
「何で逆ギレされてる訳? 赤点の分際に」
返って来た昨日分が赤点だったのであり、今日のテストからも補習の可能性はある。
「酷いくないかな? 友達に対して。親しい仲にも礼儀ありって言葉知らないの?」
「それを言うなら人が気にしてる身体の事を言うのはどうな訳? それに正しくは『親しき仲にも礼儀あり』ね」
「細かいよ。『い』と『き』の違いじゃんか。それに胸の事はコンプレックスではないんでしょ。気にしてるだけで。ただアタシは『頑張ったね』って一言褒めて欲しいだけなの!」
その気にしている事をコンプレックスというのだが、テストにメンタルを相当やられてしまったのか、相手の構ってオーラが面倒くさい。
普段話しやすく親しみ易い性格なので、より今の彼女の面倒くささが際立っていた。
もう向けられる眼差しからして逃げるには難しそうで、諦めて望み通り彼女に褒め言葉を贈る。
「頑張った頑張った、偉い偉い」
「おざなり過ぎない?! 涼火ちゃんにリテイクを要求します」
なんて面倒くさいクラスメイトだろう、という瞳で見下ろす。
今回のテストで彼女が散々な結果だったのは知っている。それにしても、今の絡み辛さは辟易するほど酷い。
「嫌だよ。それより赤点だろ、補習授業頑張んなって」
「うー、どうして涼火ちゃんは赤点じゃないの」
呻いて前髪の間から恨めしげな目線を向けてくる。
「おっぱいが大きい子は栄養が全部おっぱいに行くって聞いたのに。それに運動が得意だから、頭は脳筋で勉強が出来なかったり、どーしてしないの?」
ごめん。何言ってるか分からないーーと冗談を返して、スルー出来る不満ではなかった。
机に乗る友達の頭を片手で掴む。
そしてほぼ同じ目線の高さに上げる事で、机に突っ伏した相手はつられて膝立ちになる。
横向きだったので鷲づかみ辛かったが、彼女の頭を掴んで無言で笑いかけた。
「こ、怖いな……何かな?」
「誰かさんから長身巨乳キャラはアイアンクローをするものだって聞いたんだけどな?」
「へー、そうなの?」
たぶんだが目を泳がせて、過去にした自分の発言に内心焦っているに違いない。
「確かそのキャラは文武両道の設定だって聞いていたんだけど?」
「そうなんだぁ……ゲームにそんなキャラがねぇ……詳しくないから分からないや」
表だって嫌ってはいないけれども、男子よりは女子の方が好きなクラスメイトは、頭を摑まれながらも自分の主張を続けた。
「それはそれ、これはこれ、そしてアタシがんばったじゃん?」
無理矢理にもほどがある話題の方向修正に、どれだけ褒められたいのか頭が下がる思いだった。
けれど、友達として目の前の現実を突き付ける選択をする。
「赤点だけどな」
「それは忘れて」
清々しいほどキッパリとした拒否の声が上がった。
「いや、忘れたらダメだろ。補習受けないと親を呼ばれるぞ」
きっとーーと口からの出任せで脅すと、どんな表情かはアイアンクローの手でハッキリ窺えないが、気配的にも一時的に押し黙った。
「……親は、関係ないでしょ。何かと容疑者の事情聴取で親を出して情に訴えるのは良くないと思う」
「関係なくはないだろ。子どもの将来だぞ。それにテレビドラマのダメ出しを私にされても困る」
「という訳で。がんばった自分自身にご褒美をあげたいと思います」
全くこちらの言葉を聞いていない彼女。
「いやいや、補習終えてからでしょ。留年にでもなったらどうするんだよ」
「嫌だ。赤点だろうと補習だろうと留年だ……ろうと! アタシはがんばったの。誰が何と言ってもご褒美が欲しいんだよ!」
途中、つっかえはしたものの語気荒く言い切った相手に白旗を上げたくなる。
付け加えるならクラスメイトの目がある教室で駄々をこねるなと言いたい。
「分かった。補習への活力だと思って、もうこれ以上何も否定も指摘もしない」
