◇ホットミルク◇
「鑑定屋さーん、今朝きたものですが――」
……あれ?
玄関は開いていたんだけどな。
どこかへ行ったのか。
「おかしいですね……明かりが全くついていません」
「――まさか!」
私が想定している最悪の事態――誘拐。
「…………」
私たちは凍り付いた。
「ま、まさか……ですよね?」
首を傾けるクラリス。
「まさかと思いたい……。念のため、もう一度呼びかけてみよう。……ナズミー!」
すると、奥からドタドタと物音が聞こえた。
その物音が一瞬止まり、何かが奥から近付いてきた。
「ユーノ?」
「ナ、ナズミ……! ちょっと待って、何その服」
ナズミはなんと、メイド服を着ていた。
「着てほしいと言われまして」
「……誰に?」
「あの、〝ユリエル〟に……」
「……誰?」
「鑑定士の方です」
あのエルフが……?
てか、スライムの体液で溶けないメイド服って……。
ちょっと色々な犯罪臭がするぞ。
「――ああ、すまない」
ナズミのワンピースを持ったエルフが奥から出てきた。
「あの、ナズミに何をしたんですか」
「うん? いや、何も?」
嘘をつけその魔石式写真機はなんだ。
あと鼻血出てるぞ。
「……な、なんだその目は」
「いや、エルフってみんなそういう趣味あるのかなーと」
「私を軸としてエルフに偏見を持つのはよせ!」
空気を斬るように腕を横に振る。
「……ではこのナズミの格好はなんですか?」
「あっ……そうそう! その服あげるよ。今日はもう店を仕舞いにするから帰るといい。はいこれその子の服さぁ帰った帰った」
エルフが私たちを店から押し出す。
まだ質問に答えていないのに。
しらばっくれたな。
「さらばだ女の子たち。気を付けて帰るんだよ」
結局、何も訊き出せないまま終わってしまった。
鍵を閉める音がした。
昨日はこの時間もやっていただろう。
まだ昼過ぎだぞ。
「……ナズミ、何をされたの?」
「ええと……色々と服を着せられて、『ぱしゃぱしゃ』と何かをしていました」
コスプレをさせていたのは大体察せていたが、色々着せていた……とは。
預けてはいたが、コスプレさせていいとは言っていない。
あと写真をとっていいとも言ってない。
「どんなの着せられた?」
「背中部分や横が大幅にあいている露出の多い服や、動物の耳の被り物や何かの尻尾のようなものをつけられました。他にも色々ありましたが、詳しくは覚えていません」
カチューシャや尻尾はさておき、殺すニットだと……?
これは訊問の必要がありそうだ。
……今度行って確かめてやる。色々と。
「ま、まぁ……ナズミちゃんが戻ってきたことですし……ね?」
ナズチがナズミの頭を撫でる。
「今日のお昼は酒場で食べましょう。最近はクラリスさんに任せきりでしたから」
「うん……」
私たちは酒場へ行き、昼食にパンを食べた。
……食べていた時に気づいたが、雨が降っている。
風邪をひくと活動に響いてしまうし、ナズミも行きたくなさそうにしていたため、私たちは酒場に少し籠ることにした。
「雨が降るとこうも寒くなるものでしょうか」
身震いをするナズチ。
胸当に短いボトムだけだから余計寒いだろう。
それにここ、隙間風が凄いし。
「この大陸はずっと気温変わらないから仕方ないと思う」
実際、私たちの住んでいるこの大陸は、一年で気温の変化があまり見られない。
春のぼんやりとした空気がずっと続いているようなものだ。
それがあって、雨か晴れかという天候の状態に気温が左右されやすい。
他の大陸には四季――いや、五季くらいあるのだが……。
「あ、そういえばお金はどのくらい集まりました?」
「ええとですね――」
ナズチに訊かれ、クラリスが硬貨の入った袋を開ける。
そして、テーブルの上にじゃらじゃらと出した。
2、30枚はあるだろうか。
「これとナズチさんの家にある分も含めて、大体220枚くらいだった気がします」
「……結構ありますね」
4人で冒険するのであれば、まぁまぁな資金である。
このくらいあれば、少なくとも餓死の心配はない。
「来週から冒険に出てみよう。旅の計画や目的を立ててね」
「そうですね!」
クラリスが微笑む。
相当楽しみにしているようだ。
『――最高難易度の依頼書が入りました~!』
いつもの受付嬢が、胸を揺らしながら掲示板に依頼書を張る。
何の依頼書だろう。
『またアンデッド討伐か!』
『もう飽きたぞ』
『他の討伐依頼はないのかー!』
受付嬢を取り囲む冒険者たち。
「で、でも、今回の報酬は特別なんです。依頼者側から、なんとカルドナ硬貨〝1000枚〟もの報酬を約束されましたよ!」
1000!?
