◇崩すべきは核◇
――昔、こんな逸話があった。
『今は昔、戦国の翁といふものありけり。
(今となっては昔のことだが、戦国の翁というものがいた)
戦にまじりて兵を討ちつつ、かず女とあそびけり。
(戦に分け入って兵を討ちとっては、多数の女と遊んでいた)
その翁、ごまかし能力に戦国を蹂躙せり。
(その翁は、チート能力で戦国を蹂躙していた)
ごまかし能力に無双せる翁曰く、
(チート能力で無双する翁は言った、)
「敵、弱すぎて草」
』
……チート能力を得た現代版翁が、戦国時代に転移し暴れまくるという物語である。
この話、ずっと前にネームとして描いた話なのだが、創った私ですら意味が分からない。
ちなみにこの話、今日の策戦との関連性は皆無だ。
「あの、ユーノさん? お口を開けてください。ふーふー、あーん」
スプーンに乗った熱々のスープを息で冷まし、私の口に注ぐナズチ。
スープが唇を伝わり舌先に触れる。
熱い。けれど、クリームのようなとろけ具合と、コーンのように甘い味がたまらなく美味しい。
――ナズチの家に来てから4日目。
ホブゴブリン、メルトスライム、ナズチ、そして私……。
カミジを倒すのに必要な戦力は得られた。
これ以上はない。
これ以下もない。
そして今日から、『弔い合戦』という名の復讐が始まる。
朝食を食べ終えた私たちは、総勢10名で大きなテーブルを取り囲む。
雰囲気を出すために、部屋を真っ暗にしてテーブルの真ん中にランプを置いた。
良い雰囲気だ。
これなら、緊張感が少なからず出るだろう。
…………。
…………。
まずい、緊張感を多めに出し過ぎて、誰も話すことができない最悪の状況を作ってしまった。
私から切り出すしかないか。
「あー、いいですかね、私が話しても」
「黙れ小娘! お前に話す権限はない! 姉貴、お願いします」
ホブゴブリンリーダーは、唾を飛ばしながら怒鳴り、ナズチに頭を下げた。
「い、いや、私、難しいこと考えるのが不得意でして……。他の方にお願いしたいのです」
「あー! 確かゴブリンって頭良かったですよね。できるんじゃないすか? 作戦の1つや2つ、考えることなんて、ねぇ?」
私が嫌味っぽく言うと、ホブゴブリンたちは顔を見合わせて戸惑っていた。
そして、ホブゴブリンたちは隅に寄り、コソコソと話始めたのである。
「(おい、誰か良い作戦はないのか? あの小娘に馬鹿にされてもいいのか?)」
「(兄貴! それなら兄貴が言ってくださいよ! 我々はずっと、兄貴についてきていただけなんですから!)」
「(え、そういうの考えたことねぇから分かんねぇよ!)」
「(じゃあ、あの娘にマウントとられたままでいいんですか!?)」
「(それはよくねぇけど……あっ、良いこと思いついたぜ! ゴニョゴニョゴニョ…………)」
…………?
「「(やっぱ兄貴は天才っす! 一生ついていきます!)」」
どうやら、話が纏まったようだ。
ゴブリンたちは皆、頭を傾けドヤ顔をしていた。
「おい小娘、ならばお前が提案してみろ。我々の作戦は、それ以降に伝えよう」
後先考えていないような言い方だな。
私に策戦を提案させるとは――果たしてそれで良かったのかな?
「……ならば、私の策戦――お教えしましょう。ナズチさん、地図を」
「はい!」
ナズチが素早く地図を出し、机上に広げた。
「恐らく、私たちの敵は殆ど共通の敵。ゴブリンたちは少し違うかもしれないが、ある冒険者一味の1人である可能性が高い。だが、ただ冒険者一味に向かって行ったって、返り討ちにされてしまうだろう。そこで――」
私以外は皆、息をのんだ。
「その一味の内、女1人を拉致する」
――ピッシャアアアア! ――ドゴオオオオオ!! と外で雷が鳴った。
それも2発。
真っ暗な部屋が一瞬、眩い閃光に包まれた。
「対象は女。紫色の髪をして、大杖を持ったポニーテールの女だ」
「ら、拉致? 人さらいをするのですか?」
ナズチは首を傾げて、頬に冷や汗を垂らしていた。
私は軽く頷いた。
「戦力分散もあるけど、それ以上に、冒険者一味のリーダーの核――つまり精神を破壊することを目的としている」
「な、なんて極悪非道なことを……! お前、本当に人の娘か!?」
「もちろん。正真正銘の人間ですけど」
「人間にもこんな奴がいたんだな……」
ホブゴブリンたちは、軽く引いていた。
ナズミはというと、目を輝かせて私を見ていた。
ナズチは戸惑っていた。
「その女は普段、リーダーの男に加えて別の女とも行動を共にしている。まずは引き寄せなければいけないのだが……そこで、ゴブリンたちには1つ、悪事を働いてもらおうと思う。森にいる弱そうな冒険者を襲い、そいつに依頼書を作るよう指示をするんだ。もちろん、少々手荒くやること」