これ以上指摘すると更にメンタルがこじれそうな雰囲気があり、甘えさせざるを得ない流れの様だった。
友達としての忠告を断念してする。
ただ愚痴を喋りたかっただけというオチも、女子としてはあるのだけど一応訊ねた。
「で、自分を甘やかすご褒美と私に何の関係がある訳?」
疑問を投げかけられた彼女は小さく笑いを漏らす。
「なんと! ウルトラビッグパフェが食べたいのですよ」
それは芝居かかった言い方だったし、なんとーーの使い方も間違っている気がしたが、話の腰を折ると長くなりそうなのでツッコまないでおく。
「そう」
頷くとショッピングモールに入っている店舗でパフェは提供しているらしく、その大盛りパフェは、八人~九人分の量なのだと説明された。
「アタシの胃袋は普通の女子だからさ。一人じゃ食べきれないでしょ? なので、女子としては大きいお弁当箱の涼火ちゃんを誘ったと言うわけなの。あんだーすたんど?」
席にやって来た理由を打ち明けられたが……会話のところどころに赤点である片鱗が透けて見えた。
それに。
「いや、今までの流れで一度も誘われてないんだけど。私」
全く理解とはほど遠く、その事実を返すと彼女は黙り込んだ。
「…………」
単に絡んで来て雑談していただけで、放課後帰りにパフェを食べにいかないかなんて言われていない。
彼女にはクラス内に友達がいるのを知っている。その証拠は席替え後、休み時間の度にわざわざ離れた席から喋りに来ない事実が証明していた。
よって他の子を誘う様に進める。
「用事は無いけど、他の子を誘ったら」
彼女には友達が私だけではではないので。
「用事無いなら良いじゃん!」
「用事が無いのに断る相手の事情を考えたり推し量ったりしない訳?」
「避けられてるか考えろって? いちいち相手の気持ちをくみ取ろうとしたって疲れるだけでしょ。そんなんで話しかけられ無くなるくらいなら、もとから避けられてるなら気にしたって仕方ない。じゃあ、当たって砕けろってのがアタシ」
何を言っているのかさっぱりだが、完全に拒否されなければ多少避けられるくらい気にしないという意味だろう。
「ねぇ、アタシのミジンコみたいな交友関係ではダメだったの。だからさ、お願い」
相手のニュアンスから拗ねている、悪く言えば他意を含んでいそうな言い方に聞こえた。
「友達をミジンコって……」
呆れた声で呟くと今度は頬を膨らますかの様な雰囲気が伝わって来た。
「みんな彼氏と予定があるんだってさ。みんな薄情なんだよ」
テストから解放されて恋人と一緒にいたい心理は理解出来ないけれど理屈は分かる。
恋人が出来るとそちらを優先する、そういう傾向にあるのは否定出来ない。
黙っていると、だからーーと彼女は続けた。
「アタシ一人になっちゃうし、女子高生が一人でウルトラビッグパフェを完食なんて出来ないでしょ? 不可能だよ。よってお昼のお弁当が大きい涼火ちゃんが適任なの」
一応筋が通っている選出理由に黙る事で頷く。
「分かった。ちょっとだけパフェに興味あるから付き合うよ」
「ありがとう!」
彼女は嬉しそうな声を上げ、腕を広げて抱きついて来ようとする。
しかし、相手を抱きつかせない様にアイアンクローの腕を伸ばして相手の身体を引き離す。
そしてパフェに付き合う気にはなったが疑問を挟む。
「ウルトラビッグパフェは五人前以上でしょう? 二人ではまだ完食には足りなくないか? 一人頭二人前食べるにしても、あと一人は欲しいんじゃないか? 他に誘う当てはあるの?」
「え? さっき言ったばっかじゃん。アタシのミジンコみたいな交友関係では、もう誘える子がいないって!」
「自信満々に言うな」
ため息を漏らすと、本気で不思議そうな言葉が返された。
「涼火ちゃん四人前いけるでしょ?」
疑問には軽く眉をつり上げて否定する。
