◇スライムの名前◇
(ちょっと長め)
小屋の机上に置かれて小一時間。
わっち、このお二方にずっと見つめられております。
この状態では会話ができません。
やはり、姿を寄せるべきでしょうか。
人間に好まれやすい姿――
ああ、そうです。
大きな人間が、裸体の少女を森に置いていくこと、何度もありました。
おそらく、少女が人間に好まれやすい姿なのでしょう。
オヂサンは――ダメですね。楽ではありますが……。
以前、複数の方に無残な姿にされていました。
嫌われてしまいます。
私も……同じようにされてしまいます。
よいしょ……はっ、てぇっ、ふぉっ――
おかしいですね……。
なかなかうまく変態できません。
あの岩場にいた時は、容易に変態できたというのに。
なぜでしょう、体が重くて――でも、柔らかくて、水っぽくて……。
このまま弾けてしまいそうな――
――っ!?
弾けました、盛大に。
部屋中に、私の粘液が飛び散ってしまいました。
うっ……く、苦しいです。
どうにか整えないと……。
深呼吸、深呼吸、ゆっくり、深く――
――呼吸?
わっち、呼吸なんて必要でしたか。
腕、脚、胴体……。
どうやら、形を変えることは成功したようです。
色が緑から青に変化していますが。
おや……この方。
ママのような肌触りの方――でしたか。
ああ、わっち、この方に体液を……。
申し訳ないです。
謝りましょう、声には出せませんが、口をパクパクさせて。
(ごめんなさ――)
「あー、う」
……っ!?
な、なんでしょうか今の声は。
この方……? いえ、この方は口を動かしては――
まさかわっちが――
そんな、今まではできなかったのに。
一体どうして……?
そ、それなら、声に出して言いましょう。
ごー、ごー、ごー……
へっ?
こ、声が出ません!
先ほどの感覚に――なぜでしょうか。
――ちょっと君、この人をそこまで運ぶの手伝ってくれない?
ママのような方が、肩を動かして私にそう言いました。
この人――? あぁ、緑の。
気を失っているようですね、目を回しております。
ごつごつに触るのは嫌ですが……、この方のお願いとあらば、喜んでお引き受けいたしましょう。
粘液をかけてしまったこともありますから。
こういう時は……〝笑顔〟で頭部を下にやり、一度往復させるのが正しい仕草でしょうか。
私は〝うん〟と頭を動かしました。
それから、私は緑の方を必死に押しました。
体の扱いには慣れませんが――これで慣れるしかないようです。
力を使う感覚……どうにも、不思議なものであります。
押す間、声の出し方を静かに模索することにしましょう。
(あー、うー)
少しずつ、少しずつです。
(た、か、あ、う)
出てきました。
小さくはありますが、大きな前進です。
(あ、り、が、と……はふっ)
噛んでしまいました。
でも、言葉になってきました。
自分の思う通りに、口が動いてきております。
(み、ど、り……ああ、う。さよなら、とりっく)
慣れてきました。
(そうげん、ちか、あんらく、ていこく、まま。ありがとう、だいすき)
もう、大丈夫そうです。
思い通りの言葉が出るようになりました。
緑の方を運び終え、わっちはあることに気づきました。
布が、溶けているではないですか。
わっちの粘液が滴り、布を溶かしてしまいました。
謝らないと……。
わっちは、その火傷を負った方へ謝罪しました。
……ありゃ?
わっち、布しか溶かせませんでしたか。
……わっち、スライムではなくなってしまったのですか。
――――メルトスライム?
あぁ、それが……わっちに与えられた〝次の名称〟なのですね。
「――自己紹介が遅れました。わっち、メルトスライムです」
響きが違います。
スライムはスライムでも、種類が違うのですね。
新鮮です。
――私、ユーノって言うんだ。えー……、よろしくね。
この方は――ユーノ?