「……なるほど。その依頼を受けた冒険者一味を呼び寄せ、知らぬ間に女を拉致するのか」
「そう」
理解が早い。
さすがゴブリンだ。
最近は、難易度の高い依頼をカミジが受けている。
ここに来る前から少しの噂は聞いていたが。
そのおかげもあって、SS級への昇格が早まったのだろう。
「その女を拉致する際は、そこのナズミも一緒に連れて行ってほしい。女の口を塞いで、声が出ないようにする」
「……あぁ、了解した」
いつの間にか、ゴブリンたちは私の話を素直に聞くようになっていた。
「いいかな、ナズミ」
「分かりました。わっち、全力でお手伝いします」
「うん、じゃあ次。その女を拉致した後のことは私に任せてほしい。良い考えがある。それから、拉致した後、ナズチさんには近くの草原で暴れてもらいたい。最高難易度の依頼書を作らせるために」
私は、地図に描かれた草原を見た。
「わ、私ですか!? でも私は……」
と、視線を右斜め下にやり、下唇を噛むナズチ。
「大丈夫、戦わなくてもいいですから。地面を殴るなり、その辺の木を振り回すなり、できることをして冒険者に見つかってくれれば、それだけでいいんです」
「……分かりました」
ナズチは気乗りしていなかったようだが、ここが一番重要なのだ。
冒険者がよく通る草原という広い土地、手が付けられないような魔族……。
最高難易度の依頼を作るには、こういった条件がなければならない。
……ナズチのあの馬鹿力を活かすのにピッタリ、といったところ。
「そして最後、奴らとの決戦に臨む――これで私の策戦は以上。戦闘での策戦はまた後日にします。何か異論はありますか? ゴブリンさん?」
ゴブリンたちは下を向き、首を横に振った。
「よし、それでは策戦決行。頼みましたよ、ホブゴブリンさん」
「「「――ああ!」」」
ホブゴブリンたちは、自分達の武器を持ち、外に飛び出していった。
「ふぅ、疲れた」
私はゆっくりとテーブルに伏せた。
「ユーノさん、すごいですね。なんというか……策略家というのでしょうか」
「……昔、こういうゲームにハマっていた時期があるんです」
「ゲーム?」
「たぶん聞いても分からないと思います。そうですね……ただの子ども遊び、とでも思っておいてください」
「は、はぁ……」
それから私たちは、ホブゴブリンたちの帰りを待った。
▽
そして数時間後、ホブゴブリンたちは自信に満ち溢れた顔で帰ってきた。
「小娘、やってきたぞ」
「お疲れ様です」
「男冒険者がいたから、そいつの武器を圧し折って、ちょっと暴力振るって、依頼書を作るよう指示をしてきた」
よし、これで一段階目の準備はできた。
次は誘拐の時間だ。
きっとすぐにくるはず。
準備をしておこう。
「ゴブリンさんら、恐らく奴らはすぐにやってきます。もう一度行ってください。次は、ナズミを連れて」
「「「――了解した!」」」
そう言い、ゴブリンたちはナズミの壺を持ち、家から飛び出した。
●
「カ、カミジさ~ん!」
その頃、冒険者の男が、酷い怪我をして町に戻ってきていた。
「……!? ど、どうしたんだ!? その怪我は――!?」
「実は、森でゴブリンの群れに……!」
「ゴブリン……? 確かゴブリンの村はメルルが――いや、そんなことはどうでもいい! まずは治療をしないと……クラリス!」
「はい!」
クラリスと呼ばれる水色髪の女が、男冒険者の傷を癒すため回復魔法をかけた。
男冒険者の傷は次第に癒えていき、呼吸も少しずつ整ってきた。
そのうち完全に傷が消え、ようやく男冒険者は落ち着きを取り戻した。
「……詳しく教えてくれないか?」
「はい……。森で歩いていた時に突然、ゴブリンに背後から襲われ、武器をとられ壊されてしまいました。それから、僕を殴ったり蹴ったりした後、こう指示をしてきたのです――〝他の冒険者にでも頼るんだな〟と」
カミジは深く考え、頬杖をついた。
――どう考えてもおかしい。
――魔物が指示をするなんて。
――まるで、誘ってきているような言い方だ。
――しかし、何故ゴブリンが誘い出しを……? 負けることは分かっているだろう、あの村の惨事を見れば……。
様々な考えが、カミジの頭を錯綜する。
――メルルを置いて倒しにいこう。
最後に、その決断に至った。
〝他人に任せる〟……なんてことはできないと考えたのだ。
なぜなら、自分たちの問題であるから。
「……クラリス、行こう。メルルを置いて」
「え? でも、メルルがいればゴブリンなんて――」
「いいや……悪い予感がするんだ。的中しなければいいんだけど……」
そうして、カミジはクラリスと2人で、ナズミとホブゴブリンたちの待つ森へと向かったのだった。
次話もよろしくお願いいたします!(誤字があれば、ご報告お願いいたします!)