「……私を何だと思ってるんだ? お弁当が多いのは兄貴のお弁当と一緒に作るからで、別に大食らいではないんだけど」
「でも、残さないでしょ? お弁当。それはもう食いしん坊じゃん」
「くっ……」
確かにほとんどお弁当を残すということはなく、お弁当箱を完食して空にして帰る。
一応女子としてささいな意地を張ったが、少なくとも小食ではないのは事実なので言い返せない。
しばらく黙り込んだが、気持ちを入れかえて問題の提起をする。
「まあ、そうは言っても二人では食べられないのも事実。明らかに女子高生二人での完食は現実的じゃない」
だからーーと、言葉を続けて誰か誘おうと提案する。
「おーい!」
席替えで離れてしまった親友に手を頭より高く上げて振り、涼火は声をかけた。
しかし、親友は家庭の用事があって今日の放課後は無理だと断られてしまう。
「ごめんね」
「いいや、気にしないで。またね」
「うん、さよなら」
また誘ってねーーと、親友は帰って行った。
「薄情者がここにもいたか」
やり取りを聞いていた彼女はトーンを低くし、顎に手を当てる。
穿った味方を口にした発言を否定する。
「違う。聞いてたろ、都合が悪かったんだ。パフェ、一緒に行ってやらないぞ」
「ごめんなさい!」
親友の姿が見えなくなり、仲良いクラスメイトと同じく涼火にも放課後に誘うくらい親しい同級生も他にいない。
なので、使いたくないカードを切る。
「しかたない。兄貴を誘うか」
まだ大人しく教室に居れば楽だけれどーーと思いながらため息を零す。
テスト終わりに厄介事に首を突っ込んだり、舞い込んだりはさすがにないかと小さく首を振った。
兄の朝月を誘うと聞いた彼女は反応を示す。
「ホントに? パフェめちゃくちゃ似合いそうな気しかしない」
「本人に言うなよ。兄貴が落ち込んで一人前も食べられなかったら、私たちで完食しなくちゃならなくなる。分かった?」
「口の周りアイスで、べちゃべちゃにしないかな。大きなパフェに隠れちゃったりして」
楽しそうな口調のクラスメイトは、明らかに忠告が耳に入っていない。
「そこまでガキじゃないし小さくないって。人の兄貴を何だと思ってるんだ?」
「小学生」
キリッとした顔を覗わせる声を張った答えが返って来た。
「拗ねるぞ。ウルトラビッグパフェ、二人で食べるつもり?」
「……それはちょっと、お腹ピーピーになっちゃう」
「でしょ」
ふうーーと一息吐いてアイアンクローを解き、誘って来た彼女を解放した涼火は席を立つ。
「隣だし、教室まで行って誘って来るよ」
「……で、兄貴。何でいるんだよ?」
朝月の隣に立つ男子に目を向け、妹より小さい兄を問い詰める。
しかし、疑問の返答に口を開くよりも先に、軽く睨まれているメガネの男子が口を開く。
「友達だからだ。何らおかしい事はない」
おかしいから問いかけたのだけどーー本人による発言を聞き、涼火は自分の後ろのクラスメイトをチラリと見やり、兄ともども男子に目を戻して言う。
「兄貴みたいにコミュ力が高い訳じゃないんだぞ。普通に始めて会う男子とか気にするんだけど」
男子は帰って欲しいと遠回しな言い方で伝える。もっとも態度や口調からして歓迎していないのは丸わかりなので、遠回しに伝える必要があったか不明だけれど。
そもそも遠回しな意味が伝わるのであれば、メガネの男子は察して遠慮しているはずである。
「僕がコミュ力高い訳ないじゃん」
謙遜でなく否定するも、信じられるはずがない。
ちょっと相手の事情を知るだけで見ず知らずの人を助けなくちゃとか言い、すぐ首を突っ込む人間がコミュニケーション能力が高くなくてなんなのだろう。
関わり合いになるには会話が必須で、首を突っ込んだなら少なくともコミュ障では無い。
それはさて置き、クラスメイトは同学年とは言え、始めて会う男子に人見知りする。
