◇曇りのち晴れのちモヤモヤ◇
狭い所で戦うのはあまり得意ではないが、こうなったら仕方ない。
とりあえず、防御に徹しよう。
「ナズチさん! クラリス! 私に補助を!」
ナズチは遠隔防壁、そしてクラリスは速度上昇の魔法。
時間を稼ぐのには十分だ。
悟られないようにするため先制攻撃を仕掛けよう。
「主! お下がりください!」
男が私の跳び蹴りを腕でガードする。
……結構硬いな。
皮膚を蹴っているというよりも、硬い石を蹴っているような感覚に近い。
「よっ」
膝を曲げて後ろへ跳びはね、何とか地面に着地した。
その隙を逃すまいと、男が私に攻撃を仕掛ける。
「――ッ!」
男の攻撃は防壁で弾かれているというのに、攻撃の手を緩めない。
埒が明かないな、これでは。
ちょっと攻撃をするとしよう。
攻撃を避け、男に足掛をする。
少し体勢を崩したところに、空かさず回し蹴りを入れた。
……硬っ!
「――クックック」
「な――っ!」
蹴りがきいていない!?
鳩尾を狙ったつもりだったのに……!
すぐに足を掴まれ、私は近くに木に放り投げられた。
「ごふっ!」
い、いたた……。なんて力だ。
人間の力とは到底思えない。
というか、防壁って自然物防げないのか……。
「貴様の攻撃はきかない」
こうなったら仕方ない。
防御に徹しよう。
あとどのくらいで準備が整うんだ、ナズミ……!
「いくぞ!」
再び男が攻撃を仕掛けてきた。
私は掴まれないように攻撃を避け、男から距離をとった。
……カザネが加勢しないことが唯一の救いだ。
「――ユーノ!」
ナズミが名前を叫ぶ。
よし、準備ができたようだ。
「うん!」
ナズチとクラリスが地面に伏せる。
それに合わせて、私は地面に転がった。
「――! 主!」
男が何かに感づいたようで、何が起こるかよく分かっていないカザネに走り寄る。
「せりゃあっ!!」
ナズミが勢いをつけ、回転しながら腕を振る。
その瞬間、ナズミの鋭い体液が上を通り過ぎ、冷たい風が吹いた。
そして、ミシッ、ミシッ……と音をたて、木々が倒れていく。
それも結構な範囲で。
「――ア、アザマル!」
カザネの声が聞こえる。
そんな名前だったのか、あの男!
なんかより一層小物感が増した。
……どうやらあの男が真っ二つにされてしまったらしい。
血が出ていないということは――やはりアンデッドか。
それにしても、あの硬い皮膚を貫通して体を斬るなんて……。
相当危険な技が出来てしまった。
「主……わ、私のことなどお気になさらず……なすべきことを…………して……さい……」
「アザマル!!」
そうして、男は灰となって消えてしまった。
アザマルって凄いデジャヴがあると思ったけど、あざまる水産のことか。
「あ、あんたら――!」
カザネの目がひどく充血している。
「アザマルのさっきの話はよく分からなかったけど、私の大切なパートナーをよくも――!!」
困ったな。
とても不思議な事なのだが、申し訳ないという気持ちが1ナノメートルも湧いてこない。
「いやぁでも、今まで『カザネ』さんがやったこととは――比にならないでしょ?」
「――! な、なんで私の名前を……」
「うん。どっかで聞いた気がする」
酒場の受付さんが関わっていることは秘密にしておこう。
「とにかく、〝世界を掌握〟なんて夢物語を語って、冒険者を争わせたり殺したりする人を放ってはおけないんです」
「…………」
「よし、それじゃあナズチさ――」
「――許さない」
カザネが立ち上がる。
「……殺してやる。アンデッドにもならないくらいグチャグチャにしてやる!!」
突如カザネが怒り出す。
私の顔を鋭い目つきで睨んだかと思うと、カザネの片目が赤い輝きを放ち出した。
カラッ――カラッ――
アンデッドたちが集まってきたようだ。
統率能力もあるのか。
「ナズチさん、お願い」
分からせてあげよう。
夢物語だということ。カザネ自身が、この世界には不釣り合いだということを――
