◇スライムの生殖方法②◇
「そういえば君、細胞分裂ってできるかな」
今日という一日で、一番と言っていい程重要な議題。
尤も、強制させるわけではない。
「ええ、できますよ」
と、ゼリー状の髪を揺らすスライム少女。
「どうやってするの?」
「その前に、目的はなんです? 治癒? 細胞活性化? 戦い? それともご飯ですか?」
「ご飯はない」
念のためもう一度言っておくが、ご飯はない。
「簡単に言うと私は復讐、寝ている彼女は弔い合戦……なのか?」
「なるほど、了解しました」
そして、スライム少女は何かを探しながら、
「何か、広めの入れ物はありませんか?」
「入れ物?」
あぁ、そこに分裂させたスライムを入れるのか。
「私もここにきたばっかりだからなぁ……。あぁ、あの棚の上にある鍋なんていいかもね」
棚の上に手を伸ばし、鉄製の鍋を取った。
丁寧に扱われているのか、ツヤはあっても傷一つない逸品だ。
「はいどうぞ」
「わぁ、ありがとうございます。こんなに良い器を使えるなんて嬉しいです」
器?
「ふぅ、ふぅ」
床に置いた鍋に顔を寄せて……何をしているんだ?
どこかえずいているようにも見えるが……。
「お、おええええぇぇぇ、うええええぇぇぇぇ」
「ふぁっ!?」
え、え……? 吐いてるの!?
虹色のキラキラが少女の口から……!
こ、こんな姿を見るために、親スライムを連れて来たわけじゃないぞ!
というかこの鍋、借り物――!
「ふぅ、うっぷっ。スッキリしました」
スッキリするな。
「できましたよ、分裂、うっ」
「いやいや、分裂の方法ってそれしかないの? いやほら、普通のスライムみたいに、同じ個体が2つにぱっと別れるとかそういうのさ」
「昔はできましたが……うっぷ、できなくなってしまいました」
たまにえずくのやめてほしい。
「実はですね――」
と、スライム少女は肩をすくめた。
――少女の話によると、メルトスライムになってから形態維持がしづらくなったらしい。
スライムとは体の形態維持がし易い魔物だ。
そのため、自分の体を切るように無理な分裂ができる。
しかし、メルトスライムはその維持が難しく、無理に分裂しようとすると爆発してしまう。
だからこそ、人の状態で吐き出すのが、維持が一番楽だという話。
「そうなんだ……世界の怖い映像ベスト3に入りそうなショッキングな光景だったけど、理解はできたよ」
「それであればよかったです、うっ」
よくはない。
「とりあえずこれで分裂完了です。あと数分もすれば、すぐにスライムとしての活動を始めます」
「……このドロドロが?」
「ええ。これがメルトスライムですから」
むぅ……大量生産を目的としていたが、これを何回も見たくはないな。
ある程度作ってもらったら逃がそうか。
でも、この子を1人で帰らせるのはちょっと……。
だからといって、あの草原に行くのは気が引ける。
「ユーノ」
「え? はい?」
スライムの少女は真剣な面持ちで、「私を暫くの間、ここに置いてくれませんか?」と言った。
「……なぜ?」
「あの付近はアンデッドが湧いて、どうも住み心地が悪いのです。ここはジメジメして心地がいいですし、丁度いいかなと。そのかわり、復讐のお手伝いは全力でいたします」
えぇ……困ったな。
この家に住んでいるナズチが許可しないと。
私に権限はない。
「その緑の人がこの家の持ち主だから。私に決めることはできないんだ」
そう言うと、スライム少女は顎に手をあて何かを考え始めた。
数秒後、何か思いついたのか、頭上に『!』マークを作って手をポンと叩いた。
「そうです、ならユーノが私を飼ってください」
「は?」
「そうすれば、その緑の方の許可はいりませんから」
はっ! な、なんて賢い子だ。
確かに、私の所有物になればナズチの権限の範囲外になる。
そうすれば私がナズチに許可をとる形になり、自分から言う必要がなくなると。
悪魔的……いや、ザ・魔物って感じの思考力。
そういや、ナズチのことを恨んでいるとも言っていたな。
ナズチに権限を握られることを嫌ったのか。
だが、私みたいな奴が主でいいのか?
撫でもできないというのに。
「何もできないのが飼い主でいいの?」
スライム少女は点頭した。
「……わかった」
こうもお願いされては断りづらい。
全力を尽くすと言っていたし、それなら、まぁ。
◇
――空が深海のように青暗くなり始めた時間に、ナズチはようやく目を覚ました。
「な……誰ですかその子は!? ハッ――!? パパの形見の鍋が!」
……悪いことをしてしまった。
父親の形見とはいず知らず、メルトスライムの器として使ってしまった。
「これじゃあもう使えないですよぅ」と、涙ながらに言われた。
ごめん、ナズッチ。
その後、その子はメルトスライムの変態後の姿だとナズチに伝えた。
メルトスライムが言っていた『感謝』と『恨み』についても。
「あぁ、あの時の……。助けてくれたのですね。あの3人組にスライムを嗾けて」
そういうことだったのか。
「でも、感謝以上に恨まれるなんておかしいです」
わかる。
「そういえば、その子の名前は?」と、ふとナズチに尋ねられた。
確かに、名前がないのか。
このメルトスライムの少女は。
どうしようか。
……分裂だし、ドロドロだし、話はできるけど頭は良くないし。
打ち解けやすいだけなんだよな。
――そうだ、いいものを思いついた。
転生前、漫画を描いていた時のヒロインの名前。
今でも覚えている。
「よし、今日から君の名前はナズミ。ナズミにしよう」
「え、いやです」
拒否――!?
「なんでよ!」
「私の名前はメルトスライムですから」
それ固有名詞では……?
「まぁ……、その名前の方が良いというのであれば、それで呼んでいただいてもかまいませんけど」
と、メルトスライムは背を向けた。
……よし、これからナズミって呼ぼう。
あと服着せてあげないと、目のやりどころに困る。
それから私たちは、夜ご飯を食べてその日を終えた。
さて、明日の目標は『ゴブリンの捕獲』だ。
次話もよろしくお願いいたします!(誤字があればご報告ください!)
 




