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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第二章『朱き帝国の迷走』【魔科学編】
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二つの孤独一つの可能性

 地の果てから閃光の如き日輪がその顔を覗かせる中、今日もまた一日という周期を刻み始めた。

 ここ、帝国最高の爵位を持つフォレストル公爵家の屋敷では、変わらず早朝からメイドや役人達が慣れた足取りで自身の職務の真っ当に注いでいる。


 そんな中、賓客として衣食住を日々提供されている立場である一人の少年クロは、これまで帝国に対して抱いていた警戒心とはまた別の感情が芽生えていた。



 それは罪悪感だ。



 謙虚心と捉える事も出来るが、それは知識の備わっていない半端者(クロ)が安易に使っていい言葉ではない事くらい心得ている。


 ならばどうするか。


 何か出来る事は無いかと時より仕事の助力を申し出るが、彼等は決まって「お構いなく」の一点張りである。

 牽制する為か、それとも手伝われると何か都合が悪い事があるのか、それとも‥‥。


 考え出すときりがない。


 しかし、それ以前に今の少年には足りないものがありすぎる気がしてならない。


 知識、技術、感受性、創造性、徳操‥‥等々、上げればきりがない程だ。



「何かないか‥‥」



 もっと、もっと自分を成長させたい。

 またみんなの足手まといにはなりたくない。


 そう、守られてばかりではいけないのだ。


 迷いが自身を迷宮へと引き込む。

 これは悪い癖なのかもしれない。


 そうして再び一人思考の波に呑まれながら屋敷の中を歩く中、少年は気付くと一つの部屋の扉の前に立っていた。



「‥‥?」



 エントランスを見下ろす程の大きな空間の中で一際一役を買うくらいにその存在感を与える門構えは、何処か清涼感を感じる古風な茅色を持った厚い木製の扉だ。

 その扉は粛々と訪問者を今かと待ち構えているかの様な孤独さを彷彿とさせる。



「ここは‥‥」



 引き込まれそうな感覚と共に一言呟いた時には、少年は既に扉のハンドルに両手を掛けていた。


 その手に力が込められた時、老いた樹木の骨格が木霊と共に隔たれた二つの空間を融合させていく。


 鬱蒼とした樹林の様な深い薫り。


 少年はその薫りの正体を直ぐに理解した。


 視界いっぱいに広がる大樹の「壁」の数々。


 そしてその壁を埋め尽くす無数の記憶の書。



 そう、ここは「書斎」だった。



 エントランスを遥かに凌ぐ空間に設けられた無数の書棚に並べられた書物の量は、数える事を諦めてしまうくらいに多い。


 全体的に老朽化の目立つ部屋ではあるが、清掃が成されているのか、此処には塵一つ感じられない清潔さだ。



「‥‥」

 


 導かれる様に書斎の中を一歩一歩踏み締めた少年は、自分より遥かに背丈の高い書棚に詰められた書物の数々を眺めていた。


 こうして見ると、どれも歴史を思わせる古い物ばかりだ。

 

 見たことの無い量の情報の可能性に、一心と好奇心を際立たせたクロは、そこから目に付いた大きな一冊を手に取ってみると、ずしりとその重みが小さな少年の身体へとのし掛かる。



「‥‥っと」



 少年は重さに翻弄されつつ、書物を床へと置いた。

 まず、独特の手触りと硬度を持つ紙質からしてこれは羊皮紙で間違いないだろう。まだ少い経験値ではあるが、これまで培った短くも深い体験がそう確信させる。


 そんな自身の浅知恵に得意を見出しつつ、早速の内容へと目を通そうとしたクロは、その本を開いた瞬間その挙動を止めた。


 何故か。


 単に難しい内容のならばまだ動いた筈だが、それ以前に大きな壁が立ちはだかっていた。



 それは文字だった。



 今、少年が使っているは、「エスティア語」と呼ばれる世界で最も共通性の高い言語だ。発祥は分からないが、これは一般的に用いられる事の他、国同士の交流や貿易の場においても使われる程多様性に長けている。


