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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
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表裏一体の慈愛心

 女王リリアンの権限で国の庇護下へと置かれてから早幾日、外的脅威から神の子であるクロを護るべく、近衛騎士による監視の目が厳しいのには一向に慣れない。

 世の救済そのものでもある神の子の存在が国中で認知された以上、尚更そうする他無かったのだろう。

 神の子は、エルキア教、そして人々にとって最も重要な存在として、信仰の対象にもなるという。おかげで随分と窮屈で不便な生活を強いられているが、唯一充実と感じたのはロザリアによる容赦の無い剣技までの手解きくらいだ。

 そんな息苦しい王宮での生活を過ごしていたクロに、漸く転機は訪れる。リリアンから外出の許可が下りたのだ。彼女はこの判断に少々渋ってはいたが、精鋭たる近衛騎士が幾人かで同行する事に付け加え、晩課までの帰省を条件に、漸く承諾されたのだ。

 何とも心咎めな気分だが、これを最大の機会と捉えて外の空気を吸おうと動いたクロは、意を決して外出を試みる事にした。


「……外か」


 長らく王宮から出ていなかった気がする。

 クロは、王宮とドルクメニルの都を繋ぐ巨大な門を渡ると、その先で待っていた人物が一人。よく知る人物だ。

 それは適当に整えられた銀灰色の髪と大きな槍の若い男ジルクリードだった。

 彼は近衛騎士と共に来るクロの姿に気が付くと、気さくに手を上げ始めた。


「お、来たな。ようクロ!」


「ジル……」


 何処で外出の話を聞き付けたかは知らないが数日ぶりの外、出迎えが誰も居ないよりは何となく気持ちが柔らかくなった気がする。


「何だよ、せっかく俺が出迎えてやったってのに。しけた(つら)しやがって」


「……いや、そんな事はない」


 取り敢えず否定はしておく。

 感受性豊かとは言えない自分にとって気持ちを伝えられるのは此くらいが限界だ。


「そうか、代わり映えしてないみたいで安心したぜ」


 ジルクリードはそう言ってけたけたと笑いながら少年の頭をぐしゃぐしゃに撫で回す。相変わらずだ。


「早速だが、お前に来てほしいところがあって来たんだ。さっさと行こうぜ」


 視線を逸らすクロの様子に、ジルクリードはにっと笑うと、突然そう言って踵を返す。何か重要な事でもあるのだろうか……。


「行く……何処へだ?」


 行く宛に検討もつかなかったクロは、訝しげに眉を寄せると、ジルクリードは背中越しに答える。


「勿論。レスナーの爺さんが居たアトリエだよ」

 

