◇ティーブレイク②◇
「ユーノちゃんの仕事は、足で生地を踏むことだ」
ユリエルがシンクの蛇口を捻り、大きな鍋に水を入れる。
「私1人でやると作業効率が落ちてしまってね……」
冷蔵庫から、袋に入った丸い生地を取り出すユリエル。
何を作るんだ……?
「今日の朝ご飯は『おうどん』にする。エルフの伝統料理だ」
「お、おうどん?」
「太い麺が特徴的な、食べ応えのある麺料理だ」
鍋に魚や鳥の肉などの様々なダシを鍋に入れ、コンロの火を点けた。
おうどんって『うどん』のことだろうか。
そういえば、その生地っていつ作ったんだ……?
「ユーノちゃんには『おうどん』の生地を踏んで柔らかくしてもらいたい。私は汁やら野菜やらの準備をするのでね」
ユリエルが床にシートを敷いて生地を置く。
「ユーノちゃん、これ履いてもらえるかな」
ズボンの裾を太腿のあたりまで捲られる。
ユリエルが持っているのは――底が平らな長靴だ。
まさか、これで踏むと……?
「これは……」
「これは魔法の長靴。おうどんの為だけに作られた〝おうどんオンリーおうどんふみふみ魔法靴〟」
全然分からん。
「これでその生地を踏んでもらう。生地はちゃんとコーティングしてあるから、衛生面は気にしなくてオッケーよ」
ユリエルが私に長靴を履かせた。
「よし、それじゃあフミフミして。私はこっちに専念する。自分で『十分柔らかくなったな』と思ったら声をかけておくれ」
「は、はい」
ユリエルが手を洗い、野菜の皮を剥き始める。
本来であれば手で打つと思うけど……。
――今は生地を踏むことに集中しよう。
私にもできることはあるのだから。
▽
よいしょと、よいしょと。
結構柔らかくなってきたかな。
結構長い時間、踏み続けた気がする。
「こんな感じでどうでしょうか」
ユリエルが振り返って、薄っぺらくなった生地を見る。
「おぉ、とてもいい感じだ。それじゃあ仕上げは私がやるよ。よいしょと」
薄くなった生地を再び丸めて、大きなまな板の上に乗せ、太い木の棒で捏ねまわす。
それを長方形にして、大きな包丁でトントンと生地を切っていく。
うどん職人が使うような大きい包丁。
目の前で見るのは初めてだ。
一定の力が加わるような設計なのかな?
それにしても手際がいい。
「あとはこれを沸騰したお湯の中に入れて数分待つだけ……。その間に汁を作ろうか」
「おうどんの?」
「そう。私の舌では信用ならないから、ユーノちゃんに味見をしてもらおうと思う」
「私が?」
「いやねぇ、263年も生きていると、味の濃度が適切かどうか……。それが分からなくなってくるんだ。だから、まだまだ若いユーノちゃんにね」
「はぁ」
263歳……。
「私が少しずつ調整するから、このくらいがいいかもって思ったところで言ってくれ。少しずつ、薄めていくから」
そう言って、大鍋に入った汁を掻き混ぜ、オタマで汁を小皿に入れる。
さっきまでダシを取っていた鍋……もうできたんだ。
「ちょっと熱いから気を付けて」
私の唇に皿の縁があてられ、汁が流し込まれる。
「あつ――」
「ごめんっ……味はどうかな?」
めんつゆの味にダシが効いている。
「少ししょっぱいかもです」
「そうかそうか。じゃあもう少し薄めてみよう」
ユリエルが別の鍋からお湯を少し入れて混ぜる。
「これはどう?」
「……あ、美味しいです。甘さの中にコクがあって」
「そうじゃなくて、しょっぱい? 丁度いい?」
「ええと、丁度いいです」
「よっしゃ」
ユリエルが1人、拳を握りしめてガッツポーズをした。
「麺ももうすぐできるから、あとは器に入れて野菜を盛るだけだ」
私は長靴を脱いだ。
「お疲れ、ユーノちゃん」
私の頭を優しく撫でながら、
「できることは誰とでも探してみる。……腕がなくたってね、できることはいくらでもあるんだから。私が言いたいことはつまり『1人で気に病まないことが一番重要』――それだけよ」