 しかしこの文字はどうだ。


 見覚えのある様な文字にも見えるが、今記憶しているどの言語とも大きく異なる形をしている。


 読めないのでは折角の機会を時間と共に潰してしまう。


 ハウセンに教えを請うのも手段として挙げられるが、今の少年は案内のされていない未知未踏の地へと勝手に踏み入れてしまったのだ。抵抗感は振り払えない。



「そうだ。他の書物は‥‥」



 少年は今出している書物を元の書棚に戻すと、他の書物を物色してはそれを開く。


 結果は同じだ。


 どれも同じ様な文字で綴られており、まるで読む人を拒絶している(・・・・・・・・・・)かの様だ。


「‥‥分からない」


 クロは落胆と肩の力を落とす。


 知識を得ようと開いた本も、読めなければただの紙切れの山だ。

 こんな調子で各所の書棚を試すが、得られるものは変わらず無い。


 少年が踵を返そうかと諦めかける。その時だった。



「‥‥っ?」



 強烈な違和感が全身を駆け巡った。


 何らかの不可思議な干渉に意識を向けると、それは常人離れした何者かの気配である事に気がつく。



「何だ‥‥」



 これまで感じたものとは対称的と言っていい程の存在感に、少年はその元を辿りながら木々の壁へと慎重に沿ってゆく。


 興味本位なのかもしれない。


 未だ見ぬ好奇心に期待を寄せているのかもしれない。


 そんな意思が少年を動かしていた。




 そして少し場所を移動した先。

 一つの仄かな光が一冊の古風な書物から放たれていた。


 


 不確かな存在に息を飲む。




 未知の存在に不安と興味が織り混ざる中、クロはその光へと手を差し伸べ、それへと触れようとした瞬間‥‥。



『やあっ!』



「‥‥っあ!?」



 突然の発声に、少年はその場で腰の力を抜かし、床へと落ちる。


 何が起きたか、状況の整理がつかないまま書棚に収まる一冊の書物を見上げる。

 呆然かつ間抜けた少年のあどけなさが表情へと現れる。



『おや、僕の存在に気が付いたという事は、君は適合者‥‥という事だね?やぁっと来たかぁ‥‥』



 女性だろうか、陽気の様な、子供の様な、穏やかさと明るさが際立つ口調で語り掛けてくるその方向と、少年が視線を向けている方向は、奇妙にも一致していた。即ち。




『『本が喋っているのだ』』



 

