◇私たちの1日◇
長めです。
皆が、静かに眠るクラリスの傍へ集まってきた。
「……クラリスが目を覚ましません。呼吸をしている感じも――ありません」
私が俯くと、その場は凍り付いた。
「そ、そんな……クラリス姉さんが……!?」
ホブゴブリンたちが騒めく。
あと泣く。
「クラリスさんが……なんで……?」
顔を隠して鼻を啜るナズチ。
「……すみません。クラリスの代わりに、わっちが話します」
ナズミが私たちの前に出てきた。
そして静かに語り出す。
「クラリスは、元々重い病にかかっていました」
初耳だ。
一体、ナズミはどこでそれを……。
「わっち、クラリスとお話したのです。今までのこと、クラリス自身のこと、そして病気のこと――他にも色々なお話をしました。殆ど、一方的な話でしたが……」
「話したって……いつ、どこで?」
「ユーノが出て行ったあとすぐに、クラリスの心の中で対話しました」
とても幻想的な話だ。
心の中で対話するなんて。
「……クラリスは、病であることを隠していました。それでも――多少苦しかろうが、痛かろうが、我慢をして今までできなかったことを全部やりたい――そう言っていたのです」
我慢――か。
クラリスが重い病気にかかっていたこと自体、かなりの衝撃なんだが……。
なら、よく今まで頑張っていた。
私たちといた時の体の負担は、カミジたちといた時よりも大きかったんじゃないだろうか。
ご飯を作ってもらう、なんて言っていたさっきまでの自分が憎い。
「でも……、わっちがクラリスを飲み込む前、クラリスが言ったのです。『もう長くない』と――」
「そんな……」
「わっちも驚きました。もし、負担をかけているというなら――と、抜け出そうとしましたが、クラリスに止められました。『私よりも、あなたに任せたい。私が行けば、私的な感情が入ってしまうかもしれないし、それに――長くは持たないかもしれないから』と。そうして、わっちはクラリスの体を乗っ取り、先の戦場へ向かったのです」
私たちはただただ聞いていた。
何もすることができなかった、自分への憎しみ。
気づくことのできなかった、自分の愚かさ。
何より、負担をかけさせてしまった、自分への怒り――
それらが大きく、そして重く、私たちの体にのしかかった。
耐えられないくらいの後悔の念が、荒れ狂う海の渦のように、ゴーゴー、ゴーゴーと渦巻いていた。
「最後に、言っていました。『全てが終わったら、私を土の中に埋めてほしい。私のことは気にせず、これからもみんなで楽しく生きて。――ありがとう』と」
息が苦しくなる。
なんで……仲間を失ったっていうのに、楽しく生きられるものかと――
自然と涙があふれた。
――ホブゴブリンやナズチが、スコップをもって穴を掘った。
人が1人入るような小さな穴であったが。
ナズチがクラリスを優しく抱える。
「うぅ、クラリスさん……」
ボロボロと涙を流しながら、穴の中にクラリスを入れるナズチ。
ああ、わかる、わかる。
私も悔しくて涙が出る、出てる。
「……まずは、体を少し埋めましょう」
ナズミがそう言った。
ホブゴブリンたちが落涙しながら土を穴の中に放り込む。
私も土を入れて弔いたいが……足で入れるわけにもいかない。
人の死とは、ここまで受け入れがたいものなのか。
クラリスの顔以外の部分が見えなくなるまで土を入れ終わった。
心なしか、クラリスの顔が微笑んでいるように見える。
絶対に地の底に落とす――なんて言ったが、本当になってしまうなんて思わなかったんだ。
なぜ私はバカみたいなフラグをたててしまったのだろう。
あの時の自分が悔やまれる。
「……皆さま、黙祷しましょう」
手を合わせ、目を瞑るナズミ。
私たちは目を閉じ、頭を少し下げた。
…………。
「(……ふふ)」
……微かに、綺麗な笑声が聞こえた。
クラリスの声だ。
「(ふ、ふふふ)」
その、幸せそうな美声は……僅かに――僅かにではあるが、次第に大きく…………。
――――大きく?
おかしくない?
私は目を開けた。
「ふふ、ふふふ」
い、いや、幻聴ではない。
穴から声が聞こえる。
確かに、穴から声が聞こえるのだ。
恐る恐る穴を覗き、クラリスの顔を確認。
なんと――クラリスは笑っていた。
「「「――え!?」」」
私を含め一同は驚いた。
「ふふ、作戦通り。土葬――やってみたかったことリストの1つです」
な、なぜ普通に話しているんだ!?
なんで普通に起き上がっているんだ!?
というか作戦って……?
ちょ、ちょまま、ちょままま……理解が追いつかないぞ。
「ナズミちゃん、ありがとうね」
「……ええ、クラリスの夢が叶って何よりです」
ナ、ナズミ!?
「ナズミ――どういうことなの!?」
ナズミとクラリスは互いの顔を見合わせ、笑っていた。
「ふふ、秘密です。ね、ナズミちゃん」
「ええ、秘密です」
秘密……?
