◇新たな旅路へ◇
なんて気持ちの良い朝だろう。
町からは人気がなくなり、とても静かな田舎の町に戻った。
元からの暑苦しさはなくなっていないが。
「ユーノさん。お昼ご飯できましたよ」
ナズチが研究所から出てきた。
「うん。今行く」
昼なのに『良い朝』とは?
お昼ごろに起きたから、私にとっては実質朝なのだ。
研究所に入り、すぐに昼食を摂る。
「あ、研磨も加工も終わったよ。要望通り、ユーノちゃんとナズミちゃんはネックレス。ナズチは腕輪、クラリスは指輪で良かったかな?」
ネックレスを首に掛けられた。
「うん。みんな似合ってる」
「ありがとうございます、ユリエル」
ナズミがお辞儀をする。
かなり丁寧に研磨されているようだ。
「そういえば、あの話なんだが……。ユーノちゃん」
「……あの話?」
「え、もう忘れた? 行き先の話だよ」
「あー」
そんな話あったな……。
「行き先ですか?」
「うん。ラザリアに長く留まるつもりはないから」
「それもそうですね。色々な所に行ってみたいですし」
ウンウンと二度頷くクラリス。
それもあるが、一番の理由は目的を失いたくないからだ。
ダラダラと旅をするのもいいけど、少しずつ暇になってくるのでは――と考えている。
アルバイトをしていない長期休暇中の大学生みたいな感じ。
「そう。そこで、私の故郷に来ないかと提案したんだ」
「故郷――ですか?」
「うん。私の故郷はエルミーナにある。この大陸から西にある大陸だよ」
「エルミーナ……。確か世界樹の森があるという――」
「クラリス、そこが私の故郷なんだよ」
ユリエルの故郷って世界樹の森だったのか。
あの神聖な場所にこんなエルフがいたとは――
「あ、今ユーノちゃん『意外だ』って思っただろう?」
「え」
「また図星だ。こら」
ユリエルが私のおでこに一発のデコピン。
「いたっ」
「お姉さんを見くびっちゃいかんよ。戦争が終わる前は世界樹の管理者をしていたんだぞ」
「えっ!!」
ユリエルが世界樹の管理者だって……?
「疑っているのか?」
「まぁ……」
どうも信じがたい。
世界樹の管理者って200年に1度だけ交代されるという重役じゃないか。
それに、毎度管理者は数人と言われている。
適性試験なんて、死が伴うような過酷なものだって話も聞いたことがある。
人にコスプレさせる人が管理者だとは到底思えない。
「家に来れば分かる。さて、どうだい? 来てみない? 世界樹の跡にも連れて行ってあげるよ」
「うーん……。みんなはどう?」
ナズチに顔を向ける。
「わ、私ですか?」
「うん」
「外の大陸にも行ってみたいですし、いいと思いますよ」
「そっかそっか。じゃあ、クラリスは?」
私はクラリスに目を向けた。
「私はナズチさんの意見に賛成します。もっと外の世界を知りたいです」
「うん、わかった」
そういえば、クラリスの家ってどこなんだろう。
その情報は聞いたことがないな。
「えっと、ナズミは?」
「わっちはユーノに合わせます」
「わかった。なら行こう。それでいい?」
「ええ。もちろん」
ナズミが頷く。
「よし決定。ならもうそろそろ行こう。西の港町から夜行の船で行くことにしよう」
ユリエルが椅子から立ち上がってそう言った。
「助手ちゃんもくる?」
「いいえ、行きません」
「えー、強がらなくてもいいのに」
「強がっていませんよ。私は別の研究を進めないといけないので」
「むぅ……。残念」
助手が紅茶を啜る。
「さ、荷物を纏めるんだ。港町には馬車に乗って行く」
▽
私たちは自分たちの荷物を持ち、忘れ物がないかを確認して研究所を出た。
あっという間だった。
「港町行きの馬車は調達できたから――それじゃあ助手ちゃん、また今度。何かあったら手紙を書いて送ってくれ。宛先は世界樹の森でな」
「はいはい、分かりましたから」
「助手ちゃん、『はい』は1回ってお母さんやお父さんから教えられなかったのか?」
「はい」
ユリエルに対する助手の返答。
かなり皮肉っぽい。
「それでは皆さん、お気をつけて。数日間ですが楽しかったです」
助手が私たちに手を振る。
「はーい! ありがとうございましたー!」
そう言って手を振るナズチ。
結構馬車が揺れる。
「さ、出発だ。御者さんお願いしまーす」
ユリエルがそう言うと、「はいよ」という声とともに馬車がガタガタと動き出した。
この町ともお別れか。
って、前もこんな感じだったかな。
ここに来たのは数か月前だけど……。
――数か月前?
私、何をしにここに来たんだっけか。
詳しく覚えていないな。
とはいえ、今回は何事もなくてよかった。
転生者との遭遇はなかったし……。
本当に、こんな日常がずっと続けばいいんだけどな。
◇
港町についたのは夕暮れ時だった。
海に映る陽がとても綺麗だ。
夕方だからか、人通りが少ない。
「エルミーナ大陸への夜行便はこちらでーす! お乗りになる方はもういらっしゃいませんかー?」
白い服を着た船員が大声で呼びかけている。
「乗ります乗ります! 5人で乗りまーす!」
ユリエルが1人、走って船員に駆け寄る。
何をしているんだろう。
紙に何か書いているようだけど……。
「みんなー! 手続き済んだから乗っていいって、はよこい!」
ユリエルは元気だな。
「皆さん、行きましょう」
クラリスが鼻歌を歌いながら歩いて行く。
結構楽しみにしていたのね。
「初めて間近で見ました。船ってこんなに大きいんですね……」
「ナズチさんは初めて見たんだね。こういう船は、宿泊できるように部屋が設けられているんだ」
「へぇ……」
ナズチが呆然と船を見つめる。
「船は何故、水の上を歩けるのですか?」
ナズミが首を傾げる。
「アルキメデスの原理かな」
「あるきめです?」
「水を押しのけた分だけ、物体に浮力が掛かっているの」
「……むむ、よく分からないです」
アルキメデスの原理なんてこの世界じゃ使われないからな……。
「さてと。ナズミ、ナズチさん。行こう」
「そうですね!」
「ええ」
――そうして私たちは船に乗りこんだ。
さぁ、新たな旅路の始まりだ。
鉱山発掘キャンペーン終了。次は恒例の外伝(?)です。
お風呂での話ですが、≪外伝≫にも関わらずかなり重要な話になる予定。
外伝に意味を持たせるのは、決して良くはないんですけども…。
さて、次話(次章)もよろしくお願いいたします!
 




