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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
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冥府の餞別

 遥か上で光輝く満月が嫌に明るい夜。

 山の麓に広がる草原は、大地を這うようにして地平線の彼方まで続いていた。

 道一つ見当たらないこの地では、本来魔物と呼ばれる獰猛な生命体が徘徊していてもおかしくない。

 だが、不思議にもこの時だけはそれと異なっていた。

 地上に顔を出して間もない若草達を、紅黒く染まった液体が点々と染めながら一つの方向目掛けて伸びている。

 恐らくは血によるものだろう。

 何者かが残していった血痕を辿ると、その先を一人の影が蠢いていた。

 人の種であるそれは、起死回生の策を講じて神殿から這い出て来た男、ディオルだった。

 死神と云われ、神の子の象徴でもある紅玉の瞳は既に無く、今灯る色は鮮やか緑。

 それは力の喪失、即ち一般的な人を指していた。


「はぁ……はぁ……」


 這いずる度に漏れる枯れた声。

 ディオルの左に付いている筈の手足は無く、既存する片方の腕と脚をひたすらに動かしながら体を引き摺らせていた。

 表情は深い闇と混沌によって酷く乱れており、正気の沙汰ではない。


「……魔力が……残る限り、……私はまだ……」


 弱々しく絞り出された声に、生命としての活力は感じられなかった。

 挙動を重ねる度に奪われていく体力。

 現実への否定を胸に進み続けるディオルに、それは聞こえてくる。


『……逃げられない』


 突として耳へと入り込んできた幼い少女の声。

 その声は、大きな刺激となってディオルの深層心理を奮い立たせた。


「……!?な、何者だ!」


 ディオルは反射的に周囲を睥睨するも、それが何処から聞こえてきているのかまでは分からない。


『……逃がさない』


 更に聞こえてきた声もまた、幼い少女によるもだが、先程とは別の存在だ。

 不可解な現象に混乱した男は、胸部を膨らませ、声を張り上げた。


「耳障りな、姿を見せろ!」


 憎しみに満ちた彼の声は、万物に対する憎悪の念で埋め尽くされていた。

 しかし、そんな念も姿を見せた二つの存在によって掻き消される。

 闇の気流と共に目の前に現れた二つの黒い球体。

 異様な気配を漂わせるそれは、この世ではない異質な存在感を放っていた。

 球体を維持していた二つの存在は、瞬く間に『人の姿』を形成していく。


「なん……だと……」


 驚嘆の剰り目を見開くディオルの前へと姿を見せたのは二人の少女。

 一見して双子にも見える彼女達は、深い闇で全身を纏っており、まるで近付く者を呪うかの様な不気味さだ。

 お互いに肩を並べて隣り合う二人の少女は、同じ背丈と黒い髪を持ち、身に纏う漆黒のドレスは、聖職者の喪服の様なものを連想させる。

 二人の少女は、雰囲気とは異なる幼い顔に浮かばせた金色の瞳をディオルへと向けた。


『……私達は冥府の使い』


『……迷える魂、救済に訪れた』


 彼女達に向けられた言葉を受け、呆然としていたディオルに理性が戻る。

 『救済』という名が持つ意味を、ディオルは一千一隅の機会と捉え、表情を不気味な笑みによって染め上げる。


「……そ、そうか。貴女達が主の使い」


 後が無い危機感からの脱出。

 ディオルは、這いつくばる体から手を広げ、冥府の使いを名乗る二人の少女を見上げた。


「なんたる幸運、素晴らしい……!さぁ、今こそ私に再び神の加護を!」


 歓喜に満ちたディオルは、自らのキャリアを()り戻そうと『救済』を請う。


『力に縋る者に、浄化の時は訪れた』


 そんな彼に対し、二人の少女は微塵も表情を変えずに言葉を突き付けた瞬間だった。


「かぁっ……!?」


 唐突に押し寄せる重圧。

 頭の中から全身にかけて引き裂かれるかの様な激しい痛み。

 堪らず上げる声すらも失う程の未知な力は、ディオルの肉体を溶解していく。


「……ぁ……が……」


 もはや感覚は無かった。

 溶けながら消えていく自らの血肉をただ見る事しか出来ないディオルは、徐々に呼吸機能が停止し、そしてその意識を永久に閉ざしていった。


『偽りの子、魂と肉体の浄化に終る……』


『その悪しき光は、永遠(とわ)の箱庭へと誘わん』


 骨すら残さず大地の一部へと還したディオルを見届けた二人の少女は、それぞれに『救済』なる言葉をかけると互いの顔を見合せた。


『次は神の子、英雄の意思……』


『神の子、その意思不明朗……』


 相互に金色の瞳を見詰め合う二人は、『神の子』の存在を確認する。


『我らが主の意思に従い、かの者を滅する』


『我らが主の意思に従い、かの者を滅する』


 二人の少女は、最後に言葉を合わせてお互いの目的を語ると、再び漆黒の球体となって闇の中へとその姿を閉ざしていった。

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