Nationalism) 最終戦争論
西洋と
東洋の
一大決戦
大東亜共栄圏
それを信じていた盟主こと
日本は西洋の猿真似
模倣が元祖に勝てるのか?
それ以前にも
そもそもの
最終戦争信じてたのは
あくまでも日本人だけで
他のアジアの国からすれば
地理的連合どころではなく
自分の国を自らの手で
自分の文化を尊重したいと
望みは
ただそれだけだったのではないと
浮かび上がるは意識の差
彼らからすれば支配者が
西洋人から日本へと
変わったようにしか見えないと今じゃ
けれど仮にもその戦争
勝利したのがアジアだったなら
彼らは勝利を
自らの
「勝利」と位置付けただろうか?
「IF」を考える以上は
「所属側の勝ち」を
「我らの勝利」と
すり替えるヤツはどこにでも
いたのではないのかと
敗戦にあったドサクサのように
勝利に便乗するドサクサも
鏡映しのようにありうると
どこまで信じていいものか
「大東亜戦争肯定論」
日本人による総括でなく
外国人らの評価というやつを
勝った国らが歴史を定め
歴史は「認識」へと変わり
霞む事実と反対に
膨張していくナショナリズムと
「大東亜戦争
アジアの勝利
なのに他国は恩知らずにも
独立するとかほざきやがる」
ブツブツ呟く羽目になる
そんな世界もあったのか?
「負けてよかった」なぞ言えない
けれど勝者の日本の姿
ボヤけたままで捉えられずに
「東洋の大英帝国」と
西洋の真似を続けたのではと
勝てば他国の権益犯す
これが勝者の宿命か?