「はいっ!」
ナズチが、背負っていたバッグから天気変動装置を取り出す。
……ここらの木はナズミが全て切り倒した。
ねずみ色の雲がよく見える。
もう、カザネたちに助かる道はないだろう。
「押しますね!」
ナズチがポチッとボタンを押す。
すぐに球体が突然光り出し、眩いばかりの光が真上に――
雲が光を避け、曇り空の中に大きな円ができた。
この死霊の森に似つかわしくない、目が痛くなるほどの陽の光。
さすがに眩しいな。
「うああああああっ、ああぅあぁっ!!!」
……カザネが苦しみだした。
体の彼方此方から、黒い煙が出てきている。
あの光、本当に陽の光と同じなんだな。
『グオオォォォォ……』
集まってきたアンデッドが次々と灰になっていく。
ここまで効果があるとは……。
「はぁぁぁ……はぁっああぁ……あぁ……」
カザネの顔の皮膚がボロボロになっている。
皮膚が爛れている。
「な、なに……を……がはっ――!」
口から真っ黒な液体を吐き出すカザネ。
もはや人間ではない。
アンデッドそのものだ。
「簡単に言えば、天気を晴れにしただけ。ちょっと難しく言えば、浄化効果を利用した」
「……じょ、浄化? あの……光が……?」
「うん。陽と同じ成分あるっぽい」
「そ、そんなの……反則じゃ――」
「え、反則? 元々この世界にあったものを使っただけだから、反則と言われるとちょっと……。それよりも反則はカザネさん、あなたでしょ? 転生なんてして能力もらっちゃってさ」
「でも……私は、こんな……くだらない技能を……」
先ほどよりも苦しんでいる様子はない。
少し慣れてきたのか。
「うん。なら1ついいことを教えてあげる。この世界には死者を操るヒトなんて存在しない」
「…………」
「死者を蘇らせる人はいるかもしれないけどね」
「そ、それが……どう――」
「……カザネさんはこの世界と不釣り合いってこと。つまり、ハズレたんだよ。異世界ガチャに」
それに、アンデッドを操るといったって、もう少しマシな使い方あったでしょうに。
アンデッドを町から遠ざける仕事とか、弟子をとってアンデッドを稽古台にするとか……。
何で世界征服なんてバカみたいな思想に走ったのかな。
――ああ、もしやアザマル水産の仕業?
でも、否定しなかったんだもんな……。
一体何を期待していたのか。
「う、うぅ……」
カザネの目から、涙が。
「もう泣いたって遅い。転生前も転生後も悔いたって仕方がない」
私はカザネに静かに近寄った。
「ま、待って……」
「なに?」
「おねがい……何でも、するから……見逃して……」
「……嫌」
「そ……そんな!」
「人を殺しておいて、人の心を弄んでおいて何サマなのかな」
「……そ、それは――」
「せっかく平和な世界だっていうのに、その均衡を壊す人って正直――いらないよね」
私は右足を後ろに少し下げた。
「残酷だって思うかもしれない。でも、この世界で生きるって言うのはこういうことなんだよ。それに努力もしないでSS級なんて……、どこぞのイキリクソガキと一緒だよまったくもう」
「お、おねがい…………」
「……カザネさん。次はまともな判断ができるようになってね。それじゃ――」
カザネの顔に横から思い切り蹴り入れた。
カザネは顔から次第に崩れていき、最後に灰と服だけが残った。
「……案外、あっけなかったですね」
ナズチがカザネの服を手に取って黒い灰を掃う。
「これを持っていきましょう。それと、冒険者証明手帳も」
「……うん」
私は黒い灰を見つめながら頷いた。
……なんだかモヤモヤする。
言葉では少し表しにくい妙な罪悪感――
『本当に私は、正しい行いをしたんだよな?』なんて……。
……いや、もう終わったことだ。
気にする必要はないだろう。
言いたいことは大体言えたし。
――さて、気を取り直そう。
次は町酒場の名誉回復だ。
次話もよろしくお願いいたします!