人間の方は、個別に名前があると聞きましたが……。
ユーノ、ユーノ――とても、可愛らしい名称でございます。
名前――憧れます。
わっちも……いつかほしいものです。
わっちは、『よろしくお願いいたします』と返答しました。
しかし、実際に話すと恥ずかしいです。
まさか本当に受け入れられるとは思っていなくて。
うぅ……、粘液を拾って、気でも紛らわすとしましょう。
――あぁ、そうです。
腕無き少女――ユーノには、そこの緑の方に伝えてほしいことがありました。
私が直接言うというのも、なんだか気恥ずかしくて。
それに、嫌です。
複雑な感情が混在しております。
どうしても恨みが晴れません。
それなので、ユーノに伝えてもらおうと思います。
――その趣旨を伝えると、ユーノは頭を抱えてしまいました。
どうやら悩んでいるようです。
……おそらく。
――そ、それよりも、何で君は女の子の姿を――?
……ユーノが問いかけてきました。
――少女の姿をしていることについて。
わっちが先に思った通りのこと、そして今起きたことを繋げてお答えしましょう。
うぅ、やはり恥ずかしいです。
こうも目をまじまじと見つめられると……。
――そういえば君、細胞分裂ってできるかな。
真剣な眼差しで、粘液を拾うわっちを見つめるユーノ。
細胞分裂――私が昔、ママの真似をしてやっていたことです。
ぷちっと別れることができるのですが……。
わっちは、ユーノに目的を訊きました。
……ユーノの話、どうやら復讐が目的のようです。
ご飯目的以外であれば、大丈夫。
――分裂の準備をしました……が。
わっちの体はそれを拒否しているようで――
また爆発してしまいそうな気がして……。
そうです。
体内からそのまま出せば、問題ありません。
ユーノに器を借り、その中に出しましょう。
お鍋をとってもらい、それを器として、わっちは顔を寄せました。
――息を、はいて、少しずつはいて……。
うっ、きました……!
「お、おええええぇぇぇ、うええええぇぇぇぇ」
『ふぁっ!?』
変なポーズで驚くユーノ。
無理もありません。
普通のスライムは、こんなことしませんから。
わっち、メルトスライムですから。
ふぅ、なんだかスッキリしました。
変な声が出てしまいましたが、分裂は成功の様です。
わっちと同じ、水色のスライムが出てきました。
まだ溶けていますが、そのうちくっつくはずです。
わっちは、その要旨を伝えました。
……これから、どうしましょう。
困りました。
もし……、わっちはこのまま捨てられてしまうのでしょうか。
い、いやです。
また平凡な日常に戻ることなんて――
適当に理由をつけて、ここに留めてもらいます。
――わっちは、ここに残りたいという趣旨を伝えました。
しかし、どうもユーノは悩んでいる様子。
そんな……わっち、嫌です。
「――その緑の人がこの家の持ち主だから、私に決めることはできないんだ」
は、はぁ。
「無理」と言われるかと――
そ、そうです!
それならば、ユーノに飼ってもらいましょう。
そうすれば緑の方の許可など不要。
私の願いは叶います。
――何もできないのが主でいいの?
ユーノが少し、哀しげな顔で言いました。
この際、そのようなことは気にしません。
ユーノは悪いようには見えませんし……
もう、あの憂鬱な日常に――留まっていたくはないのです。
わっちは肯きました。
▽
それから緑の方が目を覚まし、ユーノが私の言ったことを伝えました。
そうして時が流れ、緑の方が、唐突にこんなことを言ったのです。
――その子の名前は?
と。
名前は――と訊かれれば、わっちはメルトスライムと答えます。
が……、ユーノが何やら考えているようです。
――よし、今日から君の名前はナズミ!
わっちに人差し指を向けるユーノ。
……嬉しい、です。
「いやです。私の名前はメルトスライムですから」
……なんて、自分の意志とは別のことを反射的に言ってしまいました。
なんだか、目がうるうるして――変な気分です。
それに胸のあたりが苦しくて……。
あぁ、ダメです。
こんな顔、ユーノに見せられません。
わっちはユーノに背を向けました。
ママにもつけてもらえなかった〝自分の名前〟。
ずっと、【スライム】として生きていくものだと思っていました。
今――わっちは、ママのような方に名前をつけてもらったのです。
あぁ、感無量でございます。
次話もよろしくお願いいたします!(誤字があればご報告いただけると嬉しいです!)




