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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
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記憶喪失の少年

 それは一つの空間にいた。


 誰もいなければ自然も大地も存在しない、そんな虚無の空間。


 今の自分は落ちているか、浮いているのかすら分からない程感覚がなく、視界を動かしてみても己の身体を視認することができなかった。


 ただ、無情の心地よさだけが意思を支えているような状態だ。


「ここは……」


 声を出せた。しかし自由に出せない。

 次に記憶を探る。

 ぼんやりではあるが記憶が再構築されていく。

 最初に浮かんだのは二人の天使の姿だ。

 男の天使は不適な笑みを浮かべ、もう一人の小さな天使は困惑に支配されたかのような表情だ。

 そして一部の記憶が完成された時、自身が消滅したことを悟った。


「私は……死んだのか……」


 甦った記憶から感じる無念な感情が自身を責めようとするが、不思議と直ぐに払拭される。


「これは……なんだ。……どこか心地よいな」


 この感覚に身を委ねてみる。


 死後の世界というのは実に優雅なものだ。


 何にも縛られず、何も考える必要が無い。


 現実から隔離された身体は既に浄化され、意思のみが空間を浮遊している状態であるのは明白だ。


 通常、死後は生前の記憶が消失されるものだが、今はその記憶が明瞭に存在している。


 人も同様、摂理を遵守するのは神々もまた同じだ。

 神自らが禁忌を犯してはならないのだ。


『……きて……』


 誰だ?


 静かに耳をすませる。


『あなたはここに居るべきではない……』


 女の声……?


 だが知らない者の声だ。


 意思に直接話し掛けるように女性の声が小さくこだました。


『お願い、目を覚まして……』


「これは……」


 空間が光に包まれていく。


 そして……。


 …


 …


「……!?」


 身体が下から打ち上げられる感覚が襲った。

 視界いっぱいに広がった純粋な青い空が混乱を生む。


「……う……」


 次に体から伝わる感触が脳に伝わった瞬間、激痛が走る。

 痛みのする箇所を探ると、それは腹部からきている事が分かった。


「から、だ……?」


 今まで確認出来なかった筈の体の感覚に脳の混乱が少しずつ治まる。

 そして全身の感覚が覚醒した瞬間、粘液の様な不快な感覚が襲い、驚きながら身を起こした。


「こ、これは……」


 周囲に広がる無数の遺体の山を視認した時、自身は遺体の中にいたという事実を知り、動揺が走る。

 立ち込める悪臭と焼け焦げた臭いが一面に漂い、まだ新しいのか、熱を感じる。


「どこだ、ここは……」


 立ち上がり、遠くを見渡した。

 黒く染まった瓦礫の先に黒煙に隠れた草原を視認できる。


「この声は……」


 聴覚が明確に働くと自ら発する声に違和感を覚えた。

 自分が知っている声とは違い、若く、声が高い。

 まるで少年のような、少女の様な声だ。


 行かなくては……。


 様々な疑問がわく中、この場の悪臭に堪えかねると、腹部を押さえながら遺体の山を一歩一歩降りる。


 誰か来る……?。


 ふと遠くで何人かの人の足音が聞こえた。

 急いで近くの瓦礫の影に隠れて様子を伺う。

 小石が擦れ合う音をたてながら少しずつ近くなる複数の足音に息を潜めていると、やがて幾つかの人影が見えてきた。

 白のローブ姿をした人々だ。

 何者かは分からない、だが見つかれば命が脅かされるのは直ぐに分かった。

 じっと瓦礫の隙間からローブ姿の人々を見ていると、その中で偉いであろう人物が何か喋っている。

 じっと耳をすませた。

 声が明瞭に聞こえてくる。


「生き残りは全員始末できましたか?」


 緩慢と枯れた声を発するのは老人の様だ。

 そしてもう一人が返答する。


「はい、一人残らず。生存者は皆無に等しいでしょう」


「そうですか。しかし、当の邪神の子の遺体が見当たりませんね」


「申し訳ありません。大規模な聖術による攻撃でしたので、遺体からは本人の確認が困難です」


「分かりました。今後、万が一邪神の子が現れる様でしたら、同様に裁きを与えれば善い話です」


「はい」


「行きましょう。役目を終えた今、この場所に用はありません」


 偉そうな老人は片手を上へ振り上げ、撤収の合図を出すと、ローブ姿の集団は光に包まれ、姿を消していった。


 空間転移……?


 瞬きする間も無く光の中へ消え去るローブ姿の集団に警戒心が一瞬高まった。

 彼等の術から過去の記憶を探るが思い出せない。

 それは自身が記憶喪失である事を実感させられた。


 思い、出せない……。


 思い出せるのは二人の天使の姿とうっすらと出てくる自分自身の性格や特徴、そして死後の空間で謎の女性の声を通じ、これから始まろうとしている何かを止める必要があるということ。


 早くここを離れて……。


 再び足を踏み締めた。

 未だに痛む腹部に顔をしかめながら少しずつ外へと進んでいく。

 状況の整理がつかない中、もはや誰もいない筈の瓦礫の中を一人の影は歩いていった。

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