二つの盟約
王都ドルクメニルの中央を走る中央通りには、久しく祝福の言葉に包まれていた。
大勢の民衆に囲まれ、二国の近衛騎士の護衛を受けながら王宮へと走る絢爛豪華な馬車には、二人の若い男女が隣り合いながらその姿を見せていた。
純白のドレスを身に飾るアレクシア皇女リリアン、そして青と金色の正装で身を包んだ黒髪の青年、アルバートの二人だ。
二人は祝福の言葉を投げ掛ける民衆に笑顔で手を振り、そして互いに緩んだ顔を見合わせる。
「今日、この日が迎えられたことを、私は幸せにございます。アルバート様」
リリアンの真っ直ぐな笑顔に、アルバートは穏やかに笑い、彼女を見詰める。
「ああ、僕もこの時を幸せに思うよ。リリアン。僕達二人なら、新たな架け橋になれると信じている」
「はい、私も二国の、そして貴方にとっての架け橋になれるよう、精進してまいります」
リリアンは胸に手を添え、ゆっくりと言葉を返すと、アルバートは希望を胸にして彼女に手を差し伸べた。
「行こう、僕達の、未来への舞台へ。必ずや西側諸国の平穏を取り戻そう」
「はい、必ず……」
そう言うアルバートに、リリアンは彼の手を優しく握った。
盟約を結ぶ二人の空間を乗せたまま、馬車は隊列を維持しながら真っ直ぐと王宮へと進んでいった。
王都ドルクメニルに聳える王宮広場には、二国の近衛なる装飾を施した鎧姿の騎士達が整列し、その前には大勢の民衆が希望の眼差しを向けている。
我が子を抱える母親。
くたくたの服を身に付けた青年。
仲良く手を繋いだ二人の子供。
皆それぞれの個性で見上げている。そして民衆の目線の先にある高い台上には二国の大きな国旗が風に揺らめく。
豊穣の恵みと、栄光と正義を意味する英雄神の剣を表したアレクシア王国の国旗。
大地の導きと、救済と守護を意味する英雄神の鎧を表したヴェリオス王国の国旗。
二つの国旗が挟む中央には、二脚の玉座が堂々とその存在を見せつけていた。
風音だけがささやくこの場で突如として歓声は沸き上がる。
歓声と共に姿を現した二国の王族は、それぞれの誠意を民衆に伝えた。
杖を握るアレクシア国王、オルクバルトとその娘、リリアン皇女。そして国王の象徴である厚く、大きなローブからでも見てとれる大柄な体つきをした黒髪の男、ヴェリオス国王エリオスとその息子アルバートの姿があった。
静まる王宮広間に少し間を置いて姿を現したのは様々な装飾で飾られた祭服を着こなす主教と呼ばれる存在だ。白髭を顔一杯に生やした主教は、聖書を片手に誓いの言葉を授ける。
「アレクシア王国、並びにヴェリオス王国は、親愛の情を持って互いに慈しみ、天命に従い、二国はリリアン皇女、そしてアルバート王子の契りによって成立するものとする。英雄神クロイツェルの名に置いて、命尽きるその時まで、お互いを認め、護り抜くことを誓いますか?」
主教は聖書から目線を上目遣いで二人の表情を伺う。
答えを求められた二人はお互いの表情を見合い、そして頷く。
「誓います」「誓います……」
二人の決断を見届けた主教は、静かに目を瞑った。
「では、これを以て二人を夫婦と認める為、誓いの契りを」
リリアンとアルバートはお互いに向き合い、表情を確認し、同時にその距離を縮めた。
アルバートは彼女に両手を差し伸べながら腕の中に包むと、リリアンはそれを受け止め、お互いの唇を重ねた。
口付けをした二人の体が神々しい程に満ちた光に包まれる。
そして静かにお互いの顔は離れ、手を繋ぎながら民衆へと向いた。
再び沸き起こる歓声、希望と誇りに満ちた大勢の声は、瞬く間に王都中へと広がっていく。
オルクバルトは、満足そうに民衆を見渡すと、手を振り上げ、王宮広場を静めると、ゆっくりと息を吸い込む。
「アレクシアの民達よ、そしてその同志であるヴェリオスの民達よ。今二つの国は二人の契りによって、西側諸国は歴史的な一歩を踏み出そうとしている。我々二つの国は、互いに手を取り合い、長きに渡り我々を苦しめてきた帝国との戦いに終止符を打つ時が来たのだ!」
オルクバルトは声を張り上げると、隣に立つエリオスが特有の低い声を唸り上げながら続ける。
「愛するこの地を脅かす帝国に、正義の鉄槌を下そうではないか。我々ヴェリオス王国は、アレクシア王国との同盟を誓い、ここに証明しよう」
エリオスの声明を聞いたオルクバルトは、大きく左手を手に差し伸べ、そして握り締めた。
「英雄神の名において!」
民衆の歓声の中、アルバートはリリアンの小さな手を抱えるように繋ぎ直し、二人は希望を胸に前を見詰め続けた。
今、ここに二つの国の同盟は結ばれ、武力で侵略しようとする帝国に対抗すべく、大きな一歩を踏み出そうとしていた。
そして、その誓いは、時の流れと共に揺らめき始める。