彼女は自分を盾にして様子を覗っていた。
「それに僕はただ訊かれて涼火ちゃんたちとパフェ食べに行くって答えただけ。そしたら勝手について来たんだ」
兄の弁解を聞き、当の勝手について来た本人を再び睨みつける。
「はぁ。放課後に女子とパフェなんて、朝月一人に行かせる訳ないだろ。羨ましい」
真面目な表情で淡々と、恥ずかしげもなく気持ちを隠そうともしない男子。その堂々とした態度に呆れる。
それは友達であっても、同じ気持ちなのか朝月も呆れた表情を浮かべた。
「女子って言っても、妹とその友だちだよ」
「俺からしたら、二人とも女子だ。楽しくお喋りしたり、連絡先交換したり、親しくなりたいだろ」
男子の言葉に哀れむ様な沈黙を挟み、朝月は妹の影に隠れて警戒の色を示す彼女に目を向けて返す。
「……でも、人見知りされてる訳だし今日は諦めて帰りなよ」
いくら望もうと相手に警戒されている訳だしと隣を見上げる。
しかし、男子は意に介さずメガネに触れて提案を口にした。
「パフェ代を半分出そう」
諦めの悪い返答に兄妹は彼に半眼を向け、ほぼ同音の言葉を投げかける。
「帰りなよ」
「帰れよ」
反対されても動じない態度に呆れ、帰そうとする二人に涼火を盾にしていた彼女が声を上げた。
「い、良いよ!」
これまで沈黙していたクラスメイトの声に兄妹は反射的に驚きの瞳を向けた。
「は? どうして?」
「今すぐ殴ってでも帰すから我慢しないで!」
人見知りしている癖にオッケーを出した女子に疑問を感じる涼火と暴力を持ってしても友達を帰すと気づかう朝月。
二人の気づかいに彼女は首を横に振った。
「どうして!?」
身を隠して覗く状況と言っている事の矛盾に涼火は首を捻った。
すると上目づかいに目を見返し、彼女は疑問に答えた。
「だって、半分出してくれるって」
単純に一人当たりの額が小さくなるからだと話す。
結局パフェだけでは身体が冷えので、温かい物を飲むドリンクバー代もあり、お小遣いの消費を極力抑えたいと言う。
確かにバイトをしていない学生にとって、一ヶ月分のお小遣いは大切だ。
「だからって……」
我慢する必要はないと心配する涼火に、それにーーと彼女は続ける。
「それに何かあっても、涼火ちゃんとお兄ちゃんが守ってくれるでしょ?」
言って二人に視線を送る。
「まぁ、そうだな。困ったら任せて」
頭をかきながら了承する妹に習い、朝月は相手の目を見返して頷く。
結束力が生まれた瞬間を目の当たりにし、男子は僅かに眉を寄せた。
「俺は人畜無害だ。危害を加える事はしない。何を警戒する必要がある」
「勝手について来ただけで理由は十分だって」
ジト目を向ける朝月の言葉に、やはり相手は動じない。
「やんなったら言ってよ。私が摘まみ出してやるから」
これ以上の意義は無駄だと諦め、再度涼火は睨みつけて黙る。
緊急参加する事になった彼は、涼火の後ろから出てきた相手に名前を名乗り、さも当たり前かの様に三人と動向する。
入店して席に通され、テーブルを挟んで男女に分かれた。
「あ、どうしよ。パフェ対策のカイロ一つ足らなくなっちゃった」
バッグから冷える身体を温めるための使い捨てカイロを手にし、言いだしっぺの彼女が困った顔を見せる。
季節はまだ冷房で、パフェのアイスを食べれば冷えるのは想像に難くない。
順当に行けば勝手に割り込んで来たメガネ男子なのだが、朝月が自分は体温が高いから必要ないと妹にカイロを回す。
「良いのか?」
「もちろんだ。毎年冬に言ってるでしょ、女の子なんだから身体を冷やすなって」
涼火が男の子みたいに活発なのを気にした過去の母親が口にした言葉に、兄の朝月はことある毎に妹を女の子らしくしようと気にかけていた。
自分と遊んでいた事が原因だと責任を感じているらしく、ちょくちょく女の子扱いして来る。