「……!」


 そうだ。レスナーはあの日、ドラノフ達に連れ去られていた筈だ。

 アトリエ、もしかしたら助ける為の手懸かりが掴めるかもしれない。

 そう考えたクロは、自分を護ってくれた存在への気持ちに、無言で手を握り締めた。


「そこにリーシェも居る。数日ぶりなんだし、顔でも会わせるといいさ」


 リーシェも居るのか。離れてから何週間も経過してはいないが、再会できるとなれば逢いたい。


「分かった……」


 クロは、久々に高まる高揚感に身を委ねつつ、ジルクリードへと続いた。


 ドルクメニルの中心街の外れ、そこは背丈が平均的な石造りの建造物が多く建ち並び、人通りも少く、静かな場所だった。

 恐らくは居住区といったところだろう。

 以前にも訪れた事のあるクロにとって、ここは懐かしさを覚える。


「もうすぐ着くぞ……」


 そう、ジルクリードの言う通り、この道を真っ直ぐに歩けば左手に見覚えのある小さな看板が見えてくるのだ。

 クロは緊張感で高揚する気持ちを落ち着かせながら左へと目を転じる。


「……」


 静かな街角の中にひっそりと建つ木造の建物。唯一ある粗末な窓からは、仄かな明かりが内部を照らし出していた。

 古ぼけた厚い木の扉に打ち付けられているアトリエとだけ彫られた小さな看板を目にすると、クロは背後に控える近衛騎士達へと振り返る。


「済まないが、護衛はここで十分だ。……王宮へ戻って欲しい」


「クロ様、しかし……」


 当然の反応だろう。

 少々狼狽える長らしき近衛騎士に、クロは真っ直ぐ見詰めながら言葉をかける。


「私なら心配ない。このまま護られてばかりでは、この先苦労をすると思う。……リリアンとロザリアにもそう伝えておいて欲しい」


 迷いは無い。自ら研鑽努力しなければ、先に見える光景は、闇に堕ちていると想像出来るからだ。

 そんなクロの目を見た近衛騎士の男は、暫しの沈黙の後、息を吐いて口を開く。


「……畏まりました。女王陛下並びに団長には、その様にお伝えします」


「感謝する……」


 理解した様子の近衛騎士の男に、クロは感謝の意を示す。


「精鋭たるアレクシア近衛騎士団、英雄神の守護において、引き続きその務めを果たして参ります。それでは、クロ様。どうかお気をつけて……」


 そう言って彼等は敬礼を最後に、再び街の中へと引き返していった。


「……良かったのか?」


 そんな一部始終を見ていたジルクリードは、守りの駒を手放したクロを気遣う。


「……ああ。私の生涯は、自分自信で決めると誓ったからな」


「……そっか」


 迷いの無いクロの意思に、ジルクリードは少し驚いた表情をすると、ふと笑いながら納得の言葉を投げた。


 アトリエの厚い扉を押し開いた時に流れ出る独特な木の香り。少々埃っぽいが前回より万倍ましだ。

 そして視界に広がるアトリエの工房。

 部屋の片隅には、羊皮紙の巻物が木箱の中へと整頓されながら収納されていた。

 目の前の作業台を始め、工房内は綺麗に手入れがされており、とてもレスナーが居たアトリエとは思えなかった。

 貶すつもりではないが、自然と比べてしまう。だが……。


「お、随分と綺麗になってるじゃん」


 ジルクリードが室内を見渡しながら感心の声をもらす後ろで、クロは感じていた。


 何だか、凄く物足りなさがあるな……。


 アトリエの主である老人レスナーの姿を思い描いていたクロは、僅かな関係でありながらその記憶を思い出として刻み込んでいた。今は、居ないと思うだけでその気持ちが強くなる。


「あ……」


 そこで唐突に聞こえてくる女性の声。

 クロが声のした方向へと振り返ると、突然視界が真っ暗になった。


「むぐっ……」


 く、苦しい。この柔らかい感触は何だ……。


 クロは、突然の出来事に何が起きているのか分からず、混乱していた。


「クロぉ、逢いたかったぁ……」


 聞き覚えのある優しい声。

 忘れる筈もない、彼女は。


「リーシェ……は、離せ……!」


 そこで漸く状況を理解したクロは、慌てて彼女リーシェを引き離そうと両手を突き出した。


「ご、ごめんなさい。クロとこうして再会出来たのが嬉しくて、つい……」


 クロが距離を置くと、目の前で謝るリーシェの姿があった。少しばかり恥ずかしそうに頬を赤らめている。


「だからと言って、突然この様な……」


「ははは!お前も顔が赤いぜ坊主!」


 狼狽えるクロの赤面を、ジルクリードが笑いながら指摘した。これは不可抗力によるものだ。そう、少年は自分に言い聞かせた。


 そこまで経過していない筈なのに、このアトリエに居ると懐かしく感じる。

 リーシェに待っていて欲しいと言われ、出された紅茶を少しずつ喉へと流し込みながら時間を潰していたクロとジルクリードは、雑談に更けていた。


「ところでクロ……」


 ジルクリードがふと声を掛けると、紅茶の入ったティーカップを口元に持っていっていたクロが反応する。


「……?」


「出来ればでいいんだが、その……クロは、リーシェとどういう関係なんだ?」


 訊きづらそうに質問をするジルクリードに、クロは視線を落とす。


「ああ、嫌ならいいんだ……!無理しなくても」


「いや……」


 他人の詮索はやはりご法度と感じたジルクリードが、背徳感から慌てて手を振るのを、クロは否定する。

 考えてみれば、確かに彼女が何者なのかが分からない。以前、聖国という国にレスナーと居たみたいだが……。

 ジルクリードの質問は、クロを様々な思考へと巡らせさせるが、結論からして。

 

「その……私もよく、分からないんだ」


 それは意外な答えだったのだろう、ジルクリードは驚いた表情を見せる。


「分からないって……」


 しかし、そんなリーシェと共に居続けて感じていた事があった。

 未だにぼんやりとしているが、クロは今胸の中に感じるリーシェへの気持ちを表現しようと口を開く。


「だが、物凄く大切な人だということは分かるんだ……絶対に失いたくない、そんな存在……」


 上手いまとめ方が分からなかったが、これが今、クロが言える限界だった。


「そ、それって……す」


 対するジルクリードは、目を軽く見開きながらクロの表現を真に受けた様な反応を示し、思わず言葉をもらすと……。


「二人ともお待たせしました」


「がっ……!?」


 二人の会話の最中、戻ってきたリーシェの声に反射的に背筋がぴんと伸びるジルクリード。手に持つティーカップから紅茶が少しだけ跳び跳ねる。一方のクロは、鈍感なのかこれといった反応をしない。


