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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第二章『朱き帝国の迷走』【魔科学編】
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私的な親善大使の眼差し




 ……。




 …………。




 揺れている……。




 ……。




 …………。




 体が豊かに揺れ動く。



 端整な音を鳴らす蹄らしき音。




 ……。




 覚醒する意識。




 少しずつ力を込めてみる。




 すると、指先から徐々に動いてくれた。




 次に視界を開いてみる。




「う……」




 差し込む強い光が異様に眩しい。



「お目覚めのようですね……」



 語り掛ける男の声。


 静閑さ漂うその声は、間違いなく此方へと向けられているものだ。


「……」


 体の状態を確かめながら上体を起こし、静かに目を転じる。


 霞む視界の中、椅子に座る影が一人。


 見慣れぬ男だった。


 長い赤毛を持ち、歳は若さの面影残す青年といった高貴さ漂う顔立ちをしている。

 彼が端正に着こなす朱い正装が印象的だ。

 革製の手袋が装着された手には鮮やかな色の石が埋め込まれた木製の杖が立てられ、その整然とした風貌はとても凛々しく見える。


 何処かの貴族か何かだろうか……。


「気分は如何でしょうか?」


 訝しげに見据えていると、彼は無表情のまま此方の加減を訊ねてきた。


「……私は」


「貴方様は神の子……いえ、今はクロ様とお呼びした方がよいでしょうか」


 呆然と自身の体を眺めていると、男はすかさずその名を教える。



 神の子……?……クロ。



 そこで漸く気が付く。


『何処にいたのか』


『何故気を失ったのか』


『そして自分は何者なのか』




「……!?」




 驚いた様子で椅子から足を下ろした少年は、慌てて周囲を見渡す。


 最大でも四人が腰掛けられる程度の椅子が向かい合いながら設置された豪華な空間。


 緩やかに揺れている感覚からして恐らくは馬車の中だろう。


 気を失った時の王宮の一室。


 その時の光景が脳裏に甦る。


「……ッ」


 居ても立っても居られなくなった少年は、急いで出ようと目の前にあった扉を開けようとするが、それは固く閉ざされ、微動だにしない。


 窓すら閉められ、見事な閉鎖空間が構成されている。


 

 どうすればいいか分からなくなった。



 理解が出来ない状況に思考力が止まる。



「ご満足いただけましたか?」



 扉の握りに手をかけたまま立ち尽くす少年の背中に、先程の男が皮肉な言葉をかけてくる。


 少年は静かに振り返った。


「……ここは、何処だ」


 腫れ物に触る様な様子で問い掛ける少年に、男はふと何やら(ふところ)へと手を忍ばせ始める。


「さて、そろそろ頃合いでしょうか……」


 彼がそう言いながら手に取り出したのは、丸形の硝子のようなものが二つ繋がった奇妙な道具だった。


 それを目元に装着し、両目を覆う。


 すると……。


「よくぞッ!!訊いてくれました!!」


 突然室内に響き渡る男の歓声。


「……!?」


 両手を広げながら満面の笑顔を開花させる男の豹変っぷりに、少年は思わず身を弾かせた。


「何処よりも勁烈(けいれつ)にして高雅(こうが)を成す永遠(とわ)の理想郷!!総てを掌握せし人類の冀望(きぼう)は此処より遍き栄光の代名詞!!その名も我等が尊き大国、ヒューレンハリア帝国ッなのです!!」


 二重人格の持ち主なのだろうか。

 国名の序でに羅列される彼からのプレゼンとその勢いに、クロは呆然とする。


 流れる静止の時間……。


 そんな少年の反応が予想外だったのか、両手を開いた体勢から無言で顎を掻き始めた彼は、『こんな筈ではない』といった怪訝な表情で首を傾げている。


「……」


 これまで名前でしか認識していなかった帝国の名に、少年の中では疑問が過る。


 最後の記憶が正しければクロは王都ドルクメニル、そして王宮に居た筈だ。


 それが何故アレクシア王国と敵対関係である帝国の領内に居るのかが分からない。


「……帝国」


「左様でございます」


 小さな声で呟く少年に、男は直ぐ様相槌を打つ。


 逃げ場は無い。


 この状況を招いたのがアレクシア王国だとすれば、今は取り敢えずこの状況を把握するべきだろう。

 そう思ったクロは、此方を窺う唯一の情報の持ち主とおぼしき男へと向き直る。

 

「……そなたは、何者だ」


 そう、先ずは目の前にいる奇妙な赤毛の男の正体だ。


 名を問われた男は、一瞬驚いた様子を見せると、颯爽と姿勢を正しながら胸へと手を添える。


「これは大変失礼致しました。(わたくし)、ヒューレンハリア帝国の勲爵にしてその懐刀。フォレストル公爵家当主メルサス・アーランド・ミドレシアであります。皇帝陛下より、クロ様のお世話をするよう仰せつかりました。どうぞ、お見知りおきを……」


 貴族の称号と共に深々と上品な一礼を済ませた赤毛の男はメルサスという人物みたいだ。

 身分は理解したが、得体の知れない人格な上、世話係となれば不安は更に上昇するのは明白だろう。


「何故……。何故私の名を知ッ!?」


 深遠の如く深い紅玉の瞳が惘々(ぼうぼう)とした目つきで男を見据えながら咎めようと口を開く。するとそんな少年の瞳に気付いてか、メルサスは目元の丸型二つを繋げる細いフレームをかけ直し、目を輝かせながら少年に顔を近付けてきた。


