◇紛らわしい名前◇
「ツルハシにスコップ、シャベルにトンカチかぁ」
私は何も使えないな。
「被り物は4つあります」
クラリスが黄色いヘルメットの土埃を掃う。
「ヘルメットね」
「ヘルメット……初めて見ました」
貴族には馴染みのない道具だからな。
「道具は4つしか残っていなかったそうです。ヘルメットも4つで終わりでした」
ナズチが採掘道具の土埃を手で掃っている。
運が良いのか悪いのか……。
でも、道具が無いよりかはマシだった気がする。
「どの道具を使いましょうか」
スコップにそっと手を触れるクラリス。
あの土葬の件といい、スコップ好きだな。
「私はツルハシですかね。斧みたいな形状なので、一番力出せる気がします!」
さすがは豪傑豚の娘。
斧とは用途が全く違うけど、よく似合ってる。
「ナズミはどうする?」
ナズミは読書に夢中だ。
あれ、その分厚さ――まさか辞書読んでるの……?
「わっちは活字で戦います」
「いやいや、そうじゃなくてね。採掘道具は何がいいかなって話」
「そうでしたか。なら、わっちは〝しゃべる〟を使いたいです」
そうでしたか、とは?
一体何と混同していたの……?
「う、うん。じゃあ私はトンカチにする。……使えるかどうかはさておきね。みんなはそれでいいのかな」
3人が頷く。
……よし、とりあえず整理ができた。
明後日までに、トンカチの使い道を考えておかないと。
持ち手の部分を口で挟む……いや、誰が使ったのか不明なものを銜える勇気は出ない。
足で挟んで使うにしても、相当不格好になるのでは?
うーん、悩むぅ。
「できましたー。ウラビノの卵どんぶりです」
白衣の女性が四角いトレイに乗せて持ってきたのは、大きなどんぶりだった。
ウラビノの卵どんぶり……。
食べるのは久しぶりだ。
ウラビノの卵は、栄養素がたっぷりで甘いのが特徴的。
様々な料理に使える万能食材だ。
鶏の卵とはちょっと違う。
「机に置いておきますね。椅子は――脚立なら沢山あるので、それでお願いできますか? なにせ金欠なものでして……あいたっ――!」
ユリエルが女性の頭をポカンと叩いた。
「助手ちゃんが使ったからだろう? 金庫見て吃驚したぞ」
「す、すみません」
「今激おこぷんぷん丸だわ、私」
「うぅ」
腕を組んで右の頬を膨らませている。
ユリエルとこの人って、なんだかんだ仲良さそう。
「す、座れるものであれば何でも大丈夫ですよ。ね、ユーノさん?」
クラリスから放たれる謎の圧力によって、肯くことしかできない。
「そういえば、助手さんの名前は何ていうんですか?」
ナズチが私の訊きたい事を代弁してくれた。
「……え? 私は〝助手〟ですよ? 町の中でもそう呼んでくれていましたよね?」
助手さんの名前を知りたいんだけど……。
「助手って、助手のことじゃないんですか?」
「……? 〝助手〟ですよ」
「でも、助手ってあの助手じゃ……」
何か心当たりがあったらしく、「あぁ」と口を開けながら手をポンと叩いた。
「私、名前を〝ジョシュ〟というんです。本名をジョシュ=メラニアといいます」
……理解するのに数秒かかった。
名前がジョシュなのね。
「…………なるほど! ジョシュさんなんですね!」
ナズチも理解したようだ。
〝助手〟と〝ジョシュ〟のイントネーションを同じにしてしまうと、全く区別がつかない。
「じょ」を上げて「しゅ」を下げるのがジョシュ。
「じょ」も「しゅ」も平行線を通るのが助手。
そう覚えておこう。
「冷めないうちに食べましょう!」
クラリスが近くにあった脚立を持ってきた。
頼もしいな。
――そうして、各自で小さい脚立を椅子の代わりとして、昼食の卵どんぶりを食べた。
とても美味しかった。
その後、私とナズミは、ユリエルが町を案内してくれるということで、研究所を出て町へ。
……私は「以前来たことがあるから大丈夫」と言ったけれど、ナズミが寂しそうにしていた為、結局行くことになった。
弱いなぁ、私。
『仲間にしてほしそうな目』じゃなくて、『仲間になってほしい目』をされちゃうとねぇ……。
「やっぱカップルやら男の冒険者が多いなぁ、例年通りだ」
「そうなんですか?」
「貴重な鉱石目当てで来る者、記念づくりに来る者……目的は様々だからね」
「競争性はないんですよね」
「うん、ない。一部を除いては」
その一部が貴重な鉱石狙いで来るっていう冒険者か。
「でも、いくら鉱石を掘り当てたって結局1つしか貰えないから、沢山とってやるっていうのはいないんだ。出入口で入念にチェックされるし」
「なるほど……」
知らんふりして持ち帰ろうとはできないんだな。
それにしては強そうな人がチラホラいるみたいだ。
もしかして、鉱山には魔物がいるとか。
「鉱山って、魔物とか出ます?」
「……浅い所は出ないかな」
「浅い所は……?」
魔物はいるにはいるんだな。
「あぁ。鉱山にも階層的なものがあってね、下に行くにつれて魔物が出るようになるんだ。それに、潜れば潜るほど強さも増していく」
「へぇ……」
私たちは浅い所に行こうかな。
「ま、大したことはない。毎年怪我人は出ても、死者は全く出ていないからね」
「怪我人出るんですね……」
「うん」
……ちょっと怖いな。
手を出さなければ襲わない魔物であればいいのだけれど……。
「それでは、奥に行く『めりっと』はあるのですか?」
ナズミが首を傾げる。
「……貴重な鉱石を手に入れる確率が上がるんだ。ただそれだけだよ」
「なるほど。それで皆さま、明後日に備えて万全な準備をしているのですね」
「そそ。冒険者とかは特にね」
複数人で行動している冒険者も多いし、『協力して鉱石をとろう』という考えなのだろう。
パーティのバランスも考慮されている。
聖職者やら騎士やらが多いし、魔物を倒すことは眼中にないようだ。
「町を歩くのもなんだし……どう、鉱山にでも行ってみない? 2人とも」
ユリエルがニコっと笑った。
「え、いいんですか?」
「うん、いい。これでも中に入る許可は得ているんだよ」
……そういえばこの人鉱山研究者なんだっけ。
一瞬忘れてた。
「わっちは行きたいです」
ナズミは興味を持っているみたいだし、ナズチとクラリスには悪いけど――
「じゃあ行きます」
「よし、そうと決まればレッツラゴーだ」
それから私とナズミはユリエルに連れられ、町の最奥部にある鉱山入り口へと向かった。
次話もよろしくお願いいたします!