と、笑顔でそう言った。
「なんというか……すみま――」
「謝るの禁止」
ユリエルが私の口を押さえる。
「今はただ頷きなさい、ユーノ」
いつにもなく真剣な表情で言われた。
私は心を落ち着かせ、そっと頷いた。
――その後、皆が起きてきたようで、廊下から話声や床の軋む音が聞こえるようになってきた。
頃合いを見計らい、ユリエルが厨房から顔を出す。
「今日の朝ご飯は私とユーノちゃん特製のおうどんだぞえ、皆の衆」
「わぁ! ユーノさんと一緒に作ったんですか? 良い匂いです! 美味しそう、美味しい!」
ナズチがひょこっと顔を出す。
「……あ、そういえば〝おうどん〟ってなんですか?」
「ナズチくん、おうどんっていうのはね――」
ユリエルが〝おうどん〟についてざっと説明する。
「へぇ、エルフの伝統料理にそんなものが……」
おうどんは知っていたけど、『エルフの伝統料理だったなんて……』って思うよね。
少なくとも私は思ってる。
「今持っていくから、部屋で座って待っていてとみんなに伝えてくれ。ナズチくん」
「はい!」
返事をしたナズチが、颯爽と走り去る。
「さて、さっさとよそるか。あぁ、ユーノちゃんも部屋に戻るといい。すぐに持っていくよ。……まずは、クラリス、ナズチ、ナズミちゃんの3人に食べてもらおうか」
ユリエルが私の肩をポンポンと叩く。
「はい。……ありがとうございます」
「うん、こちらこそ」
――部屋に戻り、みんなに朝の挨拶を済ませる。
するとすぐに、
「皆の衆、お待たへ!」
ユリエルがお盆を持ってやってきた。
持ってきたお盆には器が3つ。
器からは湯気が立っている。
「まずは君たち3人で食べていてくれ給へ。繰り返し言うが、私とユーノちゃん特製のおうどんを」
器を全てテーブルに置き、ティーカップを2つお盆の上に乗せたユリエルは、そのまま部屋から出て行った。
「美味しそうですね!」
クラリスが手を合わせる。
「ユーノ、お手伝いしたのですね」
「う、うん……」
少し恥ずかしくて、頭を下に傾けた。
「……ユーノ? 何かあったのですか?」
「ううん、何もない。さぁみんな食べて。絶対に美味しいから」
「そうですか? では――」
私以外の3人が手を合わせる。
「「「いただきます!」」」
ズルズルと麺を啜る音が鳴る。
箸がなかったら、麺はどういう風に食べられていたのだろうか。
「コシがあって美味しいです。味も丁度良くて」
クラリスがもぐもぐとする。
「身体が溶けそうです」
「ナズミ!?」
ドロドロと溶けるナズミ。
「嘘ですよ」
ナズミが溶け落ちた体液を体に戻す。
「揶揄わないでよ……。今、本気で心配したんだから」
「ふふ。美味しいですよ、ユーノ」
「……うん、ありがとう。えっと、ナズチさんは――」
私の前に座るナズチが、器を持ち上げ汁をゴクゴク飲んでいる。
「ぷはー! ご馳走様でした!」
器を置き、お腹を軽く叩いて少し撫でるナズチ。
満足してもらえたのか……?
「美味しかったです、とっても!」
満面の笑みでそう言った。
よかった、満足してもらえたようだ。
「ユーノちゃん、君の分も持ってきたよ」
ユリエルが再び部屋にお盆と器3つを持ってやってきた。
「ありがとございます」
「うん。さぁ、我々も食べるとしよう、助手ちゃん」
「ええ」
助手がコクリと頷いた。
「私が食べさせてあげます!」
ナズチが箸を持ち、私の隣に脚立を持ってきた。
「……うん、ありがとね。ナズチさん」
視界が少しぼやける。
「あれ、どうしたんですか? 目がうるうるしてますよ」
「……埃が入っただけだよ」
「あはは、私もよくあります。さぁ、口を開けてください!」
そうして、私はナズチにうどんを食べさせてもらい、朝食を済ませた。
――よし、切り替えて行こう。
今日は明日のお祭りについて話し合わないと。
次話もよろしくお願いいたします!




