第29剣 何気ない日常
ある日の朝、俺は宿の自室で目覚めると上体を起こし、大きく伸びをする。のどかな空気感だ。
下の階にある食堂から美味しそうな匂いが鼻孔ををくすぐる。さてと、俺もそろそろ起きなければ、今日は少しやることがあるのだから。
そして、俺はチラッと隣のベッドを見る。俺の部屋は二人部屋なのだが、案の定グレイの姿はない。
おそらくはどこかで鍛錬に励んでいるのだろう。全く、偉いことだ。俺は三日坊主として続きそうにない。現に今はやってないし。まあ、これにはわけがあるのだけど。
「さて、早く着替えないとな。勘づかれる前に外へ行くことが重要だ。とまあ、まずは飯食わなきゃ始まらないが」
俺はそのようなことを一人でに呟きながら、着替え始める。もうこの世界に来てから何日が経っただろうか。
床の木の肌触りも、匂いももと居た世界よりもやや粗野な感じもあるが、そんなものは案外すぐに慣れてしまうものだ。
俺はそっと窓を開けた。空には僅かに白雲が見えるばかり。この世界は俺が思っている以上に気候変動は少なく、たまに雨が降るぐらいだ。
こんなのでどうやって作物が育てられようかと疑問に思うが、まあなんとかなっているのなら俺が考える領分じゃないだろう。
俺は顔を洗うと食堂へと向かった。俺が食堂に辿り着いた時には、もうすでに多くの客が席を埋め尽くしていた。
そして、朝にもかかわらず賑わっている。この食堂を利用しているのは何も宿泊客だけではない。この街に住む冒険者も利用しているのだ。それだけ、料理の評判が良いということなのだろう。
まあ、俺的にはその冒険者が案外怖かったりする。それはクレアの正体がいつ知られてもおかしくないからだ。
冒険者の中には魔女を判別する魔道具を持っている人もいる。その冒険者にバレれば、ただで済むはずがないし、この街から逃げ切れるとも思えない。
なので、朝は常に冷や冷やもので、冒険者変化がなければ安堵といった日々を繰り返している。
そして、俺は辺りを見渡していく。すると、俺の存在に気付いたレビィが俺に向かって腕を上げて、大きく横に振った。
「やっはろー、こっちだよー」
「店の中で大きな声で叫ぶな。他の人に迷惑だろ」
「わーん、カイトちゃんが怒った。クレアちゃん、慰めて~」
「今のはレビィさんが悪いですよ」
「う、嘘......クレアちゃんにまで怒られるなんて......」
レビィは最も信じていた人に裏切られたような顔をしているが、俺はそこに触れることなくスルー。
そして、クレアの隣の席に座るとすでにテーブルに並べられている料理を見て、思わずよだれが溢れてくる。
これは早く注文しなければ、俺の腹がもうぺったんこになりそうだ。するとその時、俺の服の裾が引かれる。俺は思わずその方向を見ると.......
「か、カイト......あ、あーん」
「!?!?」
クレアがフォークに刺した肉を俺の口元へと寄せていた。そして、クレアの表情は耳撫で顔を赤らめて、少しだけ顔を逸らしている。
しかし、俺がどういう行動を取るのかは気になるらしく、チラッチラッと俺の様子を伺ってくる。そのことに、俺は思わず戸惑う。だって、その表情が可愛らしいのなんの。
とはいえ、クレアがなぜそんなにも恥ずかしさを承知で行動に出たのかが気になる。
確かに、クレアは最近俺に好意的に接してくれているが、ここまではクレアの羞恥心が耐えられないはずないと思われるのだが......
