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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
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傭兵の理

 そこは蒼然とした空間だった。

 飲食店であろう木の板が張り巡らされた屋内には、人が三名程囲める小さな円卓が不規則に設置され、部屋の隅には沢山の樽が乱雑に積み重ねられている。

 そして奥には草臥れた長い木製のカウンターが、酒が詰められた沢山の瓶をバックに、物寂しそうに客人を待っていた。

 客人ならば、カウンターの奥に並ぶお酒を見れば、忽ち欲望に支配されるだろう。

 しかし、今この場で酒を豪快に呷ろうものならばこの目の前の大男が許さない。

 そう確信できる。


「久し振りじゃねえか、逢いたかったぜえ?ジルぅ」


 顔面に無数の傷痕を残す短髪の大男は、背後に部下らしき人々を待機させた状態で椅子に腰掛け、木の円卓の上で両肘を付いて顔の前で手を組む。彼が座ると随分と円卓が小さく見える。


「だ、団長……お、お久し振りです……」


 対するジルクリードは、顔色悪そうに目を泳がせていた。今にも死んでしまいそうな程である。


「この期に及んで団長と呼んでくれるたぁ嬉しいねえ……」


 大きな皮肉だろう、団長と呼ばれた大男は、威圧的な目力を向けながら口だけ笑って見せた。


「あ、あぁ……はい」


 ジルクリードは更に視線を落としながら弱々しく返事をする。

 そんな彼を、部屋の隅に立つクロとリーシェが心配そうに遠目で見守っていた。


「てめえ今まで何処ほっつき歩いていやがった!!」


「いぎいぃっ!?」


 静かな空間から一変し、円卓が砕け散るかの様な勢いで怒涛の圧力をかける大男に、ジルクリードがその人物像からは想像できない悲鳴を上げる。


「おめえが団を離れたせいでこっちはどれだけ苦労したと思ってんだ……あぁ?」


 身を乗り出した団長の大男は、ジルクリードの胸ぐらを無造作に掴んで引寄せる。何故彼が怒っているかは不明だが、いろいろと訳ありの様だ。


「ち、違う!俺は……!」


 表情からでも容易に汲み取れる程必死なジルクリードの姿に、大男は少しの間だけ彼の様子を見据えると、軈て大きな溜め息をついてその拘束を解く。


「……まぁ理由は大方予想は出来るがな。ったく勝手な野郎だ」


 そう言って自分なりに悪態をつく大男に、ジルクリードが恐る恐る訊ねる。


「団の、みんなは……」


 そんな問い掛けを受けた大男は、目線のみを向けると、両手をくるくると回しながらジェスチャーする。


「全員、あれから何処かに散っちまったよ。……今ここに居るのは俺とブレイスだけだ」


「……そうすか」


 どうやらジルクリードは思い詰めている様子だった。


「ジル……」


 彼の姿を後ろでリーシェと見ていたクロは、その名前を呟く。

 人が何故感情的になるのかはまだ理解が出来ないが、クロには目の前で沈むジルクリードの姿を見て、他人事ではないという事だけは分かった。


「……そういや、そこに居るのはジルの連れか?」


 ジルクリードの影から顔を覗かせながら、此方を伺う大男が質問する。

 何者なのか知りたいのだろう。そう思ったクロは一歩前へと進む。


「クロだ……」


「リーシェと申します」


 クロは軽く会釈し、同様にリーシェは深くお辞儀をしながらそれぞれ名を名乗ると、大男は一切反応する事無く、二人を注視し始めた。

 クロが神の子である事を悟ったのだろうか、しかし彼の変わらぬ表情からはその真意は汲み取れない。


「なあジルよ……」


 軈て大男は表情を変えずにジルクリードへと視線を送り、ふと呼び掛ける。


「……?」


 呼び掛けられたジルクリードは、小さく首を傾げながら疑問の様子を見せる。

 クロは、足を踏み入れてはならない場所だったのかと思い、目の前の集団に敵意を向けて警戒する。

 そんな殺伐とした空気が流れる中、大男は言う。


「……同行する仲間が餓鬼とエルフの女ってのはどういう趣味だ?」


 そして空気は止まった。


「趣味じゃないですよ!」


 静寂が広がる室内で、あらぬ疑いを掛けられたくなかったジルクリードは全力で否定した。