とんだ金持ちなのか、それともただのバカなのか。
『おぉーー!!』
酒場は一気に盛り上がる。
『俺やるぞー!』
『俺もやる!』
『俺だって!』
『私もやります!』
受付に押し寄せる人々。
こんなの絶対ウラがあるに決まっている。
私たちは惑わされな――あれ、クラリス……?
どこに――
……ってあれ!? なんか受付に並んでない!?
なんと、クラリスは依頼書を手に取り、列に並んでいたのだ。
「ちょっと待ったあああ!」
クラリスを止めに入る。
「ど、どうしたのです?」
「どうしたのじゃない! こっちに来て!」
クラリスを列から離脱させ、体を押してテーブルへ。
「そういうのって、絶対に何か裏があるから!」
「でも……とられてしまいますよ?」
「いいや、違う。まずは、その報酬の裏にある事象を突き止めるの!」
「……へ?」
「他の冒険者を躍らせる。恐らくこの依頼、簡単には達成できないモノだと思う。他の冒険者がどうなるかを見て、それから決めよう」
「な、なるほど。すみません、身勝手にやってしまって……」
下を向くクラリス。
……少し熱くなってしまった。
「ご、ごめんなさい。別にダメっていうことじゃなくて……そのあの……何と言うか――」
「いいえ、ユーノさんが謝る必要はありません。私が急ぎ過ぎてしまっただけですから……」
「…………」
この優しさが時に辛い。
その場は静まり返る。
「――あ、店員さん、ホットミルク4つください」
沈黙を断ち切るように、近くにいた店員に声を掛けて注文するナズチ。
なぜ4つ……?
「こういう時は、みんなで温かいものを飲んで落ち着きましょう、ね?」
ナズチ、空気を変えるために……。
……ほんと、助けられてばかりだな、私は。
それから程なくして、ホットミルクが4つ運ばれてきた。
雨は既に止んでいたが、私たちは雑談をしながら夜になるまで酒場にいた。
結局、夜ご飯も酒場で食べた。
――外がだいぶ暗かったため、今日は町の宿屋で泊まることに。
宿屋の部屋ではとりとめのない会話をした。
(――クラリスは私のことをどう思っているのだろうか)
(――私はこの3人に釣り合うような人間なのか?)
私は、そんなことを考えながら。
▽
――夜、なんだか急に寂しくなって、勝手にクラリスのベッドへ潜り込んだ。
始めは驚いていたものの、何かを思ったのか、クラリスは私を布団の中で抱えて頭を撫でてくれていた。
それも、ずっと。
私はクラリスに、自分が考えていたことを全て打ち明けた。
クラリスは親身になって聞いてくれた。
「……よしよし、大丈夫。ユーノさんと一緒にいる時が一番楽しいです。私、ユーノさんと出会えて本当によかったって思ってますから。きっと、皆さんもそう思っていますよ」
ますます強く抱きかかえられた。
――なぜ、こうもあたたかく包み込んでくれるのだろうか。
嬉しい。けれど、無性に涙が止まらない。
「これからもずっと一緒――ですよね? 私、ユーノさんのこと大好きですから、絶対に離しませんよ。だから――そんな辛そうな涙、流さないで……」
クラリスが私の涙を手で少し拭き取る。
「……うん。ありがとう、クラリス。……私も大好きだよ」
私は静かにそう言って、クラリスの胸元に顔を押しあてた。
今夜はクラリスの傍にいたい――なんでか、そう思って。
次話もよろしくお願いいたします!




