◇旅立ちの朝◇
始まりはなるべく平和に。
荷物の支度は大丈夫。
お金もそこそこある。
健康状態も万全。
うんうん、ほぼ完璧。
――カザネと戦い終えて、酒場で受付さん含めて宴をした翌々日の早朝。
私たちは準備をしていた。
そう、やっとこ旅に出るのだ。
「この家と離れるの、ちょっと寂しいです」
ナズチにとっては50年以上もの付き合いだもんな。
魔族の50年が長いか短いかはおいといて、ね。
「ママ……私、旅に出るよ」
壁に掛けられた巨大な斧を触るナズチ。
お父さんの形見――だよね。
お母さんの形見ではないでしょ……?
「パパ、私旅に出るよ」
鍋がお父さんの形見とは前に言っていたけど……そっち?
逆じゃないか?
この家庭は本当にどうなっているんだ。
「ナズミちゃんは準備できましたか?」
「できましたよ。クラリスは?」
「私はずぅっと前から終わっています。私物、これしかないですから」
クラリスは元々私たちが連れていった身だ。
ポーチと服くらいしか物はない。
……ナズミなんてもう手ぶらだろう。
一体何を準備したのか。
「ユーノさんは?」
「え、私? 終わったよ。殆ど」
「……殆ど?」
「うん」
結論を言うと、まだ最初の行き先を決めていないのだ。
「行き先、決めてないよね」
「ああ、そういえば。……それならあそこなんてどうです? 鑑定屋さんが言っていた、あの――」
「ルナノ鉱山?」
「そう、それです!」
他に行きたい場所なんてなかったし……ルナノ鉱山でいいか。
あそこ、結構むさ苦しい場所だけど。
「じゃあ、鉱山の麓の町――ラザリアに行こう」
「ラザリア……? えーと、はい!」
クラリスって地理の勉強しなかったのか?
貴族の子はもっと勉強をしているものだと思ってた。
「さて、準備できました。行きましょう!」
用意が済んだようだ。
さて、そろそろ家を出るとしよう。
「よし、それじゃあ行こう!」
戸締りよし、火の元よし――
さぁ、旅の始まりだ!
私たちは最初の目的地である鉱山の麓の町――ラザリアを目指して家を出た。
◇
「北に行くなんて初めてです」
そう言って、ナズチが満面の笑みを漏らす。
それにしても物凄い荷物の量だ。
登山にでも行くのかってくらい多い。
確かに向かっているのは山だけど。
「ナズチさん……。出てからずっと思っていたけど、その荷物の量は?」
「ナズミちゃんのために壺を持ってきました。それと家にあった食料も持ってきましたよ!」
「おぉ、ありがとうございます。ナズチ」
ナズミのために壺を――それと食料も持ってきたなんて。
ほんと。
「長閑ですね。魔物も襲ってきませんよ、ほらあれを見てください。みんなで焚火を取り囲んで踊っていますよ」
クラリスの指をさす方向にいたのは、小型のゴブリンの群れ。
ほんとだ。楽しそう。
「昔はピリピリしていたみたいだけど、魔族との争いが終わってからは襲う魔物が極端に減ったらしいよ」
「……どうやって終わりを迎えたのでしょうか」
「私の記憶が正しければ、人間も魔族も食糧が尽きて、民を守るために終戦を決定したんだとか」
「なるほど……。ああ、すみません。私、勉強を全くしていなかったもので」
「そっか……」
私も人のことは言えない。
たまに授業をサボって遊んでいたし、授業に出ても絵を描いていた。
試験だけは猛勉強していたから、その分だけは脳裏に刻まれている。
これでも、学年で3番目くらいの順位だったのだ。
……もちろん、上から数えて。
「少しお腹が減ってきましたね。ここらへんで朝ご飯にしましょうか」
クラリスが立ち止まり、草原の上に横たわる。
「短い草が風で靡く草原の上、こうやって自由にごろごろするのが夢でした」
やりたいことリストね。
「人工的な草より、何倍も気持ちがいいです」
クラリスの家ってどんなものなんだろうな。
行ってみたいけれど……クラリスは許してくれないかな。
「じゃじゃーん。こんなこともあろうかと、しっかり調理器具を持ってきていました」
フライパンにお鍋、フライ返しにオタマ……。
こんなことがあると予測できたなら、初めから作っておけばよかったのでは。
「火はどうするのです?」
ナズミが鍋を持ち上げる。
「あ、すっかり忘れていました。ナズミちゃん頭いいですね」
一番重要じゃない?
「じゃあ、あそこのゴブリンさんたちから火種もらってきますね! ゴブリンさーん!」
ナズチがゴブリンの群れに駆け寄っていった。
ミニゴブリンかな。
実際に見たのは初めてだ。
「貰ってきましたー!」
結構早かった。
火のついた薪を一本と、紐で結ばれた薪の束を貰ってきたらしい。
もしもナズチが魔族じゃなかったら――と考えると少し怖かった。
「薪を置いて、そこに火のついた薪を入れて……ふー、ふー!」
草に燃え移らないか心配。
……ああでも、水分があるから大丈夫――か?
「うわぁ、凄いですよこの火。草に燃え移りません!」
これ、ただの火じゃないな……。
おそらく魔法で作られた特殊な火種だ。
魔法を使えるミニゴブリンがいるのか。
「それでは早速やりましょう! この台の上にお鍋を乗せてください!」
ナズチが巨大なバッグから取り出したのは鉄製の台。
熱伝導によってフライパンに熱を送るらしい。
料理の知識だけは一丁前なんだけどな……。
クラリスも。
「朝食は野菜炒めにしましょう。野菜はたっぷりありますからね!」
あぁ、ホブゴブリンたちに貰った大量の野菜がまだ残っていたっけ。
……まぁ、健康第一だからね。
ナズミも喜んでいるみたいだし。
「今日のお昼までに着けるといいですね」
クラリスが野菜の入った袋を開けながらそう言った。
「そうだね。ご飯食べ終わったら早歩きで行こっか」
そうして私たちは朝食をゆっくりと食べ終え、再び北方へ歩みを進めた。
次話もよろしくお願いいたします!