 それから彼のフォローをするべく、クロとリーシェから事情を聞いた大男は、何度か頷きながらようやく納得した様子を見せる。なお、目力は緩んでいない。


「そう言うことか、ならさっさとそう話しやがれってんだ……」


 と、目の前の大男はそう言うが、あの威圧力では安易に口答え出来たものではない。

 それから大男は、椅子へと深く座り直し、改めて槍の彼の後ろに立つ二人を見据え、口を開く。


「……俺はハウゼン、一応は傭兵だ。……ブレイスと、ついでにこいつは俺が束ねていた傭兵団に所属の若造共だ。いつも世話かけてるな」


 どうやら悪い人間ではないみたいだ。

 ハウゼンと名乗った大男は、頭を少しだけ動かしてジルクリード(こいつ)とブレイスを指し、槍の彼の日頃の非礼を代表して詫びてきた。

 因みにジルクリード(こいつ)は、少々不本意に感じているのか、不快感を滲ませている。


「自称、感謝する……」


 見知らぬ相手に対し、迂闊に名乗るのは安易な判断と心得ているのだろう、名を名乗るハウゼンの行動に、クロは感心と敬意を示す。


「あの……ブレイスさんはずっとハウゼンさんと共に行動していたのですか?」


 ふとリーシェから質問が飛ぶと、ブレイスは円卓から離れた壁に寄り掛かったまま優しげに微笑んで頷く。


「勿論!俺と団長は行動を共にしていたよ」


 その時、ジルクリードが目を見開いた。

 それはブレイスが『あの騒動』からハウゼンと共に行動していた事に繋がるからだ。

 そう認識したジルクリードは、思わず席から立ち上がる。


「ちょっと待てブレイス!王国からの依頼で合った時から既に団長と一緒だったって事かよ!」


 突然の確認に、ブレイスは陽気に笑いながら頬を指先で掻く。


「いやぁ悪かったよ……、その」


 彼はそこで言葉を切ると、ハウゼンと目を合わせ、何やら意志疎通を図り、また目線を戻す。


「まぁ、訳を話すとだな。俺は諜報活動として、ドラノフの配下になった王宮に潜り込んで必要な情報を収集をしていたんだ」


「諜報活動……?」


 訝しげに眉に皺を寄せるジルクリードに、ブレイスは頷く。


「ああ。あんた等の目的は情報だろう?せっかくのお客人が来てるのにお目当ての商品が無いと意味がないしな」


 何故だろう、彼はまるで最初からクロ達が来ることを予測していたかの様な言い回しだ。

 ロザリアの口から『情報屋』という言葉が出てきたのも疑問だが、それ以前に周りに自分が見抜かれている様な感じがしたクロは、強い警戒心を覚える。

 しかしここで立ち止まっていては他に取り付く島も無いだろう。


「……ならばその情報を譲ってほしい」


 クロは彼等の思惑に便乗するような形で情報の提供を促した。

 すると、彼等は互いに顔を見合わせると、ハウゼンが答える。


「悪いが、今は交渉のテーブルは用意出来ないんだ」


 答えはまさかの拒否だった。

 何故彼等が断ったのか、その真意は分からないが、表情を見る限りそう深刻そうには見えない。


「な、なんでですか!」


 このまま交渉に入れると思っていたジルクリードは、思わぬ展開に慌てて訳を問うと、ハウゼンは軽く笑いながら両手を軽く左右に開く。


「交渉する権利を持つのは俺達じゃねえ。うちのボスだ」


「ぼ、ぼ、ボス?」


 ジルクリードにとってハウゼンの口から目上の人物像が出てくるのは想像できなかったんだろう。思わず目を丸くし、激しい思考の渦に飲み込まれ始める。


 ……ちょっと待て、団長のボスって一体なんだ。魔物や山賊顔負けの力と圧力を兼ね備える団長にボス?。決して団長は他人を上と認めない人間だ。この人は何を言ってんだ?。待て、落ち着け俺、これは冗談だ。冗談に決まってる。


 小さな円卓の縁を両手で掴みながら視線を転がし、頭の中でジルクリードは葛藤した。相当動揺しているのだろう。

 そんな滞る状況の最中に、新たな兆しが訪れる事になる。


 ギィ……。


 ふと木と木が軋み合う音を室内に鳴り響かせながら玄関扉が開いた。

 そして……。


「戻ったぞ……」


 幼い女性の声がした。

 三人は声のする方向に視線を向けると、そこには扉よりも一回り小さい一人の小さな少女が立っていた。

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