朱き皇帝の聡明遊戯
大地に遍く種々と並んだ赤色の集合体。
溌剌と活動力を魅せる町並みの空高く突き上げるその頂きには、一際異彩を放つ象徴的な建造物が誇らしげに聳え建っていた。
未開拓とは対称的な風貌漂うその幾何学模様の奇妙な壁の中には、独創性を思わせる風情が渾然と支配した部屋が広がっている。
赤の大地と青の空が織り成す光の乱舞が描く大都市を背景に置かれたその部屋の中腹には、二人の人物が向かい合いながら椅子へと腰を掛けていた。
一人は、整然とした赤と白の斑模様の衣服が目を引く栗色の髪を持った優形の壮年男だ。全身には今にも溢れ落ちそうな程の量の装飾品によって飾られている。
もう一人は、長い白髪を惜し気もなく伸ばす初老の男だ。赤い線が走る漆黒が印象的な見慣れない服装で素肌は愚か、輪物線すら見えない。
そんな二人は、椅子で囲む机上へと置かれた一つの台を注視し続けていた。
面を覆う市松文様のマスに合わせて不規則に立つ白と黒の二色の駒は、沈静と君主の命令を待っている。
「連合王国との不戦条約はどうだ?」
閑雅とした物言いで言葉を羅列しながら問い掛けた壮年の男は、対戦相手を見る事無く、台上の黒い駒を動かして攻める。
「順調であります……」
対する初老の男は、低い声を緩慢と唸らせながら白い駒を動かして守りを固める。
「聖国への進攻状況は?」
すると壮年の男は、再び黒い駒の位置を変えながら白の戦力を淡々と殺いでいく。
「順調であります……」
不変の答えを返した初老の男は、駒を操り、王の命を狙う黒の軍勢と交戦する。
「……では」
止まる黒の手。
壮年の男は、鮮緑の眼光を相手に向けながら遊戯での戦勝に便宜を見出だす。
「西側諸国との関係は?」
切迫する圧力を加えられた最中の問いに、初老の男は息を潜める。
「……それは」
幾つもの微細な皺の間から僅かに開かれた口から声が出された時、部屋の扉は開かれる。
「御遊戯中、無礼を重ねます……」
外部から姿を見せた赤い軍服を着こなす一人の兵士。彼は、清閑さ漂わせる態度で、自ら抱えた報せの許しを壮年の男へと請う。
「……話せ」
台上の駒を静観していた彼は、兵士からの申し出に許可を下すと、内容は淡々と告がれる。
「……アレクシア王国への亡命を働いた彼のドラノフが昨今、同領内の山脈に位置する神殿において、その身の命日を迎えたとの事です」
一変する室内の空気。
報せを受けた壮年の男の反応に、兵士は少々恐縮と取れる佇まいで続ける。
「報告によりますと、神の子の仕業であるだとか……」
部屋へと発せられた神の子なる存在。
兵士の報せから間が流れる中、最初に声を発したのは初老の男の方だった。
「また一つ、障礙の肥やしが消えましたな」
白い毛量からふと金色の眼球を覗かせた初老の男に、壮年の男は黒い駒を手に取りながら自身の中に潜む知的好奇心を口にする。
「……興味と謂うものは、ここぞとばかりに我が手中へと訪れるのだな」
その言葉と共に黒の駒が置かれた位置は、白の王の前だった。
「ほっほっほっ、これは一本とられましたなぁ」
これを見た初老の男は、これまでの様子から一変、大層らしい笑いで自身の敗北を皮肉るが、壮年の男は溜め息混じりに肩を竦める。
「何を横風な事を……。遊戯中、幾度となく我が身を打ち滅ぼせたではないか……ウルスラヌ議長よ」
初老の名を口にした壮年の男に、ウルスラヌと呼ばれた初老の男は、生やした髭を自慢気に撫で下ろす。
「いやはや、見抜かれておりましたか。流石は長きに渡る不動の血筋、聡明でありますなぁ」
依然と態度を変えないウルスラヌに、壮年の男はこれ以上返しまいと、扉に立つ兵士へと行動を命じる。
「もうよい……。よかろう。手筈通り、使いの者を向かわせよ。我も早急に支度に入る」
「仰せのままに……」
命を受けた兵士は、深々とした敬礼を贈ると、無駄の無い挙動で部屋を去っていった。
「今宵は、英雄の働きに華を咲かせそうですな」
痛快に話すウルスラヌは、突如態度を豹変させ、不気味な風貌を見せながら壮年の男の名を口ずさむ。
「リグルド皇帝陛下……」
初老の低い声に、皇帝の称号を持つ壮年の男リグルドは、その期待に小さく口の両端を吊り上げた。




