地獄から地獄へ
「あーっ、んの、クソ上司が!」
と、俺は自分のマンションのベッドへあお向けに倒れ込みながら絶叫した。
ここは家賃はクッソ安いが壁が薄すぎて騒音全開のクソマンション。
住んでいる奴もクソだ。真夜中でもチンピラどもが騒ぐし、
子供にゃ聞かせられない男と女のアレコレもめっちゃ聞こえてくる。
ガキどもが暴れる音もうるせえし最悪だ。
俺が住んでる場所はこんな風に最悪だが、何より働いている会社が一番悪い。
労基法ぶっちぎりで無視な上に、上の連中みんなアホ。
職場でタバコふかしながら部下を殴る事しか出来やしねえ。
残業当たり前な上にタイムカードも改竄しまくり。
何度殺意を覚えたか分からない。つうか無限に殺意を回転させている。
「あーーーーーーーーーーー無職になりてえーーーーーーーーーー!!!」
俺の人生、なにもねえ! ああ、俺がもっと頭が良けりゃ、
こんなクソ会社へ入らずに済んだんだろうさ。
だけどよ、頭が悪いって事が、そんなに罪なことかよ。
生活保護かました方がはるかに幸せなくらいの底辺の人生。
そんな酷い生活を送らないといけないほど、
頭が悪いとか、すげえ資格を持っていないってことが、罪なのかよ。
せめて親が金持ちだったら、ちっとはスネをかじれただろうがよ、
ウチの親は俺よりさらにアホな上にロクデナシだ。
酒と煙草とパチンコと麻雀。怒鳴る殴るが教育だと思ってる、
典型的なドロドロの汚れた人種だ。
それでも金がうなっていた時代に生まれたおかげで、今じゃ悠々年金生活。
生まれた時代がちょっとずれるだけで、これだ。
この世に正義なんて無いんだよ。
今の世の中、なんもかんも狂ってやがる。
「どうせイカれた世の中なんだ。
気に入らねえ奴は誰でも彼でもこの手で始末できる時代になっちまえば良い」
そう叫んだ。それは本音じゃ無かった。
でも、それくらい突き抜けて腹が立っていたのは確かだ。
すると、いきなり、
「その願い、叶えよう」
と、スカした男の声が聞こえてきた。
すると、訳の分からないうちに視界がひっくり返った。
脳みそを小麦粉みたいにグチャグチャにかき混ぜられるような感覚。
世界がねじ曲がって自分を巻き込んでいく。
***
気付いたら、俺は戦車へ乗っていた。
戦車と云っても、大砲をブッ放すアレじゃ無い。
せいぜい二、三人くらいしか乗れないような車輪付きの荷台みたいな乗り物へ、
馬を二頭付けて前を走らせているだけの奴だ。
全く現実感の無い展開に、俺はただ呆然と立ち尽くす事しか出来ない。
周囲には白っぽい不毛の大地が延々広がっている。
まあ、しょぼい木とかはちょこちょこ生えているし、
遠くを見ると山がそびえてはいるが、それくらいのものだ。
いや、一番大切なものが、俺らのすぐ傍に有る。
水場だ。人間は水を飲まなけりゃ死んじまう。
だから、そこが、人間同士の争いの場になりやすいんだ。
人! 人! 人!
皆、武器を持ってごちゃごちゃに集結している。
何百人いるか分からないが、とにかく、
横向きに流れる川の後ろへたくさんの兵士どもが、
手に槍や弓や投石器を持って適当に並んだり寝転がったりしている。
集まっているのは、みんな外国人だ。顔が濃い。
服はなんか良く分からんけど、エジプトとか、あの辺の感じだ。
ちゃんと服を着ている奴もいるが、半裸の奴もいる。
俺自身はちゃんと服を着ている。服は他の連中よりちょっと立派な気がする。
てか、俺、体付きもなんか変わってねえか?
顔を触ってみると、ひげもじゃもじゃー!?
俺は激しく混乱して周囲をきょろきょろ見回していた。
すると、川の向こう側からラッパらしき甲高い音が聞こえてくる。
それに合わせて、軍の中から、
「敵襲! 敵襲!」
って、召使どもの叫び声が聞こえてくる。
すると、回りの連中がひどく慌てた様子で隊列を作り始める。
俺の乗っている戦車にも筋肉マッチョが二人も乗り込んできた。
一人は弓を構え、もう一人は手綱を持つ。
「一体何が起こってんだ……?」
俺がそう呟くと、側へ居る弓マッチョが、
「王よ、お気を確かに。すでにヘブライ人どもがすぐそばへ!」
と、訴えてきた。
王? 俺が? そう思っているうちに、山のふもとから、
獣よりも恐ろしい怒号みたいな掛け声が聞こえてきた。
雪崩だ! そう思ってしまうくらい、
奴らの突撃は素早く、そして、恐ろしかった。
ヘブライ人どもは放浪の民。どこへ行っても他の国の連中と戦い続けた結果、
百戦錬磨の超人軍団に変貌していたのだ!