「僕はドリンクバーで、コーヒーとか紅茶飲んで頑張るから」
「そう? ま、ありがと」
兄貴の方が小さいから冷えるだろーーと、気にしている事をわざわざ指摘せず、素直にカイロを受け取っておく。
目的のウルトラビッグパフェを注文し、四人分のドリンクバーを付ける。
カイロが熱を帯びだした頃、大きな器に盛られたパフェが運ばれた。
「お待たせしました。ウルトラビッグパフェになります」
店員が両手で持ち、一旦テーブルの端に置き真ん中にずらす。
人数分の取り皿とスプーンは事前に出してもらってあり、取り分け様の大きなスプーンがパフェに刺さる。
食べ始める前にスマホを取り出し、一応女子らしく涼火はシャッターを二回切る。
撮った二枚を確認し、さほどこだわらない涼火はそのままスマホをしまう。
ウルトラビッグパフェに誘った張本人は様々な角度から写し、パフェを涼火と一緒に並んで撮影し、数分の時間をかけて画像に残す。
そして見直して満足した彼女は、悪い顔を浮かべてスマホを操作し出す。
「アタシの誘いを断ったミジンコたちに送って後悔させてやる」
とうとう彼女の中から『友達』という言葉が『ミジンコ』に変換されてしまった様だった。
「彼氏持ちのリア充どもめ。ふふふふふっ……!」
彼氏を理由に断られた恨みにも引くが、それだけ思って冗談を言い合える友達がいるというのは幸せな事なのかもしれない。
余談だがメガネの男子が自身のスマホで四人集まった写真を撮り、画像を送る名目で連絡先の交換する作戦は、女子からの大丈夫の一言で打ち砕かれていた。
撮影会も終わり改めてアイスに生クリームやお菓子、フルーツの盛られた特大パフェに挑む。
兄妹は小さな声で「いただきます」と手を合わせ、残る二人は大きな取り分け用スプーンで盛り分けていた。
「んー、おいしい。幸せ、補習なんてどーでも良い」
「言い訳ないだろ」
取り皿に盛ったアイスやフルーツを口に運ぶ彼女に、隣に座る涼火が釘を刺す。
しかし、相手が聞いている様子は無かった。
「それにしても、似合うなパフェ」
「ほっとけ」
斜向かいに座る朝月が、妹のからかいを流し、生クリームとアイスをスプーンですくっては食べ、添え物のお菓子を頬張る。
その小さな身体のどこに入るのか、四人の中で一番ペースが早かった。
そして勝手についてきた男子は、ゆっくりとマイペースにパフェを口にし、落ち着いた態度で喉にコーヒーを流す。
意識しているのか黙って大人しく良識人に見えるように振る舞っている感じが、朝月はイラッとした。
面倒くさそうなので目をつぶるけれど。
「苦い……」
ドリンクバーで頑張ると言っていた朝月の呟きが聞こえた。
数分後。
取り分けて二杯目に入ると。
「ちょっと寒くなって来た」
クラスメイトの女子は呟いて両手で両腕をさする。
兄妹は相変わらず、目の前のパフェを切り崩して行き、男子はメガネの位置を直し、二杯目のコーヒーを啜った。
更に数分後。
「あ、もうあたしダメ。寒くて無理」
言って彼女はカイロと両手を自身の太股に挟んで背中を丸める。
心なしか唇の色が暗い気がした。
そして男子は唇を青くして震えていた。
「アイスで体が冷えただけで、別に甘い物が苦手って訳ではないからな。だから、次誘っても良いからな」
と、訳の分からない言い訳を喋る。それにコーヒーは四杯目で、パフェを食べる手はずいぶん前に止まっていた。
友達の強がりに朝月は突っ込む。
「冷えたにしろ、甘いものが苦手にしろ、どっちにしても致命的じゃないか」
結局二人はリタイアし、兄妹だけが残った。
リタイア組で約三人前、兄妹で四人前ちょっと。大体二人前が大きな器に残っている。
「んーんー」
唸りながらスプーンを口に運ぶ朝月。
眉間にシワを寄せる兄に目を留めて涼火は問いかける。
「兄貴も限界?」
