無愛の悪夢
高さ五十米の高木が生い茂りその葉からは日本では経験しない程の蒸散による霧を浴びる。
太陽は斜めからではなく真上から見えると言う日本では夏でしか起こらない事がこの地域では毎日行われる。
かつて祖国では守護神として君臨していた暑い太陽の陽は今では人類の逆賊かのように過酷さを強いる。
赤道を横断し一年中陽の光を浴びる森林は地表に陽を浴びさせない様に一光も漏らさない大葉がゲリラ豪雨の傘となる。
ゲリラ豪雨は局地的な雨であるが一瞬の降水量が洪水を引き起こす。
手を広げ残り少ない淡水の飲料水を集め、半年以上風呂に入っていない不潔で不衛生な身体を洗い流してくれる。
中には傷口が滲みって苦悶の顔を上げている者もいるがここは耐え時であるのだ。
お陰で水溜りが溜まり蛆虫や蚊、毒蛇や毒家守が繁殖する。
熱帯雨林気候では数億年前の地球の気候と似ているためか様々な進化を遂げた生物が現存していた。
これがいずれ地球上から消えるとは知らずに自分達に害をなすものを殺していく。
弾倉に水滴が入らないために、鎖閂式(ボルトアクション式)の三八式歩兵銃が出来るだけ錆びないためにも服の内側に入れる。
いくら精密に防腐加工されているものとはいえ人が作り出したもの、短期間で稚拙に作られたものだ、使える時を持続させなければならない。
生暖かい泥を布団と硬い根を枕として寝床にして休む。
この寝心地には慣れたものだ。
羊毛、羽毛布団での睡眠はもう恋しく無くなり、原始の祖先の性が目覚めたようにいつでも深く眠れた。
この数日敵の上陸作戦、追撃によって眠れていない。
人は三日のうちに眠らなければならない、出なければ最適な指示、狙撃、身体の活性化が出来ず、死亡率が下がるからだ。
「今日はここで睡眠を取る。一時間後に前進する故、無駄にしないように」
俺の一つ上の上司、軍長がそう指示し下級の者から眠りにつく。
交代制で一人三○分で交代し仮眠を取る。
さて次は俺の番だ。時間ほど早く流れ少ない仮眠を取ろうとすると。
パンッ
バババババババッ
突如として銃声が鳴り響く。
星の光と敵の銃口から放たれる光しか見えない漆黒の森林で襲われた。
放たれた銃弾は地に潜る、木に刺さり貫通する、岩に当たり反射する等、軌道を変化させて弾幕を展開している。
側から見れば小さい花火であるが、これほど美しい物が自らの命を奪う物なのだ。
耳に浸透し、鼓膜を反響させ、脳を刺激し、一時的に麻痺させる。
腹立たしい、敵国の単発式歩兵銃か。
その後にも一定のリズムで銃声が鳴り響く。
敵国が開発した新型機関銃のお出ましか。
そう簡単に寝かせてくれないのか天よ。
隣にいた戦友は、先日の食を共にし寝床を分かち合い、ついさっきまで「家に帰ったらどうするべ」といつかくる終着点を目指していた奴は銃声を聞いた途端にただの肉塊へと化していた。
心臓部には金属片が食い込み人間の原動力である心臓を破壊し大量の鮮血が軍服を朱に染めながら吹き出てくる。
此奴だけではない、他の者も同じだ。
いや眠りながら死ねたので有れば本望に近いのかも知れぬ。
地雷や爆弾、狙撃や石の投擲でジリジリと衰弱を感じながら死ぬよりは楽だろう。
俺は銃声に体勢を整えながら其奴の銃槍を押さえて少しでも生への時間を延ばす。
これが彼の苦痛を延ばす者だとしても、無駄な者だとしても、彼には一秒だけでも長く生きていて欲しい。
数日前に彼の妻と幼い子が写った白黒の写真を見せて貰っていた。
良い笑顔で写っている。
俺には一生関わりのない事だろう。
だからこそだ。
彼には待っている人がいる。
俺のように親不孝人ではなくお前には生きて欲しいと強く押さえつける。
「退却。全員持ち場を離れろ。軍曹命令である」
ある程度血の噴出が無くなり彼をおぶって残りの体力を使い足の筋肉を増強させて退却する。
今の最上官は俺だ。
これは敵前逃亡ではない。
このままでは蹂躙され、軍備を一気に減らし、だただ鏖殺されるだけに過ぎん。
今退却すればもう一度立て直せる。
「俺が殿を務める。動けるのは者は俺と共に前線を張って下がれ。残りは撤退である」
これが最後の戦いになるとは知らずに剣林弾雨の中に対峙する。
そして全員撤退したのを見計らって残り六発ある内の九四式大発煙筒(煙弾)を投げて撤退した。
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