◇ティーブレイク①◇
「うぅ」
く、苦しい。
全身が締め付けられている感じがする。
「……すぅ、すぅ」
目を開けると、クラリスの顔がすぐ目の前にあった。
私を抱き枕にして寝ていたのか。
いつの間に……。
クラリスが起きてくれないと抜けれそうにないな。
声を掛けて起こすとしよう。
「クラリス? ……クラリス!」
体を動かし、クラリスを起こした。
「……あ、おはようございます」
薄目でまだ眠たそうだ。
「あら、私ったらいつの間に――苦しくありませんでしたか?」
クラリスが私の体を離した。
「ううん、大丈夫」
「起きるのですか?」
「うん」
コロコロと転がってベッドの端に行く。
まずは脚をベッドから降ろし、片足が地面に着いたらもう片方の足も……と、よし立てた。
「私はもう少し寝ていようと思います」
「わかった。おやすみ」
クラリスが瞼を閉じる。
時計の短針は『5』を刺している。
まだ5時か……。
いつもであれば7時や8時くらいに起きるのだが……。
就寝時間が早いと、相対的に起床時間も早くなる。
――ナズチと助手、それにナズミもまだ寝ているらしい。
私だけかもな。疲れがあまり溜まっていないのは。
大体のことは他の人に任せっきりだし。
……私も何か役に立ちたいな。
さて、部屋のドア手前についたのはいいが……。
確か――『開けゴマ』だったかな。
起こさないように小声で言わないとな。
「(開けゴマ)」
そう言った途端、音を立てずに壁が横にスライドした。
音声認識……なのか?
それにしても、部屋と廊下はまるで別世界だ。
臭いも凄い。
助手、自分の部屋だけ綺麗にするって大胆なことしたな。
廊下に出るとすぐに、部屋の入り口が閉ざされる。
何だかんだこの研究所って広いな。
小さい厨房があったり、2人が入れるくらいの湯船があったり……。
それに部屋もいくつかあるし。
……そもそも研究所なのか、ここ。
普通の家なのでは。
――あれ、あの部屋って確かリビングだよな。
ドアはナズミがしっかり閉めたし、灯りも消していたはず……。
なんで光が……?
私は恐る恐る、ドアに近づき、少しの隙間から中を覗いた。
「……誰だい。キシキシ鳴っているからバレているぞ」
ユリエルだ。
眼鏡をかけて、気怠そうに何かを書いている。
「お、おはようございます」
「ユーノちゃんか」
私は隙間に足を挟んで、ゆっくりと扉を開けた。
「何してるんです?」
「論文を書いていた」
「あぁ、昨日言っていた……」
「うん。丁度今――書き終わったところだ」
ペンを机に置いて肩を伸ばすユリエル。
机には、様々な書物や資料が乱雑に置かれている。
「いつからやっていたんですか?」
「……大体3時くらい」
「早っ!」
「あはは、あまり眠れなくて……。もう書き上げてしまおうと思ったんだ」
「そうですか……」
ユリエルが立ち上がる。
「温かい飲み物でもいかがかな? 少し寒いだろう」
「……いただきます」
私の横を通り過ぎ、キッチンのある部屋へと1人で行ってしまった。
ユリエルの論文、どんなものなんだろう。
……勝手に見ちゃダメだよな。
本棚を眺めながら待っているとしよう。
鉱物図鑑、鉱山学書、世界樹理論……。
実家にあったものとは種類が全く違う。
私の家は、殆どが薬剤に関する参考書や書物ばかりだった。
お父さんが医学者だというのが、大きな理由だけども。
――ギシギシという音が近づいてくる。
どうやら、ユリエルが戻ってきたらしい。
「よいしょと……あぁ、机を整理しないとな」
ユリエルが丸い木の椅子にティーカップを2つ置き、乱雑に置かれた本や資料を1つにまとめる。
紅茶の良い香りがする。
「勝手に砂糖を入れてしまったのだが、よかったか?」
「むしろありがたいくらいです」
「そっか、ならよかったよ」
ユリエルがうっすらと笑った。
「ここに座り給え。私が飲ませてあげよう」
ユリエルが木の椅子を指さし、脚立に腰をかけた。
「……すみません」
椅子に座った。
「謝らなくてもいい、仕方のないことなんだから。……ほら、熱かったら言っておくれよ」
ユリエルが私の唇にカップの口べりを当て、紅茶を注ぎ込んだ。
……温かい。
「今日は何をする予定なんだい?」
「明日のことを話し合いたいと思います」
「そっかそっか」
「……私、何かできますかね。道具も使えないし――足手まといになる気しかしないんです」
「……うーん」
ユリエルが紅茶を少し飲み、ふぅっと息を吐く。
「ユーノちゃん」
「は、はい?」
「私がユーノちゃんの立場だったら、そんなことは気にしないな」
「えっ」
「ユーノちゃん、これは予想だけど、腕がなくなってから『自分がいると――』とか考えているんじゃないか?」
「…………」
前に、クラリスの布団に潜りこんだことがあった。
ユリエルが言ったようなことを考えていた覚えがある。
腕があるかないか――が、論点ではなかったけども。
「自分を客観的に見てみるんだ。……私から言わせてもらうと、3人は全く気にしていないと思う。むしろ、一緒にいることを楽しいと感じているんじゃないかな」
「そうですか……」
「深く考えないようにしな。ユーノちゃん。君は気にし過ぎだ。今は――楽しんだもん勝ちだよ」
「……はい」
「さてと」
ユリエルが紅茶を一気に飲み干す。
「よし、ユーノちゃん。一緒に朝ご飯を作ろうか」
「……え? でも私は――」
「いいから来な」
ユリエルが服を引っ張り、私を厨房へと連れて行った。
次話もよろしくお願いいたします!