「んーん、食べられる。ただ寒いだけ、大丈夫……大丈夫だから……」
見るとパフェを前に身体が震え出しており、コーヒーとか温かい飲み物では限界があったらしい。
相変わらずの負けず嫌いとやせ我慢に、胸の内でやれやれと首を振る。
先にギブアップした二人を見やるとまだカイロは手放せそうになかった。
「兄貴、カイロいるか?」
子供が泣きそうになる時の様に、少し顔を伏せる朝月に聞いた。
覗き込む様に覗うと、兄にしては元気ない感じに小さく首を振る。
「いい、涼火が使って」
「でも、そのままだと寒くて食べられないだろ」
「そんな事ない、食べられるよ」
意地を張っているのは誰から見ても震える身体には疑い様がなく、短くため息を吐き涼火は手招きする。
「なに?」
突然の手招きに意図が読めず、妹を訝しむ反応を見せる。
「いいから、ちょっと」
何気ない感じに繰り返し朝月を呼ぶ。
納得いかない表情でスプーンと取り皿を手放し、斜向かいの席を立ちやって来る。
「もーなんなのさ」
震えているのに大丈夫と意地を張る朝月の腕を、不意を突く形で掴み引き寄せる。
驚きに目が見開かれ、腕に引かれて胸から突っ込んで来る。
「?!」
息を呑む兄の身体を半回転させ、涼火が抱える形で脚の間に座らせた。ストンときれいに収まり、その流れはまるで決められたかの様なスムーズさだった。
「なっ! 何をするっ!」
顔を赤らめて首を回し、胸を避ける様に見上げる朝月。
「離せー」
逃げようとする彼の身体に腕を回してそれを阻止する。
「逃げるな。温かいだろ?」
カイロをお腹に持って来たので、密着する朝月の震える背に暖かさが触れていた。
胸が邪魔なのが難だけれど。
「温かいけど、恥ずかしいだろ」
まだ文句を言う兄を見下ろし説得を始める。
「仕方ないだろみんな震えているし、こうするしか完食出来そうにないんだから」
「だったら女の子同士でやって」
隣の席に顔を向けるが、彼女は首を横に振り無理だと示す。
「アタシ、もう食べられない」
「……」
次にメガネの友達に視線を向けるが、男子同士はあり得ないし却下以外選択はない。
しかも朝月が抱き抱えられた時、羨ましいという呟きが聞こえてもいたので考えるまでもない。
この作戦を実行出来るのは兄妹である二人だけだった。
「一時の恥と完食出来なかった後悔、どっちが良いと思う?」
唇を尖らす朝月に二択を投げると、しばらく唸った後大人しく妹の身体に収まった。胸が本当に邪魔で首が辛いけれど。
「同じ学校の奴もいないようだし、今回だけだからな」
こちらを仰ぎ見ず、胸の位置からかけられた言葉に涼火はやれやれと頷く。
「僕の頭にアイス落とさないでよ」
「はいはい。落とさない落とさない」
軽い返事に疑いの目線が向くが、もしパフェを落としたり、垂らしたりするとしたら自分の胸だろう。
疑う視線を外した朝月は身体をテーブルに倒して腕を伸ばし、自分の器とスプーンを引き寄せて食べる姿勢を見せる。
説得が成功した間を狙ったかの様なタイミングで、入り口から賑やかな声と共に同じ制服姿が現れた。
「あっ! やっほー」
四、五人の女子グループの中から一人抜けてテーブルにやって来た。そしてテーブルの上の半分まで減った大きな器を見て取った。
「おっ、おっきなパフェに挑戦中?」
「まあ、ね」
アイスでダウンした彼女に代わり、抱える兄の様子が心配でならない涼火が、苦笑いで同じ制服の女子に答えた。
すると後に続いた他の女子もつられて四人のテーブルにやって来る。
「なに? なに? あはは、一緒に座ってるのかわいい」
「やっぱり、弟くんにしか見えないわ」
これ以外にも明るい声が飛び交う。
朝月が学校の女子集団に見られて口をわななかす。
「あわわわわわ……」
羞恥心に言葉を失う兄は今の状態から抜け出そうと身を捩るが、スマホを取り出す女子の方が動きが早く、悪意のない笑顔を浮かべて詰め寄って退路を塞いだ。
