◇開けゴマ◇
外はもう真っ暗だ。
というか……野宿をしている人、本当に結構いるんだな。
大体は男だけど。
女の人は宿屋に泊まっているのかな。
まぁ……こんな男ばっかりのところで野宿なんてしたくないから当然か。
「明日はもう少し増えるかなぁ」
ユリエルが鼻を啜る。
「お祭りって、毎年どのくらいの人が来るんです?」
「そうだなぁ……。500とか、600人くらいだと思う」
「え? そんな少ないんですか?」
「他の祭に比べると少ないかもしれないね。規模が大きいという訳でもないし、割とマイナーなものだから」
マイナー?
鉱夜は教科書に載っていたのに……?
何故この祭のことは載せてあげなかったのか。
「……今『祭のことは教科書に載ってなかった』とか考えただろう?」
「えっ」
何故バレた。
「ふふ、図星だ。ナズミちゃんもそう思っただろう?」
「ええ、図星でしたよ。ユーノ」
ナズミまで……。
「このお祭りのことはね、あまり世間に知られないようにされているんだよ。来る人が増えると、採掘量が減ってしまうからね」
「へぇ……。でも、1人1個しか貰えないんですよね。その他は全て町に寄付されるとか聞きましたし、採掘量そのものは減らないのでは?」
「うん。元々、100人くらいでも鉱石が掘りつくされるほどだったからね。でも、年々人が増えて、祭で採掘された鉱石が持っていかれてしまう――。鉱石はこの町の生命そのものだ。個数が減ってしまうと、かなりの損失が出てしまうんだよ。だから極力広がらないようにされている。さすがに町中では大きく宣伝しているがね。『再び祭に参加できるのは5年後』という規定だってあるくらいだ」
「そんな規定あったんですね……」
「そ。だからこそ、冒険者にとって、一度でいかに貴重な鉱石の1つを採れるかが更に重要になってくる訳だ」
「なるほど」
それじゃあ、今回参加したら5年後になっちゃうわけか。
また来れるかも分からないと考えると、良い鉱石を採って行きたくなるな。
一冒険者として、他の冒険者の気持ちが分かってきた。
3人に意見を訊いて、明後日の計画をしっかり立てないと――
「あぁ、良い匂いだ。……ユーノちゃん? 帰ってきたぞえ?」
下を向いて色々と考えていたら、いつの間にか研究所についていた。
「あ、ほんとだ……」
玄関の扉の隙間から光と匂いが漏れているようだ。
「中に入って早くご飯を食べよう。よっ、と」
ユリエルが扉を取り外す。
「……あ、おかえりなさい」
クラリスが眼鏡をかけ、椅子に座って本を読んでいた。
「うん。ただいま」
「夕食は机の上にあります。それにしても随分遅かったですね……もしかして、何か有事が?」
「物騒な事は全然なかったから安心して」
「それならよかったです」
本を膝の上に置き、眼鏡を外してレンズを白い布で拭くクラリス。
……あれ、全然違和感なかったけど、クラリスって眼鏡してたかな。
「クラリスって眼鏡してたっけ」
「ああ……、助手さんに貸していただきました」
「クラリスって目悪かった?」
「いいえ、全く。『眼鏡をかけると知的に見える』――という話を聞いたことがあるので、しているだけです」
そう言い、再び眼鏡をかけた。
「……かけ心地はどう?」
「少し頭がよくなった気がします。ただ、ずっとかけていると目が回ってきますかね……」
「でしょうね」
視力が良い人が眼鏡をかけても、大して支障はないけども……。
「うーん……、クラリス?」
「はい、何でしょうか」
「ええと、眼鏡をかけなくても、十分知的に見えるよ」
「あら」
クラリスが眼鏡を外して机に置いた。
「ありがとうございます」
クラリスがいたずらっぽく笑う。
言葉遣いが丁寧な事に加えて育ちも良いからね。
それとは別に、勇気がなくて言えないけど、眼鏡をかけない方が可愛い。
……なんか顔熱くなってきた。
話逸らそう。
「そ、そういえば、ナズチさんと助手さんは?」
「ナズチさんはお部屋で寝てしまっています。助手さんは今、お風呂に入っているかと」
今日はかなり歩いたからな。
特に、ナズチは大きな荷物を持ち歩いていたんだ。
きっと私たちの数倍は疲れている。
