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◇悪いことがしたい◇

「ふん、ふん、ふん」


 楽しそうに家の掃除をするクラリス。

 朝ご飯はパンケーキだった。

 私の現実逃避が現実になったのだ。


「今日はいいお天気ですね!」

「え、うん。そうだな」


 私の策戦タクティクスが……。

 策戦という名のガラスにヒビが入った。


「…………」


 き、気まずい。

 私かて人間だ。

 よくよく考えれば、こういうことしたことないし……。

 人をさらう魔物の気持ち――そもそも人さらいの気持ちが分からない。


 今日に限って、ナズチはいないしホブゴブリンたちもいないし。

 ナズミはいるが、まだ目を覚まさしていない。

 こんなに苦痛なことがあるだろうか、精神的に。


 ――ホブゴブリンの話によると、カミジを歩けなくなるまで追い詰めたらしい。

 だが、ナズミの危機を察知したホブゴブリンの1体が、気を失っていたクラリスとナズミを連れて逃げてきたとか。

 賢明な判断だった、私はそう思っている。

 ナズミが死んでいたら、計画は0からの開始スタートとなっていた。


 指示をするだけで何もできなかった自分が、とても恥ずかしい。

 ……悔しい。


「ユーノさん、大丈夫ですか? ……涙が――出ていますよ?」


 クラリスは、ポケットから花柄の布を取り出して私の涙を拭った。

 尻拭いでなく、涙拭いか。

 ははは……笑えないな。

 敵に涙を拭かれるなんて。


 カミジに負わせた傷のこともあって、時間的には猶予があるだろう。

 ……策戦タクティクスにはヒビが入ったが、一応目的は達成した。

 カミジは、クラリスを使っておびき寄せよう。

 これからの策戦タクティクスは、まだ崩れていないのだから。


「――カミジくん、最近様子が変なのです」

「……? どうしたんだ、いきなり」


 クラリスが私の隣に座った。


「最近、他の人に絡まれた時に舌打ちをしていました。前なんて、部屋で1人、大声で嘆いていました。『なんで俺は転生してしまったんだ』と」

「……そうか」

「私には言葉の意味が分かりませんでした。けれど……もし、ユーノさんたちの目的にないとしても、カミジくんを救っては頂けませんか。彼、きっと苦しんでいると思うのです。今も、きっと」


 私に言われても。


「でも――」

「さて、今日は何をしましょうか。……あっ、悪いことしましょう? 冒険者を襲っちゃうとか!」


 なんだ、この女は。

 私に伝えたいことが分からない。


「えぇ、いや、今日は――」

「行きましょう! ナズミちゃんには完璧に治癒を施しました。今日のお昼には目を覚ますと思います。書置きを残して、行きましょう!」


 と、壁に掛けてあった大きいパーカーを着て、フードを被った。


「私、今人質ですから、少しくらい隠さないと……ですよね!」

「ああ、うん」


 クラリスは、フードの陰から笑顔を見せる。

 人質に振り回される誘拐犯って、どうなんだろうか。

 それにしても、なぜここまで……?

 貴族の子だったら、もっと可憐で美しく、そして威厳があって――

 なのに、クラリスは全然違う。

 何かを捨てたような……そんな姿だ。


 それから私たちは、ナズミに書置きを残して外に出た。





 ――森の中で、冒険者が来たら隠れる。

 そして、ガサッと草を揺らし、神経をそこに集中させ、別の場所から飛び出て脅かす……。

 それを幾度も幾度も繰り返した。

 クラリスは、冒険者が逃げる度に涙が出るほど笑っていた。


 ――今を一番楽しんでいる。


 その笑顔に、偽りは見えなかった。

 途中、布団を買ってきたナズチと合流した。

 次の計画――最高難易度の依頼を冒険者に作らせるためナズチに暴れてもらうこと。


 そのつもりであったが、草原に出てからというもの、


「が、がおー!」

「きゃー! やめてっ! こないでーっ!」


 といったように、『ナズチが襲うフリをしてクラリスが逃げる』……そういうことを、冒険者が来るたびにやっていた。

 こんな、大根役者がするようなド茶番なんて――と思っていたが、案外、殆どの冒険者が逃げて行った。


 私は、茂みに隠れてその光景を見ていた。

 明らかに怖くはないだろうに、冒険者たちは震えて逃げていくのだ。

 たまに、ナズチが木を振り回していたからだろうか。

 パーティですら逃げていくのである。


 冒険者が逃げていく度、ナズチとクラリスは顔を見合わせて笑っていた。

 本当に、楽しんでいるようだった。




 そのまま、夕方になって私たちは帰宅した。

 これで、最高難易度の依頼が作られる――ことを願うことが出来るだろう。


 ナズミが目を覚ましていたようで、家に入るなり『おかえりなさいませ』と言ってきた。

 私はナズミにすり寄って、「ごめんね、ごめんね」と言い続けた。

 そんな私を、ナズミは優しく柔らかい手で包みこんでくれた。


 ――ユーノのせいじゃありませんよ。


 と言って。





 ――夜。

 ホブゴブリンたちが、薬草や食料を大量に積んで持ってきた。

 知り合いの家に行って、色々貰ってきたんだとか。


 その食材を見て、クラリスは目をキラキラとさせていた。

 ナズチも同じようにしていた。


「ぐるるる~」


 お腹が鳴った。

 すると、皆は一斉に笑い出した。

 とても恥ずかしかったが、私も一緒に笑ってしまった。


「さぁ、ご飯を作りましょう! お昼も食べていませんし……今日は沢山作ります!」


 そう言って、クラリスが袖をまくって意気込み、ナズチと目を合わせた。

 ナズチも乗り気だったようで、2人でご飯を作り始めた。



 そうして、夜ご飯を食べ終えた私たちは、今日の話で盛り上がり、1日を終えたのであった。







 ――カミジ一行。


 カミジはメルルに膝枕をされ、宿屋の一室で休んでいた。


「俺の実力不足のせいで……クラリスが――」

「……カミジさんは悪くない。私がついてるから、ね? 居場所が分かったら取り戻しに行こう?」

「…………」

「今は、この傷を癒さないと……」

「ああ、そうだな」


 メルルが、カミジの頭を撫でる。

 そして、窓から見える月を見て、静かに笑っていた。



 その頃、酒場の掲示板にはとある依頼書が張られていた。



 ――『最高難易度――森近くの草原で、人間を襲う魔族出没!』



 という張り紙が。

次話もよろしくお願いいたします!(誤字があれば、ご報告いただけると幸いです!)

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