Book) チャンドリアン
レイモンド・チャンドラー/清水俊二訳「プレイバック」より引用した。
確かにその通りなんだろう
しっかりしてなきゃ生きていけない
でも生きるに値するか否かは
やさしさによって決められる
優しいだけでは生きられない
相手の好意を期待したうえで
優しく振舞うならバカと
己の信念、生きる価値
「優しくなければ」と思うなら
相手に縋るのは愚策
ネット見回せば
優しさを
求める人間ばかりに思える
けれど誰もが見落としている
「優しさ」はあくまで二の次で
本当は「相手が稼げるかどうか」
「愛されたい」と願うこころは
もはや単なる下心
結果誰かに優しくしては
いつまで「お返し」待つのやら
タダの「いい人」それだけに
ピュアであるのはいいことと
確かに貴重ではあるけれど
それでは生きてはいけないと
またもマーロウが教える
彼みたく
銃で
ブラックジャックで
狙われたりはしないけど
無意識の下の冷酷さ
合理化の下のエゴイズム
表面化しない世の中で
生きていくならなおのこと
「しっかりしていないといきていけない」
自活と自立と自律とを
続けられればいつかは気づく
「自分ですべて完結する」と
ゆえに依存や愛着を
求めるような人間を
パートナーとはできないと
ハードボイルド
非情の掟
仮面の下に隠された
ハリウッドをゆく照れ屋の騎士は
どこまで行ってもお人よし
己の規範と信念を
誰かに求めることはなく
誰かに縋ることもなく
手を差し伸べるのはなぜなのか
今日も呟く
マーロウの
自分自身の在り方を
「しっかりしていなかったら、生きていられない。
やさしくなれなかったら、生きている資格がない」
まずは今日と次の日を
「生きられる」ように自分自身に
戒めてみては首を振る