百合の日だからキスさせてみた
晴れ上がった空はとても眩しく私を照らしていた。
失恋。
高校に入ってそんなに時間は経ってないけど、好きな人を追いかけて入った高校で彼が楽しそうに女の子と帰っているのを目撃してしまった。それだけで付き合ってると考えるのは早計かもしれません。
でも、二人の距離がなんかぎこちなくて付き合い始めのカップルみたいな雰囲気だったのです。
「あ……やっぱり、そうなんだ」
予感はありました。彼の視線がどこを向いているか、彼が話し掛けるのは誰なのか、彼がさりげなく触れようとするのは誰なのか。そんな事ずっと見てたからすぐ分かる。
相手の子はいい子だ。優しくて明るいいい子。部活でもマネージャーとして頑張ってる。それも見えたから知ってる。私の視界の中によく写ってた彼女だもの。それはそれで仕方ないと思った。
私の負けだよ。素直に賞賛した。涙が滝のように流れて目が無くなっちゃうんじゃないかってくらい泣いた。そして寝た。何かスッキリした。
それから直に中間テストが始まってそれどころじゃなくなった。いや、胸はまだ痛む。でも、試験勉強の忙しさが私を慰めてくれた。勉強頑張ろう。その一心で。
順位は十位。自分でもびっくりの好順位だった。……まあ元々の私のレベルはここよりも上だったから当然なのかもしれない。
「栗原さんって凄いのね」
順位表を見てたら「彼女」に話しかけられた。
「ありがとう。柴田さんは?」
「私は全然」
見ると名前は八十位辺りに載っていた。それでもまあいい方なんじゃないかな? それに、彼氏とのオツキアイで忙しかったんでしょ? なんて思った。口には出せない。
「悪くはないと思うよ。私が言うのもなんだけど」
「そう? ありがとう」
笑うと花がほころんだように思える。思わず私もにっこりしたくなる。こんな可愛い子なら確かに彼も彼女にしたくなるだろう。やっぱり勝てないや。
それからしばらく雨の日が続いたある日、私は彼女と帰りが一緒になった。
「あ、栗原さん、今帰り?」
「ええ、柴田さんも?」
「そうなの。雨で部活は中止なんだけど色々やること多くて……」
「……彼氏とは、一緒に帰らないの?」
絞り出すように聞いた。ズキンと心が痛む。
「うん、ちょっと最近ね……良かったら一緒に帰らない?」
どことなく暗い雰囲気。聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。二人の仲が上手くいってなければ……私が彼の彼女になれるかもしれない。やらしい気持ちが鎌首をもたげた。
「別に、良いけど?」
打算の感情を押し殺しながら当たり障りのない会話を選んで話す。
「へー、クッキー焼くんだ」
「そうなの。勉強は得意じゃないけどそういうのは好きなのよ」
「私はそういうのダメだなあ。勉強してるか本読んでるかだし」
「本を読むのは苦手なの。体動かしてる方が好き。運動神経そこまで良くないんだけどね」
「いやいや、体育とか見てたら結構動けてるじゃない」
「それ言うと栗原さんが動けてないだけって話になるけど」
「まあ体動かすのは苦手よ。本当にめんどくさい」
社交辞令のような取り留めないそして他愛のない話。和やかな時が流れていたはずだった。
「それで……ね……」
急に彼女の言葉が止まって動かなくなった。視線の先には彼。そして隣にはギャルっぽい女の子。
「え? うそ、今日は親戚の集まりがあるから先に帰るって……」
「いや、親戚の子なのかもしれないよ、あの子が!」
何故か私はショックを受けながらも彼女をフォローしていた。でも、私たちは本当は本能的に分かっていた。あの距離は明らかにそういう距離だって。彼の手はしっかりとギャルの腰に回されてたもの。そしてトドメに、彼は私たちの目の前でギャルとキスをした。
「あ、ああ、私、私……」
「落ち着いて、ゆっくりここを離れましょう」
そして私達は公園のベンチに二人で座っていた。
「今の、何?」
「甲斐くんがギャルの子と浮気……」
「嘘よ、嘘、間違いよ、何かの間違い!」
「でも、見たものは幻じゃないわよ」
「こんなのってないよ……」
ボロボロと涙が零れる。全く、
「泣きたいのは……私も同じよ」
私も泣いていた。
「え? なんで栗原さんが……」
「私だって甲斐くん好きだったんだもの。追い掛けて高校来たんだもの。諦められなかったんだもの!」
「ええっ!」
「だから私も泣いてやるんだ!」
それから二人で抱き合ってワンワン泣いた。二人の涙が溶けあって流れていく。ポツポツ降っていた雨はやがて土砂降りになって私たちの嗚咽をかき消してくれていた。
「ひどい顔だね」
「ひどい。あなただって」
ひとしきり泣いた後に二人でお互いの顔を見合わせた。
「あーあ、なんであんなやつ好きになっちゃったかな?」
「それはお互い様でしょ」
「ね、今も好きなの?」
「なんか泣いたらスッキリしちゃったな」
「ねえ、キスってさ、友だちでも出来ると思う?」
「え?」
「もし、私とあなたでキスできるならあれは友だちのキスだったのかもしれないって思えるじゃん」
「何その慰め方。でも面白そう」
二人とも相当混乱してたし、割とやけになってた所もあったと思う。でも、私はこの時のキスを一生後悔することになる。なぜなら……
「んっ……」
「んん、んぅ」
彼女と、キスした瞬間、胸の奥炎が宿った。唇が触れた時に火傷するかと思った。脳に電流が走って身体が動けなくなった。唇を、寄せた身体を、近づいてる顔を、離したくなくなった。気づくと指を絡めていた。そう簡単に離れないように。息をしづらかったから少しずつずらして呼吸した。舌が絡まった。何これ。
どれくらいの時間そうしていたのか覚えていない。ゆっくりと唇を離してお互いを見た。瞳が潤んでる。うん、分かる。このままだとヤバい。
「や、なんていうか、キスって案外気持ちいいね」
「うん……」
二人で見つめ合ってまた唇が引き合った。再びの邂逅に喜びあった唇はしっかりとお互いを捉えて放さなかった。
その後のことはあまり覚えていない。栗原さん……あずさの事ばかり考えてしまって甲斐くんの事など頭から吹っ飛んでしまった。明日からどんな顔をして学校に行けばいいんだろう……
「おはよう、優子」
「おはよう、あずさ」
私たちは名前で呼び合う仲になった。あずさと甲斐くんがどうなったのかは知らない。でも、デートに行ってるとかの話は聞かない。だって、毎日私と一緒に帰ってるのだから。
そして私たちは毎日、あの公園で口付けを交わす。あの雨の日のように。