「おお……!麗しき鮮血の様な瞳に他とは異なるその美しい網膜模様。伝説と謳われる神の子をこの肉眼で拝める日が来ようとは……このメルサス、感無量であります!!」


 忙しい男だ。


 鼻息がかかる程の距離にまで詰めながら凝視してくるメルサスに、少年は思わず扉に張り付きながら警戒心を露にした。


「私をどうするつもりだ……。アレクシア王国は……っ……?」


 相手の企みを聞き出す為、負けじと咎める少年に、彼は人差し指を立てながら突き出し、それを遮った。


「申し訳ありませんが、これは両国との特別な事情故、お話の方は出来かねます」


 メルサスが言う事情とは何だろうか。

 アレクシア王国とヒューレンハリア帝国は現在停戦中な筈だが、一体何が……。


「貴方様は、皇帝陛下からの招待状を受けた特別な賓客でありますので、此方で丁重に持て成させて頂きます。ご安心ください、此処はこの世で最も安泰の地、我が帝国に身を置けば、心行くまでその生涯を迎えれると、このメルサスが保証致しましょう」


 彼の言い方は安堵を促すものだが、今の少年には到底安心には至らなかった。


 そう、どうしても『飼い殺し』の様な悪い印象を受けてしまうのだ。


「……不安を払拭しきれぬのも無理はありません。突然の状況に、さぞ混乱しておいででしょうから」


 続いてメルサスが同情心を示すと、再び椅子へと座り込み、杖を両手で支え直す。


「……」


 それは彼なりの気遣いなのだろう。


 少年は思い出す。


 あの時の状況を……。


 ……。



『クロ様はもう、この国には不要です……』



 ……。



 あの時の王女リリアンの発言。



 そして最後に見たのは……。



「リーシェ……」



 エルフの女性が見せた最後の表情が脳裏に焼き付いていて離れない。


 何故、あの様な表情をしているのだろうか……。


「私は……やはり邪魔な存在だったのだろうか……」


 思い出せば思い出すほど虚しさが残る。


 何が善で、何が否なのか……。


 クロは、これまで行動を共にしてきた存在からの拒絶に、志していた意思が空虚に染まってゆくのを感じていた。


「……その様子では、持ちそうにありませんね。……っよ、重いな」


 無機質の如く椅子に項垂れる少年を静観していたメルサスは、溜め息をつきながらふと背後にある小さな扉を開き始める。

 彼が奥へと伸ばした両手に握られていたのは、一つの長い布の包みだった。


「……?」


 それを目の前に差し出され、布の包みを見詰める。


 布地に刺繍された大きな紋章は、どうやら国章の様だった。


 見覚えのあるその国章を、少年は忘れはしない。


「クロ様が私めの馬車にご搭乗される際に、相手方より申し受けた品物になります。本来ならば、我が誉れ高き公爵邸にてその思いを馳せるべきなのですが……」


 メルサスが誇らしげに話す最中、差し出された布の包みを反射的にも近い速度で掴み取った少年は、膝の上にそれを乗せると急いで固定している紐を解く。


「……!?」


 のし掛かる金属の様な重さを感じつつ、眼下に広がったのは一刀の剣だった。


 鞘に浮かび上がる黄金の紋章は紛れもなくアレクシア王国の国章。

 柄に何重にも巻かれたその紐は、握れば忽ち食らい付く様に手に馴染む。

 間違いなく少年の両手に存在しているのは、近衛騎士団保有の剣、リフェリオンそのものだった。


「……これは」


 思わず溢れる言葉。


 この剣を少年に授けたのはアレクシア王国近衛騎士団団長であるロザリアだ。


 最初からこうなると分かっていたのだろうか……何故。


 思い詰めた表情で剣を眺める少年に、メルサスは答える。


「そちらの剣を託した方の真意は分かりかねますが、少なくとも絶縁は無いと考えて差し支えないでしょう」


 彼なりの慰めの言葉だろう。

 怪しげな部分もあるが、頼りの綱は選べない状況にあるのは否めない。

 しかし、このメルサスという男が言う考えには確かに認められる部分がある。

 このまま別れたままというのは考えられない、何か根拠となるところがある筈だ。そう思ったクロは、向かいに居座るメルサスを問い詰める。


「頼む……!どうすれば王国へ戻れるのだ!分かる範囲で構わない!教えてほしい!」


 必死に詰め寄る少年に、メルサスは罰が悪そうに視線を泳がせる。


「やはりそう来ましたか……。何度も申します通り、我が帝国とアレクシア王国は特別な事情により、クロ様への情報提供は一切認められておりませんし、私も存じ上げません。どうかご容赦下さい」


「……」


 どうやら諦める他なさそうだった。

 自力で情報を探ろうとも考えたが、この様な囲いでは身動きも自由とはいかないだろう。


「……厳しいようですが、お分かり戴けましたか?」


 大人しく椅子にその小さな体を預け、視線を落とす少年に、メルサスが念のため、容認の度合いを確かめてくる。


「……あぁ」


「……クロ様、もう少しの辛抱故、どうか今暫くお待ち下さい」


 一切の活気が見えない少年の返事に、少し表情を沈ませたメルサスは、そっと言葉をかけてあげる事にした。


 与えられた選択肢は無かった。


 運命に身を任せる事。

 それが最善であるならば、それは皆の願いとは違う……。

 このままでいいとは思えない。


 指に装着された白銀の指輪が視界に入る。


 少年は、諦めてはいけない何かを、確かに胸の奥より感じていた……。





 少年を乗せたメルサス率いる馬車群は、蹄の音を鳴り響かせながら見通しの良い丘陵を乗り越え、地平線の彼方から姿を見せる一つの朱く巨大な山へと向かっていた……。




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