◇決戦①◇
朝、ホブゴブリンたちがとある情報を持ってきた。
『最高難易度の依頼ができていた』
とのこと。
早朝、酒場に誰もいないことを確認して、掲示板を見てきたらしい。
大きく張り出されていたそうだ。
これで、決戦の前準備は整った。
次は――決戦の準備だ。
▽
一昨日と同じように、私たちはテーブルを取り囲む。
「はい! ユーノさん!」
「え? な、なに?」
クラリスが手を真っ直ぐに上げた。
どうにも絡みづらい。
「私、良い情報を持っています!」
なぜこんなに楽しそうなのか。
かなり重要な会議のはずなんだが。
心なしか、ホブゴブリンたちの表情が柔らかく見える。
「うん、言ってみて」
「はい! まず、カミジくんは魔法が使えません! メルルちゃんは範囲魔法が強力ですけど、範囲魔法しか使えません! 確か、以前にゴブリンの村を壊滅させていました」
とびっきり大きな情報を持ってきた。
「その女か……我らの故郷を潰した奴は!」
と、骨の被りものをしたホブゴブリンが拳をぎゅっと握りしめる。
「……私からお詫び申し上げます。しきれないかもしれませんが」
クラリスが頭を下げた。
「いや、クラリス姉さんは悪くねぇ、そいつがやったんだから。な、お前ら」
「「「……そう、兄貴の言う通り!」」」
リーダーはともかく、他の奴らは何も考えていないだろ。
しかし、クラリスの情報が確かならば、私の考えていた策戦の一部が使える。
――物理攻撃はスライムで防ぐ。
ただ防ぐだけではない。
メルトスライムに全身を覆わせ、物理攻撃そのものに耐性を付けるのだ。
その役を、ゴブリンたちに担ってもらう。
私は、その趣旨をホブゴブリンたちに説明した。
「スライムを全身に!? バカなことを言うな! 装備が溶けてしまうだろう!」
「大丈夫。メルトスライムは肌以外の柔らかい繊維のみを溶かす魔物ですから」
「そ、そうか。ならいいのだが……」
割とオッケーなんだな。
「スライムを全身につけるなど、愚策だ!」とでも言われるかと考えていた。
そうでもなかったな。
てかお前ら、昨日ナズミのこと抱えていただろ。
「ナズミ、スライムの調子は?」
「12匹いますよ」
そう言って、修復された壺をひっくり返す。
ボタボタと、スライムの塊が床に落ちた。
ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ――あぁ、確かに12匹いる。
ナズミに懐いているようだ。
口から出したとはいえ、親は親……ということか。
「ナズミには、スライムに指示をして皆を覆ってもらうように言ってほしい。ああでも、私にはやらなくていい」
「……? はい、承知しました」
私には私なりのやり方がある。
指揮者として見るだけというわけにはいかない。
最後は私の力でカミジにケリをつけてやるんだ。
「ユーノさん、私はどうすればいいですか?」
頬に手をやり、首を右に傾けるクラリス。
「そうだな……。なら2つ、頼みたいことがある」
「はい、なんなりと!」
「――まず1つ、ナズミに身体を貸してほしい」
「へ?」
驚くのも無理はないだろう。
スライムに身体を貸すなんて、普通は聞かないものだから。
「身体を……ですか?」
「ああ。メルトスライムの粘液には、人を洗脳する作用があるんだ。それを取り込んでもらって、ナズミに洗脳されてほしい。体には影響はないはずだから心配はない」
「…………そ、そうですよね。私じゃあ信用できませんからね。分かりました、お貸しします」
クラリスは少し残念そうにしていた。
……クラリスの言ったこと、正直、それが一番の理由だ。
元々は、ポニーテール女のメルルにする予定だった。
そこだけ計画が狂ってしまった。
でも、案外すんなりと承諾してくれたな。
悪気はあまりないが、強い罪悪感が拭えない。
「うん……じゃあ2つ目。私に、スライム専用の回復魔法を教えてくれないか」
「ええ、お安い御用です」
クラリスは優しく微笑んだ。
ただの良心なのか……?
私が疑い過ぎているだけなのだろうか?
頭がおかしくなりそうだ。
「……続きを言う。ホブゴブリンたちには、カミジやメルルの武器を取り上げてもらおうと思う」
「ああ、了解した」
「取り上げた武器はナズチに壊してもらいたい」
「え、私ですか? わ、分かりました。力の限りを尽くしますね」
さて、これで計画はできた。
――カミジはすぐにくるだろう。きっと。
怪我が癒えてなくとも、必ずくるはずだ。
「ホブゴブリンたちは、スライムを1体ずつ持って草原へ。ナズチさんもスライムを持って向かってください。私たちもすぐに向かいます」
「はい!」
ホブゴブリンとナズチは、メルトスライムを1体ずつ抱えて外に出た。
ナズミ、クラリス、私、そして数匹のスライムが残った家の中は、とても静かになった。
「クラリス。回復魔法を教えてほしい」
「……はい」
クラリスにスライムの回復魔法【ミューカスヒール】を教授してもらい、すぐに使えるようになった。
クラリスの教え方が上手で、すぐに頭に入った。
「これで、使えるようになります」
「ああ、礼を言うよ。ありがとう」
そしてまた、部屋の中は沈黙に包まれる。
「……ではどうぞ、ナズミさん」
クラリスが服を全て脱ぎ、その場に正座した。
「ユーノ、本当にいいのですか?」
ナズミが、私の顔を見てそう訊く。
「……うん、いい」
ナズミは、ゆっくりとクラリスの体を包み込む。
そして、少しずつクラリスの体に吸収されていった。
いや、ナズミが体の内部に入ったというべきか。
――そして数分が立ち、ナズミの粘液が全て、クラリスの体に流れ込んだ。
成功したのか、それとも失敗したのか……。
クラリス――もとい、ナズミは目を開けない。
「ナズミ……?」
全く反応がない。
メルトスライムの洗脳は、体に害はないはずだ。
だから大丈夫……。そう思っている。
だが、ナズミは一向に目を覚まさない。
私は体を脚で揺さぶった。
起きない。
運んでいこうにも、運べないし……。
ゴブリンを1体だけでも残しておくべきだったか。
――――ドゴオオォォォ!
すると、家が揺れるほどの爆音がした。
この爆音……まさか――!
ナズミには申し訳ないが、先に行かせてもらおう。
……きっと、すぐ来ることを信じて。
それから私は、ナズミを置いて家を飛び出した。
次話もよろしくお願いいたします!(誤字があれば、ご報告いただけると嬉しいです!)




