王室の中の二つの空気
遠い遠い大陸の彼方に、広大な砂漠を挟む様にして二つの国がある。
北の山脈の麓に広がる豊かな丘陵に都を持つ豊穣の国、アレクシア王国。
南の険しい雪山を一望し、湿地に聳える巨大な台地に都を持つ鉱山の国、ヴェリオス王国。
魔王の軍勢と下界の人々の戦いの最中、二つの国はもう一つの驚異に対抗するため、ある大きな動きを見せていた。
神暦1615年 アレクシア王国 王都ドルクメニル
王都は何時もより大勢の人で賑わっていた。馬車の荷台からは溢れんばかりの積み荷を運ぶ商人らしき人物、大通りにはご当地の産物を入れた沢山の木箱を屋台へ持ち込む商売人、そして王宮へ続く中央通りには二つの国章を持つ鎧姿の兵士らしき人物が目を引く。それぞれ異なる国章と鎧を持つ兵士は王宮に近付くにつれてその人数が増えていく。
そんな風景を王宮の上部から見下ろしていた白髪の老人が杖を床に突いたまま穏やかな表情を浮かべていた。
「いよいよですな、オルクバルト陛下」
オルクバルト陛下と呼ばれた白髪の老人は、ゆっくりと振り返り、背後に立つ中年の貴族風の身なりをした男性を見る。
「今日、この地で我々にとって歴史的な一歩を踏み出せるのだ。どれ程待ち望んでいたことか」
「これで、帝国による侵略行為に対抗できる手段ができましたな。故に、お二方の関係を不動のものにせねばなりませんぞ」
その発言に目を細めたオルクバルトは、中年の男性をその皺の深い顔から認識出来る程強く睨み付けた。
「口を慎めドラノフよ。娘を軽蔑する発言、たとえ我が国の恩人であっても、容赦はせぬぞ」
「これは失礼致しました。陛下」
ドラノフという名の中年の男性は業とらしい仕草でお辞儀した。
「もう良い、下がれ。直にエリオス王が参る。そなたは盛大に迎え入れる様、手配を急ぐのだ」
「仰せのままに」
オルクバルトの命に再びお辞儀をすると、ドラノフは部屋を後にした。
あやつには大きな恩義があるが、信用ならぬ男だ。警戒を更に上げるべきであるな……。
オルクバルトは眉間に皺を寄せると、杖が悲鳴を上げるほど握る手に力が入る。
「陛下、皇女殿下のお召し物が出来上がりました」
ふと部屋に鳴り響くノック音の後にメイドの一人がお辞儀をしながら報告にあがる。
そして、そのメイドの背後からヒールの音がコツコツと一定間隔で近付いてきた。
「お父様!」
陽気に満ちた若い女性の声はたちまちオルクバルトの揺らぐ心を鎮める。
「おお、リリアン。実に見事な召し物であるな、よくお似合いだぞ」
にこやかに表情を崩すオルクバルトにリリアンと呼ばれた若い女性は、黄金の装飾に包まれた白のドレスを着こなし、金色の長髪を飾る豪華なティアラは、人を魅了するのに相応しいものであった。
「お褒めに預り、喜ばしい限りです、お父様!今日、この日が迎えられたことは、我が国にとっても至高の喜びでしょう」
「うむ。リリアンよ、また一段と母君に似たな」
満足そうに頷くオルクバルトにリリアンは少し視線を逸らせた。
「お母様ではなく、私を視ていただきたかったです……」
「おぉ、済まなかったな。私としたことが……」
申し訳無さそうに頬を掻く素振りを見せるオルクバルトに、リリアンはにこっと微笑む。
「ふふっ、大丈夫ですよ!これより二国間の記念すべき場で、アルバート様と契りを交わすのです。ここで気を落としては、アレクシア王国の皇女としての威厳が損なわれてしまいますから」
「そうだな。では、参るとしよう。いちアレクシア王国の王族として、ヴェリオス王国に最高の持て成しをしようではないか」
オルクバルトはそう言いって退室しようと扉へ歩いていくと、リリアンは元気に返事をしながらその後に続いた。