 これまで数々の奇妙な出来事があったが、このような物が喋るというのは記憶に新しい。


「適合‥‥者。‥‥そなたは何者だ」


 当然の質問をクロは無機物であろう本へと投げるが、それ・・は流暢に喋り始める。


『予想通りの質問だね。僕は‥‥そうだな、メト(・・)と呼んで。僕と君の親しみを込めて、さ』


 そういう仲でも無い上、今ここで初めて会ったばかりの相手に親しみというのは繋がらない言葉だ。もっとも、生き物であるのかどうかすら怪しいところだ。

 静かに起き上がったクロは、訝しげにその本を見詰めると、散らばるいくつかの疑問を掻き集める。


「‥‥では、メト。異様な気配の正体はそなたか?」


 改めてその本の名を呼ぶと、メトは嬉しそうに答える。


『そうだよお!』


「‥‥何故だ」


『僕は君が必要だから呼んだのさ』


「私が‥‥必要?」


 必要とされているのは、少年の中に存在する不確かな『神の子』なる人物像の事だろうか。もとより少年自身、自覚など無いが。


『そうそう!だから、僕が君に抱く期待を実現する代わりに、僕が君を助けてあげる!これでどうかな?』


 クロの意思などお構い無しに一方的に饒舌と話を進めるメト。

 しかしながらそんな不透明かつ身勝手な話を安易に承諾する程、クロも考え無しではない。


「待ってほしい。直ぐには返答しかねる‥‥」


 首を振りながら慎重ぶりを見せるクロに、メトは何処か意外そうな口振りで話す。


『ふむふむ。右も左も分からなかった男の子が、少しは成長したんだね。感心感心』



 何だか釈然としない。



 少しばかり癇に障るが、耳を傾けても良さそうな相手だ。悪意は‥‥無さそうにも見えるが。


 少年は、迷える意思の中で、一つの判断材料を見出すと、メトへと語り掛ける。


「そなたは、メトは何処まで私を知っている」


 そうだ。

 今のメトの発言には、既に少年の存在を知っていたかの様な発言だった。


 一体、何時から‥‥。


 奇妙な本から放たれる声質からは、一致する人物は存在しない。だとすれば‥‥。


『はいはい!無意味な詮索は暇な時で!』


 唐突な横槍を入れられる。

 人の意思すら読めるのかと驚嘆と小さく目を見開く少年の眼差しに、メトは一呼吸おいて詳細を話し出す。


『僕は君の事を何でも知っている。だからこそ君が必要なんだ。この先へと導く為にもね』


 底のしれないメトという謎の人物による言葉ではあるが、不思議と信憑性の高さが感じられた。

 理由は分からないが、形容し難い何かが少年の意思をそうさせているのだ。


「もう一つ、聞かせてほしい。助けとは、どのようにして‥‥」


 自分は人で相手は本。

 この様な非対称的な関係で助けが成り立つとはどういう事なのだろうか、という疑問だ。

 もっともであろうクロの疑問に、メトは何やら誇らしげに答える。


『うむ、お答えしよう!まず、僕が望む方向に君を導く。勿論、その道は君にとって間違いなく有意になる事を保証する。そしてそれを辿るに当たって、僕は君に必要な知恵(・・)を与えよう。お互いリスクはあるけるど、得すれば絶対に不利な結果には働かない。茨の道も沢山ある事は敢えて話さないけど‥‥まぁ、どうしても嫌というなら、この話は無かったことにしてもいいんだけどね‥‥。どうする少年?』


 そう言って最後は悪戯混じりに話を締め括るメトに、少年は重く頭を悩ませる。


 迷う時間が無いよう仕向けているだけだろうか、それともメト自身の私利私欲の為だろうか。


 分からない‥‥。いや‥‥。


 少年の複雑に入り混じった思考は、そこで止まる。


『それとも、王国のお仲間さん達の事が気になっていてそれどころじゃないのかな?』


「‥‥っ?何か知っているのか?」


 ふとしたメトの発言に、クロは取り乱した様に()を書棚から引き摺り出す。


『こっ、こらこら!本は大切に扱いなさい!』


「‥‥。すまない」



 叱られた。


 

 メトのお叱りに萎縮したクロが一瞬にして我へと引き戻される。


『‥‥はぁ。君のお仲間さん達はみんな無事だよ。取り敢えずはね』


 溜息から耳にしたメトの言葉に、クロの胸の内に籠もる何かが動いた気がした。

 それは帝国に来て、ずっと犇めいていた感情。

 少年が気掛かりにしていた事だった。


「‥‥そうか」


 まるで打ち込まれていた楔が抜かれる様な感覚。

 これが安心というものだろうか。


『‥‥それで、君の質問に沢山答えて上げたんだから。今度は僕の問いかけに答えてよね、さぁさぁ!』


 メトが早くと言わんばかりに回答をせがむ。


「それは‥‥」


 話の転換に少年は思わず考える。


 悩ましいが、またとない機会である。

 しかしながら、このままメトを信じていいのだろうか。

 だが、不思議にもこれまで話したメトの言葉に、嘘偽りの無いようにも思えたのだ。


 ならば迷う必要は‥‥。


 少年は暫くの沈黙の後、静かに深呼吸を始める。


「‥‥」


 そして静かにその場に俯いた。


 少しだけ考える。


 道を考える。


 ほんの少しだけ。


 ‥‥。




『‥‥決まったかな?』


 落ち着いた様に考えるクロに、メトがそっと声をかける。


 答えは決まった。


 やはり迷う必要は無い。



 混迷の中、クロは目に力を込めながら顔を上げた!



「あぁ。宜しく頼む」



 それは、孤立する一人の少年の新たな始まりだった。



『ところで、君の名前を聞いても?』


 二人の間に流れた沈黙の後、メトが訊ねる。


「‥‥ぁ。く、クロだ」


 決意とは異なる質問に不意を突かれたのか、少年は少々同様見せながらも、静かに答えた。


『宜しくね!クロ君』


 メトは明るく反応してくれた。


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