「……?お二人とも何の話をしていたんですか?」


 そこを気にしたリーシェが首を傾げる。

 話したい気もするが、話題の対象本人が居ては言葉を詰まらせる。


「実は、私はリーシェの……」


「だああぁぁぁ!今の話は無しだ!無し無し!」


 何の抵抗もなく話を切り出すクロに、ジルクリードが慌てて席から立ち上がりながら止めに入る。


「……何故止める?」


 不思議そうな表情で見るクロに、ジルクリードが動揺する。


「あ、いや……その、物事には時と場合ってのがあってだな」


 何で俺がこんなに焦ってんだよ……。


 急いで何かそれらしい言い分をしようと言葉を羅列するも、内心思考回路に溺れる自分に、ジルクリードは溜め息を溢し、悟りを切り開いた。


「それより、この書物を見てほしいの」


 二人が変な空気になったところで、リーシェは手に持っていた物を机上へと置く。


「これは……?」


 見たところ普通の本だが、随分と使い込まれているのか、至る所に残る傷や凹みが少々目立つ。

 塵や埃がほぼ無いところからして、最近まで使われていた物だろう。

 そんな本の特徴を見据えながら、クロは訊いた。


「これは、レスナーさんが残していった日誌です」


「……!」


 そんな物があったのか。と同時に、クロの中でレスナーの行方に関する手懸かりが掴めるかもしれないという希望をまた抱く。だが……。


「いいのか?まぁアトリエもそうだが、勝手にこんな……」


 どうやらジルクリードも同じように懸念していたみたいだ。家主が不在な中、勝手に手をつけるのは正直抵抗がある。


「心配いりません。レスナーさんに頼まれていた事なので……」


 成る程……と、レスナーとリーシェが顔見知りなだけあると勝手に納得出来た。


「頼まれていた……か。つまり、クロへのメッセージの様なものか何かか?」


 レスナーからの頼まれ事となると、何となく思い当たるのはそれくらいだろう。

 レスナーが伝えたい事となると、その関連性からクロだと考察したジルクリードに、リーシェは頷く。


「はい、ですがここは私が読むより、クロが読んだ方がいいと思いまして」


「……」


 そう言って目の前で開かれるレスナーの日誌。 

 クロは、息を飲みながらページに書かれた文字に目を通し始めた。



『神歴1618年、ロベスト 二十の刻。廃屋同然のこの工房にまともな訪問者とは珍しい日だ。あの若造からの紹介の様だが、どうやら私もまだ主たる三賢老神に見放されていないようだな。嘗ての面影とは異なるが、あの小僧には食事を与えた上で今後も様子を窺うとする』


『神歴1618年、ロベスト 二十一の刻。働かざる者食うべからず。あの小僧に魔術紙の制作を手掛けさせてやったが、驚く程の適応力だ。神託での御告げは、私の聞き間違いではなかった様だ。間も無くリーシェが来る故、邪魔だろう、一時立ち退くと同時に苦手な分野は彼女に任せるとする。

……

……

リーシェがあの小僧に名前を付けた。クロ……英雄の頭文字に星の希望の意味。まさに、今のあの小僧にぴったりな呼び名だ。本当の名を知るにはまだ早いだろうからな』


『神歴1918年、アルシャリオ 一の刻。妙な胸騒ぎがする為、筆を取る。今日は街の様子が何時になく不穏だ。深い闇の様な気配を強く感じる。連中に感ずかれたとなれば、ここでクロを失う訳にはいかん。あの小僧を守護する事は、私に残された唯一の使命なのだ……』



 単調に並べられた文字からは、レスナーの意志がはっきりと汲み取れた気がした。


「……?」


 そこでクロはふと、ページの片隅に挟まっていた小さな紙を見付ける。


「……それは?」


 ジルクリードが気になる様子で紙の正体を訊くと、それを静かに手に取る。

 日誌の文とは違って随分と走り書きだ。



『リーシェ。これを見たならば、恐らく私はこの場におらんだろう。まだ弱く未熟なあの小僧を、クロをどうかよろしく頼む』




 それはとても新鮮な感覚で、胸の奥深くを揺さぶられる様な不思議なものだった。

 レスナーは、私を神の子としてではなく、一人のクロという存在として見ていたのだろうか。


「レスナー……」


 考えれば考える程揺さぶられる思いだった。


「貴方が来てから、レスナーさんは少しだけ変わった気がするの。普段はあんな感じだけど、聖国に居た時とは大違いなんだよ」


 そうだったのか……。

 まだはっきりとした感情を表せないが、気持ちが高鳴る思いだ。これが嬉しさというものなのだろうか。


「レスナーの爺さん、何だかんだでクロの事好いてたんだな……ったく、あの誇り高き三賢者の大魔術師とは似ても似つかないぜ」


 そう言ってジルクリードが頭の後ろで手を組ながら老人への皮肉を口走る。

 三賢者の大魔術師。日誌にうたわれていた三賢老神に仕える魔術師の様なものだろうか。レスナーが持つその称号とは一体……。


「リーシェ、訊きたいことがあるのだが……」


「……どうしたの?」


 クロがふと思い出し、声を掛けると、リーシェが優しそうに小首を傾げる。


「レスナーが持つ、三賢者の大魔術師とは……一体どういうものなのだ?」


 すると、彼女は口元に手を添えながら上を見上げて何やら考えた。

 訊いてはいけない事なのだろうか。

 そう感じたクロが質問を取り下げようとする前に、先にリーシェが口を開いた。


「ちょっと長くなっちゃうけど、いいかな……?」


「教えてほしい……」


 取り入れられる知識は出来るだけ欲しかったクロは、忌憚無く意欲的に頷いた。

 するとリーシェは、何処と無く嬉しそうに微笑むと、彼女の話は始まる。


「えっとね……」


 ジルクリードも知識に疎いのだろうか、彼も耳を傾ける中、クロもまた、その内容へと意識を傾けた。

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