◇弔い合戦◇
ざまぁ!
「さて、始めようじゃないか、カミジ。――弔い合戦だ」
息を吐いて頬を膨らませるカミジ。
正面を向き、「うおおぉぉぉ!」と弱そうな雄叫びをあげて襲い掛かってきた。
ただのパンチ。
勢いがない。
こんなヘロヘロな攻撃、当たっても痛くないだろうが――
私はカミジの攻撃を避け、勢いで転びそうになったところに足を引っかける。
カミジが転ぶ。
よし。もう少しハードなのいってみるか。
これはただの虐めではないからな。
「く、くっそおおぉぉ!」
立ち上がり、どうにでもなれという素振りで私に立ち向かってきた。
ワンツー、態勢を崩してまで殴ろうとするその姿勢。
悪くはないが――まだまだ。
「せいっ!」
体勢を崩したところに再び足をかけ、正面に倒れるカミジの腹に、下から膝蹴りを入れて上空へ。
無抵抗で落ちてきたところを、空かさず回し蹴り。
カミジは跳んだ。
車に撥ねられたように、遠くへ。
「うぐっ、ぐああぁぁ……」
腹を抱えて呻くカミジ。
相当効いたらしい。
「おいカミジ。私はな、赤ん坊からこの世界でやり直したんだ」
呻吟するカミジは、息がとても薄くなっていた。
手加減したつもりだから、死ぬことはないだろうけど。
「実はな……お前と死んだ方法は違うが、私も学生の頃、よく虐められていた」
「――!」
「同級生から私の描く絵をバカにされて、それがもう悔しくて、悔しくて……大人になって、漫画家になったんだ。念願の夢が叶った、売れっ子になって見返してやる――そう思っていたが、現実はそう甘くなかった。賞に応募しても入選すらしない、所謂底辺の漫画家だった」
「うぅぅぅ……」
カミジの目から一粒の滴が――
……自分のことでも思い出しているのか。
「どれだけ頑張ろうが評価されず、誰からも目を向けられず……まぁ、孤独とはこんな苦痛なものかと思っていた。それから死んだんだ。それもあっけなく。死んだときのことは覚えていないが、眠りにつくように息絶えた気がする」
「…………」
「そうしてこの世界に転生した私は、何の超能力もなく、何の武器も与えられず……。ただ只管に冒険家としての基を築き上げてきた」
「う、ううぅぅぅ……」
再び唸り声を上げるカミジ。
話を続けよう。
「今の私は、普通の冒険家だ。私は転生して変わった。最高でなくていい、普通でいい。そうやって、ただ努力の積み重ねをしてきた結果がこれだ」
「…………」
カミジは無言になった。
「……カミジ。手前、ろくな努力もせずに生きてきたんだろ? やると決めたことを、明日やる、明後日やる……来月、来年、次、次、次――そうやって、引き延ばして生きてきたんだろう?」
「……う、うわああああああ!!」
唐突にカミジが泣き叫ぶ。
「トイレトペーパーみたいに、切らなければ延々と続く紙のように、ただ延長線上をゆっくりと歩くだけで、新たな道を切り開かずに生きていて……楽しかったか?」
「ああああ…………。俺は……俺は……!」
やっと人生を悔いたか。
実力云々ではない。
悟ったか――精神の弱さ故の敗北であると。
それにしても、私の話にここまで耳を傾けるなんて……。
『漫画家であった』、『赤ん坊からやり直した』、『冒険者としての基を築き上げた』という3点以外、ただのつくり話なのに。
私はカミジに歩み寄った。
涙を流し、鼻を啜るカミジを蹴り、仰向けにして顔を踏む。
そして、最後に一言――
「カミジくんさぁ――……努力、しなよ」
私はカミジを下から蹴り上げた。
――――完封。
その一言に尽きる。
私は復讐を果たしたのだ。
精神的にも、肉体的にも。
大事なものを破壊して、大事なものを奪った。
唯一無二のものを2つも奪われた私とは被害が段違いだが、それでも大きな深手を負わせただろう。
――私たちの勝利だ。
ちょっと良いトコ取りをした気分。
一度深呼吸をして振り返る。
「ま、待って……くれ……」
後ろからカミジの声が。
「なに? 今更」
「クラリスは……」
ああ、そんなこと。
もう結論は出ているだろう。
「さっき本人が言っただろ。私たちと一緒にいるって」
「…………」
「あーそうだカミジくん。君ってクラリスちゃんの手料理食べたことある?」
「……い、いや」
「そうかそうか~! 実は私、2回も食べさせてもらったんだ。いやぁ、美味しかったなぁ。クラリスちゃんの手料理は。ありゃあどっかの国の王宮で職人として働けるレベルの実力だよ。今日も帰ってから食べさせてもーらおっと! はっはっはー!」
嫌味たらしく、腰に手をあて大声でケラケラ笑った。
「何が……言いたいんだ……?」
「――え? ただの自慢だけど」
「……っ!」
もっと壊してやった。
ざまぁみやがれ。
私は再び立ち去ろうとカミジに背を向ける。
「……おい、最後に……いいか」
「ああ、うん」
「お前の名前は……?」
名前はなんだと聞かれれば、答えてあげるが世の情け――ってヤツだろう。
「私は無能力な転生者。実名はプライバシーなことなので言えないが――ユーノだ」
と言って少し振り返る。
キマった!
それからすぐに、私は他の皆を引き連れてその場を後にしたのであった。
ナズチは心なしかスッキリしている様子だった。
次で1章の最終話になります!(ちょっと長いかも)
次話もよろしくお願いいたします!(誤字があれば、ご報告いただけると嬉しいです!)




