Private) 「俺だって元コマンドー」
子供のころのヒーローは
決まって仮面ライダーか
あるいはウルトラマンってとこ
オレもごっこをしたかったけど
オヤジの再放送に合わせて
知っていたのは初代とV3
ごっこにゃ参加できなかった
結局オレは平成の
ライダー知ることなく育ち
今の今まで至るけど
それでも時折考える
「等身大のヒーロー」を
さてオレ今は
昭和の世代を
どちらかと言えば好かないが
ヒーローものは昭和のほうが
よほど優れていると思う
脚本に粗があったって
IQが異様に高くたって
ごっこはごっこに過ぎないと
わかっていても好きなのだ
なぜならヒーローたちはみな
悩みを抱えることもなく
異様なほどに「健康」だから
何よりもまず作り手側の
戦争体験というやつが
人間とは何かなんてのを
真摯に突き詰めさせたのか?
文化と言えば堅苦しいが
サブカルと言えばちと軽い
ところがどっこい
戦争はいつも負け知らずのあの国
昔ながらのお家芸
チャンネル合わせりゃどこかはやってる
80年代ハリウッド
ダイナマイトに火薬にガソリン
「安いもの」がふんだんに詰まった
「シンプル明快アクション劇」
今憧れるのはバットマン
ではなくヒース・レジャーが演じた
異能と呼ぶべき頭脳のピエロ
けれど自分の足元を
よくよく見つめなおしたら
今の在り方はさながら
ホアキン・フェニックスのピエロ
まさに太宰の「道化の華」か?
画面の向こうのヒーローは
いつまでたってもウジウジと
悩み苦しみ行動しない
だからこそ
同族嫌悪だろうか?
平成以来のヒーローたちの
「カットウ」とやらが好かない理由は
昭和の作り手よりストレートに
懊悩を反映させられるはずが
悩みの深さがどこまでも
浅すぎてつい泣けてくる
小説を書く指南書に
まず始まりに書いてある
「主人公には葛藤があり
これを解決することが
すなわち小説と呼べる」
けれどもオレが書いたなら
いつの間にやらモデルが自分に
さながら大正・私小説
「蒲団」に顔を埋めて泣くか?
自分のことしか書けない理由は
どう生きればいいかわからないから
世の中は今混沌と
目には見えない諍いや
法律・決まりごとの網で
絡めとられてより一層
一段掘ってまた混迷
「今こそ強い○○を!」
なんて言ったら政治家の
マニュフェスト見たくなっちまう
てなわけでオレはこう言うさ
「今こそ強いヒーローを!
憧れとなりうるヒーローを!
等身大でなくたって
こうなりたいと思える人を!」
「もっと単純シンプルに
楽しくわかりやすく生きたい」
だからこそスタローンは
エクスペンダブルズ撮っただろうし
だからこそ今もシュワちゃんは
ネットで愛されてるはずさ