◇3日目の浴室◇
「泡、流しますね」
「うん。お願い」
シャワーを使って私の体についた泡を落とす。
そういえば、ナズチはシャワーを使っていなかったな。
使い方を知らなかったのか?
――さて、今日はクラリスとお風呂に入っている。
ナズチやユリエルは予想以上に疲れていたらしく、先にお風呂に入って寝てしまった。
ナズミはそもそも入れない。
助手も祭りの委員会の仕事があるということで、こんな夜遅くなのに出て行った。
で、クラリスと入ることになったのだ。
「湯船に浸かりましょうか。転んじゃうと危ないので――よっ」
私の体を持ち上げるクラリス。
「わっ、ユーノさん軽いですね」
「まぁね」
「……あの時私が見つけなければ、こうはなっていなかったんですよね」
クラリスが私の体を抱えながら湯船に浸かった。
「ずっと申し訳なく思っていました。でも、なかなか言えなくて……。こういう2人きりの時間、あまりなかったので」
「……うん。もういいよ。気にしてないから」
「本当ですか? 怒っていません?」
「結局やったのはカミジだからね。運が悪かっただけだけだよ」
「そ、そうですか……?」
「今更気にすることじゃない。終わったものは終わったもの。時なんて元に戻せないんだから、仕方ないんだよ」
「……ありがとうございます」
私を強く抱きしめる。
「今までそのことがあって、あまり積極席に接することができませんでした」
「え、そうなの?」
いつもこんな感じの清楚系女子だと思っていたんだけど。
逆に積極的になるとどうなるの。
「ユーノさん」
「は、はい?」
「大好きです!」
「うっ」
もっと強く抱いてきた。
なんか色々と爆発してないか?
「肌柔らかくて綺麗ですね。プニプニしてて気持ちいいです」
「ちょ、ちょっと待って! 苦しい!」
「あら」
衝動的なものは収まった。
けれど、絶対に離すまいという強い意志を感じる。
「どうしたのクラリス」
「私、柔らかいものが子どもの頃から好きでして……。スライムを飼っていた理由もそれなんです。抱きしめると柔らかくて癒されるんですよね」
「え、でもスライムって溶解性があるんじゃ?」
「いえ。私のスライムは少し特殊なものでして、生物に対して溶解液を出さないスライムだったのです」
なにそれ初めて聞いた。
飼育用のスライムとかいるのかな。
あ、人間に育てられたスライムならありえるのか?
野犬は人間に育てられた犬とは違うし。
でもスライムにそこまでの知能ってあるのか……?
いやそう言っちゃうとナズミはおかしいことに――
「ずっとこうしていたいです。あと4時間くらいこうしていてもいいですか?」
よ、4時間!?
長湯と言われた私でも1時間が限界。
「のぼせる、絶対にのぼせる」
「それもそうですね。では20分くらいにしましょう」
急に冷静にならないで。
あとその下げ幅何?
「ユーノさん」
再び唐突に名前を呼ばれた。
「は、はい?」
「ユーノさんは、何故冒険に出ようと思ったのですか?」
「……急にどうしたの?」
クラリスが「ふぅ」とため息を吐く。
「いえ、ふと思いまして」
「そっか」
ふと思いつくものなのか、そういうのって。
「世界をこの目で見てみたいって思ったからだよ。短く纏めるとね」
「いいことだと思います」
「――私ね、生まれる前は別の世界にいたんだ」
「生まれる前? 別の世界?」
「うん。カミジやカザネと同じ、私も同じ転生者」
「……生まれ変わったということですか?」
「そう。何の能力も与えられなかったけど」
誰に言っても信用されなかったけど、クラリスは信用してくれるかな。
「前は地球って所にいてね。まぁ文明が発展してるとこだった」
「へぇ……」
「私は地球にある『日本』って言う島国に住んでたんだ」
「ニホン……? 不思議な名前ですね。綺麗な場所だったのですか?」
「うん。綺麗だった。でも、外に出れるような職についてなかったから、なかなか旅行とかできなくて」
「――それで、旅をしてみたいと?」
「うん」
勿論『勉強がしたくなかった』という理由もある。
だが、それはそれで別の理由だ。
ユリエルには『転生』なんて言っても信じてもらえないと思い、勉強が嫌だったと伝えた。
「素敵な理由です。私、親近感を感じます」
クラリスは『やりたいことノート』みたいなのあるもんなぁ。
「このまま平和に旅ができるといいですね」
「……うん」
そして唐突に訪れる沈黙。
天井から水滴が落ちる、ピチャンピチャンという音だけが聞こえる。
「何処にもいかないでくださいね。ずっと4人で旅をしましょう」
「……クラリス? どしたの?」
らしくもなく、クラリスが俯いている。
「いえ、何でもありません」
「そう……」
「ユーノさん。大好きですからね」
「……? ありがとう、私も」
本当にどうしたのだろう。
いつものクラリスじゃない。
『大好き』という言葉が異様に重たく圧し掛かってくる。
「あと15分くらい、こうしていてもいいですか?」
私をぎゅっと抱きしめた。
「うん」
背中に強く押しあたるクラリスの胸。
はぁ、やわらかい。
私もこんなになれたらよかったのになぁ。
転生前は割とあった方なのに……。
親の遺伝か何かで、何もかもが小さくまとまってしまった。
身長だって145もないし……。
17歳にもなって150以下とか自分でも引いてる。
しかも成長期終わったから、これ以上伸びることはない。
つらい。
――どれくらい経ったかは分からない。
私はいつの間にか眠ってしまっていたようで、クラリスに身体を揺さぶられて目を覚ました。
それからお風呂から出て、体に付着した水をタオルで拭き取った。
少しのぼせちゃったな。
それにしても、クラリスがいつもの雰囲気に戻っていてよかった。
「さて、着替えも終わった事ですし――。寝ましょうか」
「うん。早く寝よう」
そうして、私たちは助手の部屋に行き、ベッドに入って眠りについた。
…………。
クラリス、変だったな。
女の子イチャイチャさせてぇ。
でもちょっと不穏ですね。次は1日目です。
次話もよろしくお願いいたします。