妹に抱き抱えられる姿を目撃された朝月に、無慈悲にもスマホのレンズが向けられる。
「撮ってい?」
テーブルの高さにしゃがんだ女子が、構えたスマホを示して聞いてきた。
「良くない!」
パフェは半分ほど減っていて見映えを考えたら、単体では見た目が悪い。
そうなると頑張って食べている様子を見せるために、パフェの画面に朝月たちが一緒に入るのは明らかだった。
恥ずかしさから頬を紅潮させた朝月の拒絶に、相手は一度くらいの拒否では諦めず不満顔をする。
「いいじゃん」
目と目で視線をぶつけ合う二人。
それを余所に妹に抱き抱えられて座る彼を見下ろしていた他の女子が、チャンスとばかりにスマホのレンズを向ける。
「隙あり」
声にして画面を覗き込み、シャッターをタップした。
女子の声に反応した朝月がサッと指を揃えて手を相手にかざす。
「……っ!?」
防ぐ事が出来たのか、絶妙なタイミングで音が小さく鳴る。
「失敗したー、何で邪魔するのー?」
まるで小さな子と話す時の口調で不満顔を浮かべて、女子はスマホを持ち替えて二人に画面を示す。
「……」
兄の手が目元を隠して、何だかいかがわしい画像に見えた。
口を滑らせてそんな感想を漏らそうものなら、いかがわしいと感じるなんて変態だとからかわれるオチが見える。
「知らない、もう良いでしょ。あっち行って」
胸に抱えられた朝月が、女子に向かって手を払う仕草をする。
それがまた子供っぽい印象を生む。
「実は動画でしたー」
「もー、止めてあげなよ。嫌われちゃうよ」
ネタばらしの女子に他の子が笑いながら肩を叩く。
がやがやと本人を置いて、女子たちが盛り上がっていた。
「じゃーねー、お兄ちゃん」
本当に幼い子を目の前にしている感じの温かい笑みをこぼし、手を振り自分たちのテーブル席に引き上げる。
横目で女子グループが去ったのを確かめ、朝月は嘆息を零して肩の力を抜く。
「やっと行った」
子供扱いを受けることを嫌う兄が安堵を漏らす隣で、一部始終を観察しめいた男子が要らない真剣味を帯びた口調で確信を得た風に顎を引く。
「やはり朝月と一緒にいると、かわいい女子との遭遇率が高いな」
以前なぜ友達になろうと思ったのか、何の気なしに暇だから聞いた事があった。
別に深い意味があった訳ではないが、クラスメイトは気さくに教室などで話しかけてくれるけれど、こうして帰りとか放課後に遊んでくれる友達は珍しい。
その時の答えは今の発言の通りだった。まさに予想通り、検証の答えが正しかったと確信した呟きに他ならなかった。
かわいい女子と接点が持てる動機は、男子として当然とも言える理由だった。
端的に説明すると朝月には女子が寄って来るから一緒にいれば接点ができ、彼女が出来る確率が上がるのではとの打算だ。
「アタシがそうだって? 当然でしょ。かわいいって言ってくれても良いんだよ?」
「……性格はともかく、かわいい女子が寄って来るんだ。学校や放課後に一緒に居ない訳がないだろ」
内容にそぐわない真面目くさった口調に、ため息交じりに否定する。
「そんな事ないでしょ、アホらし」
男子のバカさに呆れ返る涼火の呟きに、彼はメガネを押し上げ真顔を浮かべる。
「アホらしい訳あるか。ちゃんと根拠はあるぞ」
「本当か?」
疑いしかない眼差しを受け、小さく鼻を鳴らして根拠を述べる。
「今さっきで言えば、朝月の妹がいるんだぞ。陰キャや底辺女子のグループが喋りかけられる訳がないだろ。明るく、かわいい、勢いのある女子しか近寄れないはずだ。恐れ多くてな」
胸を張る勢いの発言を聞き、当の涼火が眉間にシワを寄せた。
「私をなんだと思ってるんだ?」
「ヒエラルキーの上位にいながら、その枠組みの一歩外にいる女子。要は一目置かれる存在だな」
