◇仲間が増えてしまった◇
…………遅い、遅すぎる。
もう外は暗いというのに、ホブゴブリンたちの帰りが遅い。
何かあったのか?
確かに、嗾けたのは私だ。
もしもホブゴブリンやナズミに何かがあったら、私が責任をとらなければいけない。
……もしや、カミジにやられて――!
――バンッ!
突然、ドアが弾けるように開いた。
「ハァ……ハァ……」
ホブゴブリンが傷らだけに……。
「な、なにが――ナズミ!?」
血液のように真っ赤になり、ドロドロになったナズミが、ホブゴブリンたちに抱えられていた。
「小娘……我らより、ナズミさんを頼む」
「あ、ああ、わかった! ナズチさん! 起きてください!」
ナズチの座っているイスを脚で蹴り、ナズチを無理やり起こした。
何事かという勢いで目を覚まし、周囲を見回し瞬時に状況を理解したのか、ナズミを布団に運び込んだ。
「……ポニーテールの女はいなかったが、青髪の女を連れて来た。それと……仲間が1人、死んだ」
なっ――!
「…………あああ、私のせいだ……私が……私が!」
「小娘――いや、ユーノ。気にすることではない。我らが提案する作戦だったら、すぐに殲滅させられていた。……これでも、被害を最小限にできた。ナズミさんが我らを守ってくれたんだ」
ナズミが……?
そんな――死にそうになるまで全力を尽くせとは言っていないのに……!
「ユーノさん! 私の治癒魔法じゃこの傷は――」
そう言い、ナズチが振り返った。
「そんな……!」
私のせいで、ナズミが死ぬなんて……嫌だ、考えたくない!
私が復讐なんて考えなければ……ナズミはそのまま、普通の一生をおくれたかもしれないのに……!
「おいっ――!」
声がした方を振り向くと、水色髪の女がゴブリンたちの手を振り払い、1人で立っていた。
ホブゴブリンたちがまた捕まえようとすると、自分の手をスッと出してその手を止めさせ、ナズミの傍に歩み寄っていった。
「な、何をする気だ!」
そう叫び、その女の元に駆け寄った。
『――ミューカスヒール』
その女は、ナズミに手をかざして聞いたこともない魔法を唱えたのだ。
「な、何をしているんだ!」
「……スライム専用の回復魔法です」
……ど、どういうこと?
なぜ、自分が攫われたというのに、敵を回復させているんだ?
意味が分からない、理解ができない。
「な、なぜ……」
「私、昔スライムを飼っていたのです」
「それが今の状態とどう繋がるっていうんだ……?」
「そうですね。……ある日、そのスライムが突然死んでしまったのです。真っ赤になって、血みたいなドロドロの粘液だけを残して死んでいました。いいえ、〝殺された〟が正しいですか」
家の中が静寂に包まれる。
「ドロドロになってしまったスライムに、何度も何度もヒールかけましたが生き返りませんでした」
「そんなことが……」
「犯人は父でした。貴族の父は、私のスライムを〝穢れたスライムだ〟と。自分の手でスライムを殺したと言っていました。それが憎くて、何もできなかったことが悔しくて……だからもう、スライムの死を見たくないのです」
「……そうか。でも、私たちはお前を――」
「少なくとも、この子に悪意は感じませんでした。仲間たちを守る意志の強さ、あのカミジくんとも全力で戦っていました。だからこそ、私はこの子を死なせたくない。それに――」
治癒を終えたのか、その女は私の顔を見た。
「――あなた達はどうも、ただの〝悪〟には見えないのです」
「……は?」
納得がいかない。
理解ができない。
私たちが悪でない?
お前を攫ったんだぞ?
この女は馬鹿なのか?
それとも、これで大真面目なのか?
「もし、この行動に何かの目的があるというのであれば、お手伝いしましょう」
「……お前が納得のいかない目的だとしても?」
「ええ、予想はついています。恐らく、目的はカミジくんでしょう?」
ぐうの音もでない。
「な、なぜ手を貸そうとするんだ? あいつはお前の仲間だっていうのに」
女は「うーん」と言って、顎に手をあてた。
「ああ、そうです。やってみたかったのです、こういうこと」
……はい?
「……悪そうなことって憧れますよね! 正しいことばかりやって、ずっとずっと息苦しいまま生きてきて――反発……とでもいうのでしょうかね、ふふ」
手を合わせ、子どものように目を輝かせる水色髪の女。
悪そうじゃなく、どう考えても悪いんだが。
あれ、こんな奴だったっけ。
「ということで、今日からお世話になりますね。よろしくお願いいたします」
女は立ち上がり、貴族っぽくスカートを上げて会釈した。
水色の髪が、ドアから入る風でふわっと浮かんだ。
そして、女が顔を上げてニコリと笑った。
「きょ、今日から?」
「ええ! ……あ、自己紹介が遅れましたね。私、クラリスと申します。以後お見知りおきを!」
そうして、私たちに変な仲間が加わってしまったのだった。
ま、まぁ……うーん、これを許していいものか。
私はカミジら3人に復讐するつもりだったのに……。
それに、クラリスの性格的な面がイマイチ見えてこない。
カミジと一緒にいた時の、あのあざとさは偽物だったのか?
本当に私たちに協力をするのか?
悪に憧れがあるって、本当なんだろうか?
――スライムの話はさすがに信じざるを得ないが。
……少しずつ探っていくしかないみたいだ。
それから私たちは、死んでしまったホブゴブリンを土に埋めて追悼し、クラリスの手料理でお腹を満たした。
クラリスの手料理、美味しかったなぁ……。
ああ、いかんいかん、まだ信用できないんだ。
今後もじっくり観察しておかなければ。
いつ裏切られるか、知れたものではない。
その後、私たちはナズミの寝ている布団で川の字になって寝た。
…………深夜に「あー! 布団が粘液で溶けちゃってるー! うわあ、また買わないとおおおっ」と、ナズチの悲鳴が聞こえたのは、聞かなかったことにしておこう。
次話もよろしくお願いいたします!(誤字があれば、ご報告いただけると幸いです!)