……祭のことは明日話すことにして、私もご飯を食べたらすぐ寝ようか。
ああそうだ。
お風呂とか使わせてもらえるかな。
宿屋にいたとき以外、大体水浴びだけだったからなぁ。
久々にお湯に浸かりたい。
「ご飯を食べたらお風呂に入ろう。私が体を洗ってあげるよユーノちゃん」
ドアを元の位置に取り付け終えたユリエルが、私の頭をポンと叩く。
「えっ」
「いいかい? ユーノちゃん」
「うえぇ……。クラリスはもうお風呂に入ったの?」
「はい。助手さんの前に」
入った人を連れて行くわけには行かないし、ナズミはお風呂に入る必要がない。
メルトスライムでも、多量の水は毒になる。
今回ばかりは仕方ないか。
「……じゃあ、お願いします」
ユリエルがニコっと笑った。
……それから、いつものようにクラリスにご飯を食べさせてもらった。
ご飯を食べ終えた私は、ユリエルと一緒に脱衣所へ。
脱衣所に行く途中で助手に会い、助手は「おかえりなさい」と一言。
一方、ユリエルは「ただいま」と一言。
あっさりとしていたが、不思議と冷たさは感じなかった。
▽
お風呂に入り終え再び脱衣所へ。
パーカーは洗ってもらえることになり、ユリエルのおさがりのパジャマを貸してもらうことになった。
着替え終わった私とユリエルは、ナズミやクラリスの待つ部屋へと戻った。
「ユーノ、お風呂は気持ちよかったですか?」
部屋ではナズミが1人、椅子に座って本を読んでいた。
「うん。……あれ、クラリスは?」
「ジョシュと一緒に、先にお部屋に行ってしまわれました」
「そっか」
「お部屋の場所は教えていただいたので、一緒に行きましょう」
ナズミが分厚い本を閉じる。
まだ辞書を読んでいたのね……。
「……2時間も入っていたのか」
ユリエルが壁に掛けられた時計を見ている。
体感では20分くらいだった。
「私はもう寝るよ。2人も早く寝るといい」
ユリエルが1人、ベッドに寝転ぶ。
「では、失礼いたします。おやすみなさい、ユリエル」
ナズミが灯りを消す。
「こちらですよ、ついてきてください」
ユーノがパジャマを引っ張る。
――あっ。
「ナ、ナズミ! これユリエルのパジャマだから――って、あれ……?」
溶けない、だと――!?
「どうしたのです?」
「う、うん。何でもないよ。行こう」
「は、はい」
私のパーカーは耐溶だから大丈夫だけど……。
まさか、このパジャマも加工されているのか。
……何故に?
「ユーノ、つきましたよ」
ナズミが急に立ち止まった。
「え? 何もなくない?」
脱衣所より少し前。
ナズミが壁をじっと見つめる。
「ええっと……『開け、ゴマ』!」
ナズミがそう言うと、木の壁の一部がスッと横にスライドした。
その先には、白を基調とした可愛らしい部屋があった。
一体全体どういう仕組みだよ。
「あ、ようこそ」
助手が本を片手に、ベッドの上に座っていた。
「すみません、狭い部屋で」
「い、いえいえ」
「先にきたお2人はもう寝ています。ユーノさんとナズミさんもすぐに寝ますか?」
「……そうさせてもらいます」
「お2人が寝ている寝床でお願いします」
大きいベッドだ。
ダブル――いや、クイーンよりも大きいサイズかな。
何にせよ、1人で使うとしたら十分すぎるくらいの大きさ。
「助手さんはどうするんですか?」
「私は床で寝ます。布団はあるから大丈夫ですよ」
「そうですか……」
なんだか申し訳ない。
「そうそう――『ナズミちゃんは壺の中で寝ます』と、ナズチさんから伺っています。寝床の横に置いておきましたよ」
「すみません、色々と」
助手が首を振る。
「いえいえ。今日はゆっくりお休みになってくださいね」
そう言って、ベッドの横の椅子に座った。
「じゃあねよっか。ナズミ」
「ええ、おやすみなさい。ユーノ」
ナズミがスライム体に戻り、ベッドの横に置かれた壺に入る。
……さて、私もベッドインするか。
うーん、クラリスの隣が空いてるかな。
それから、何とかベッドの上に体を乗り上げた私は、脚で布団を被ってすぐに眠りについた。
お風呂でのお話は後々…
次話もよろしくお願いいたします!