評価に嫌な顔をして涼火は黙る。
「涼火ちゃん、喋ってないで食べる」
朝月が後頭部で胸を叩いて催促する。
「ドロドロになったら、美味しくなくなっちゃう」
「分かってる」
返事をしてアイスを食べ始めるとクラスメイトの視線に気づき、スプーンを手に問いかけた。
「どうした?」
「ワタシも欲しいなって。涼火ちゃんの胸のクッション」
「……」
真顔の返事に涼火は無言のまま、彼女の取り皿にアイスを盛る。
「あっ、ごめんなさい! もう食べられ無いの! 許してー! 褒めてるんだよー! あぁっ、ホントに食べられないんだってば、冗談じゃなくお腹ピーピーになっちゃう!」
慌てて謝る彼女だった。
そしてパフェを完食する。
「もう、今日はアイスいいや」
「兄貴。今日は……って、明日には食べる気なの?」
「甘い物は別腹でしょう」
食べきった達成感からか、抱きかかえている朝月の口調は明るく、残りを二人だけで食べきった兄妹は平然と食後の一杯を飲み、普段通りの会話をしていた。
「使い方間違ってるだろ。食べなくても三日じゃない?」
ウルトラビッグパフェを食べといて間隔が短すぎじゃないかと意見するが、そういう涼火も残りの二人から突っ込まれる。
「「いや、当分いいだろ……」」
パフェの器が空になり、達成記念に自分のスマホで撮影。その画像を送る名目で、女子の連絡先ゲットのチャンスとスマホを手に取る男子。
「……」
しかし、それよりも早く女子が顔の前にスマホを示して声を上げた。
「ねぇねぇ、食べ終えた記念に皆で撮ろよ」
返事を待たずに彼女は自然な動きで、自分のスマホを斜向かいに座るメガネの男子に渡す。
「じゃ、お願いね」
「……くっ。皆とか言っといて当たり前にオレにスマホ渡すとか、やっぱり陽キャは恐ろしい」
メガネを押し上げて眼を細める彼は、悔しげに文句を口にしても素直にスマホを受け取る。
「はいはい、拗らせた男子の被害妄想被害妄想。それはともかく悔しがるが良い。ミジンコ友よ」
浮かべた悪い表情と共に、新しい言葉の表現が口から零れた。
ウルトラビッグパフェを食べきった事で、声が聞こえたのか先ほどの女子グループが来て騒いでったが、これでようやくクラスメイトの自分自身へのご褒美が終わる。
そしてーー
「よーし、カロリー消費にカラオケ行くぞー!」
彼女はとことんテスト期間を巻き返そうとしていた。
相手の雰囲気的に再三言っても聞きそうになく、その提案にため息を零す。
せめてもの抵抗として、断る理由に兄をちらりと見る。
「私たちが歌が下手くそだと分かって言ってる?」
「もちろん。赤点のアタシがカラオケで、涼火ちゃんたちに高得点を見せつけてやるんだから」
とってもいい顔でウインクする彼女。
「何それ、性格わっるっ。補習に備えて勉強しなってば」
「補習は忘れて」
文句を口にすると、真面目な表情を浮かべ、涼火を手のひらで止めた。
目が合って数秒お互いにおかしくなり、我慢出来ず吹き出して笑う。
そこにメガネ男子が挙手をする。
「俺も引き続き、カラオケに動向してもいいだろうか?」
「「それは止めて」」
女子二人の割と本気なトーンの返答が重なった。
「んっ……」
まさか、この流れで行けると思っていたのか沈黙する男子。
その姿に朝月が声をかけた。
「どれだけ皆と行きたいんだよ。仕方ないな、僕と行く?」
「いや、それは遠慮しとく。飽くまで女子とカラオケしたいのであって、朝月と二人でデュエットとか勘弁して欲しい。それに朝月がアレなのは授業で知ってるから」
「なぁっ……! むー。可哀想と思ったのに損した!」
気遣ったのに即刻断られて唇を尖らす。
「じゃあ、お兄ちゃんはアタシと行こうか」
女子に誘われた朝月を見て、男子は再び沈黙してメガネの位置を直す。
彼の見せた反応に女子二人は声を立てて笑った。
ーー了