俺がクレアの行動にどうすればいいか悩んでいると俺の目の端でニヤニヤとした顔をしているレビィを捉えた。俺は思わずその方向を見ている。
すると、肘をテーブルにつけながら、両手で頬杖をしているレビィの姿があった。そして、見間違いではなくやはりニヤニヤとした表情を浮かべている。
「レビィの入れ知恵か?」
「さあ、なんのことでしょー。とにかく、ほらほら、早く食べないとクレアちゃんが羞恥心でやられてしまうよー?乙女心をわかってあげないとこの先を苦労するよ......クレアちゃんが」
「し、静かにして!」
レビィの俺に向けたような、遠回しのクレアへの煽りは見事にヒットした。そして、クレアの表情はさらに赤みを増していく。これは羞恥死してしまうかもしれない。
しかも、それは俺がまだクレアの差し出した肉を食ってないことも関係しているかもしれない。
これはもう食うしかない。俺はレビィ以外からも来る棘のあるような視線に耐えながら、その肉を口に含む。うん、美味い。肉が口の中でほぐれて、肉汁が広がってく。とまあ、このぐらいの表現しか出来ないが。
そして、俺はしっかりと肉を味わってから、「美味かったぞ」と声をかけようとするとクレアがフォークをなにやらジッと見ている。
表情も赤みは引いておらず、むしろ増しているような気さえする。俺がフォークに何かしたのか?いや、普通に刺してあった肉を食っただけだ。すると、レビィがクレアに向かって告げた。
「クレアちゃんは大胆だな~。まさか間接キッスをさせてしまうなんて。意外とオ・ト・ナ」
「ち、違うよ!違うから~!」
「クレア!?」
クレアはさすがに羞恥心に耐えれなくなったのか、食事を止めて立ち上がると自室へと颯爽に戻っていった。
俺はそんなクレアの後ろ姿を見ながら、何も声をかけることが出来なかった。まあ、かける声が見つからなかったというのが本音だが。俺はため息を吐くとレビィに告げる。
「遊びすぎ」
「でも、これでクレアちゃんがいなくなったから良かったじゃん。クレアちゃんがいると話ずらかったんでしょ?」
「まあな、サプライズって意味合いじゃ確かにそうなんだが、それでももっとやり方あっただろ」
「いいじゃんいいじゃん、可愛いクレアちゃんが見れたんだから。それじゃあ、早速外へ行こうか」
「もう行くのか?というより、まず俺の話を聞かなくていいのか?」
「どうせ私の想定内なんだから」
俺は未だ残されている料理を急いで胃の中に押し込んでいく。正直、もう少し味わいたかったところもあるが、まあせっかく付き合ってくれる人を待たせるのは申し訳ない。
そして、俺は食事を終えるとレビィと共に外へと出た。
「それで、向かう場所は貴金属店でいいんだよね?」
「マジか、本当にわかってんだな」
「当たり前じゃん。女の子の扱いに苦しむ男の子をずっとそばで見てきたからね」
......なるほど。まさかグレイもこんな試練をくぐり抜けていたのか。そこは素直に感心する部分だと思う。
俺も妹に何かあげていたことはあったが、妹は基本的に物欲がなかったし、さすがにクレアを妹と同列視し過ぎるのはダメだと思う。
そして、人通りの多い中央通りを歩いていく。ここは俺にとって初めて通る場所で少しワクワクしていたりする。そこで、ふと俺はレビィに質問した。
「そういえば、クレアを一人にして大丈夫か?」
「相変わらずの心配性だね。安心して、少ししたらグレイちゃんが戻ってくると思うから。それに、クレアちゃんなら身の回りのことはしっかりしてるから、大丈夫だと思うよ。もう少し信じてあげなって」
「......確かに、そうだな」
俺は思わず俯いた。そして、自分の不甲斐なさにため息を吐いた。最近は驚くほど何も起きていない。
何かが起きて欲しいということではないので、そんな日々は実に過ごしやすくて助かっている。
しかし、こういう何気ない時に何かが起こるのではと思ってしまう。相変わらず、過去の俺の肉体は疑い深さを忘れないようだ。もう少し、心に余裕を持たないとな。
俺はレビィとともに雑多な人ごみに潜っていく。
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「はあはあはあ......」
冒険者風の男は荒い呼吸を繰り返していた。その表情は酷く怯えたような顔をしていた。手も足も小刻みに震えており、疲れたように膝に手を付けて中腰の姿勢になっている。
「なんでなんでこうなるんだ!?」
「それは弱いからよ」
「!?」
男は自分の背後にいる人物に気付かなかった。そして、男は突然の声に驚いて思わず後ろを向きながら、尻もちをつく。
そして、口をガクガクと震わせて後ずさる。すると、フードの被った人物は男に声をかけた。
「そんなに怯えないで。私はただ冒険者崩れのあんたに頼みたいことがあるだけよ?」
「頼みたいこと?」
男は怯えながら聞き返す。すると、その人物はニタァと笑った。そして、一枚の男性の顔が描かれた髪を手渡した。
「我らが主君を誘い出すためにある男を連れてきて欲しいの。もちろん、協力者も募っていいし、達成すれば報酬もはずむわ」
「こ、こいつは......」
「あなた達が良く知っている人物よ。恨みがましいほどにね」
別作の「神逆のクラウン」も良かったら読んでみてください