うーん……ま、まぁ、とりあえず――
「クラリス……おかえり」
説教は後にしよう。
今は、クラリスが生きていたということを喜びたい。
私は起き上がったクラリスへと飛び込んだ。
「わっ――ユーノさん? 服汚れちゃいますよ?」
そう言い、私の体を優しく包む。
「うわあああああ」
ダメ。
もう感情が爆発してしまいそうだ。
らしくもなく泣いている。
笑われてもいいから、ただ泣きたい。
「本当に死んだって思ったんだからさ……」
「ふふ、ならよかったです。全て、冗談ですよ」
「バカっ、バカっ……クラリスのバカあああっ!」
威厳なんてどうでもよかった。
ただ、嬉しかった――
それから私たちは、クラリスを連れてナズチの家に戻った。
私は家に帰ってからもずっと、涙が枯れるまでクラリスに泣きついていた。
……泣きながら、説教をした。
自分でも、何を言っているか分からなかったが。
夜、私たちは抱き合いながら寝た。
ナズチはクラリスに、クラリスは私に、すぐ傍にはナズミの入った壺を置き……。
本当に、よかった。
――朝。
ホブゴブリンたちが、新たな居場所を見つけるためにここを出ていくと言う。
私は引き留めたが、自分たちの生きる道は自分たちの力で切り開きたいとのこと。
無理に引き留めるのはやめようと考え、ホブゴブリンたちを見送った。
家には、クラリス、私、ナズチ、ナズミの4人が残った。
ナズミは1匹と数えるべきだろうか。
「静かになりましたね……」
そう呟くナズチ。
「仕方ないです。種族によって生き方は違いますから」
私はそう答える。
「何をしましょうか。なんだか、色々と大きなことがありすぎて、普通の生活じゃ寂しくなっちゃいますね」
そうは言うが、クラリスの表情は柔らかい笑顔だ。
確かに、数日間だというのに、大きなことがあった。
仲間が増え、騒いで――みんなで大きな目的を達成して。
充実しすぎた数日間だったのかもしれない。
いや、確実に充実していたのだ。
「……今度、旅をしませんか?」
ナズミの提案に、私を含めた3名が反応する。
「それは――いい考えですね、ナズミちゃん」
ナズチがナズミを撫でる。
ナズミは、えへへと笑った。
「楽しそうです。でも、まずはそのための資金を集めないと……ろくにお金を持たないで行ったって、野垂れ死んでしまいます」
「――なら、酒場の依頼を達成してお金を貯めましょう。私、冒険者の資格を持っているので」
クラリスにそう答えた。
「それと――私からお願いがあります。便乗するようで悪いんですけど……」
私の顔を真剣に見つめるクラリス、ナズチ、ナズミ。
「もし、カミジのような超越した力を持つ者が現れたら……その時は手を貸してください。今更照れくさいですけど……私、ああいうの成敗したいんです」
私以外の2人と1匹は顔を合わせる。
そして、うん、と頷いた。
「「「もちろん――!」」」
そう、声を合わせて言った。
「ありがとう……」
涙はもう出ない。
枯れてしまったから。
「さて、ではまず、今日という1日を始めましょうか!」
スッと立ち上がるナズチ。
「ええ、今日も楽しく過ごしましょう!」
おーっ、と拳を握って手を掲げるクラリス。
「ええ! そうですね!」
と、不自然にも壺から体を伸ばすナズミ。
「うん!」
私も、その勢いに乗って立ち上がった。
――ぐううぅぅ。
私のお腹が鳴り、ビシッと決まったはずの場の雰囲気を緩くする。
なんでこんな時に……。
「……ふふ、まずは朝ご飯からですね」
クラリスが優しく微笑む。
そうして、私たちの1日は笑顔で始まったのだった――
●
その頃、死霊の森にて――
カラッ――カラッ――カラッ――
歩く鎧、死体、霊魂……。
アンデッドの群れが、大量に外へ溢れ出ていた。
「はぁ、アンデッドを生成するだけじゃなぁ……。せっかく転生したのに」
切り株に座っている、赤い髪の女性がそう言った。
女性は頬杖をつく。
『いいえ……、主は素晴らしい能力の持ち主です。この世界に名を轟かせてやりましょう』
と、ローブを着た何かが女性にそう言う。
「そうかな? これすごい?」
『左様でございます』
「そっか……はぁ」
女性はため息を吐く。
「なら――いっちょやってやりますか」
女性は、片目を赤く煌めかせ、右の口角を上げてそう言った。
それに続くかのように、アンデッドたちが低い声で歓喜の声を上げる。
……その声は森中に、不気味に――薄気味悪く響いていた。
さて、これにて1章は終いです。(長い本文に見合った内容になっていたかな?)
あそうそう、ちょっと外伝が入りますが、2章は来週から更新していきます!
次話(次章)もよろしくお願いいたします!




