表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
21/56

光を求めて

 階段を降りる程に闇はその力を増す。

 それは来た道とは異なり、地下へ地下へと突き進んで行く。


「くっ……離せ!」


 ここまでクロは幾度も抵抗するが、それは体を捻らせたり腕や脚を前後左右に動かす程度のものでしかなく、魔術等の大それたものは扱えない。


 その様な無力に等しい抵抗が複数の兵士を退けられる筈もなかった。


 地下へ続く階段を一歩一歩踏み締める度に闇を肌に感じ、それは未知への恐怖となってクロの心を侵食する。



 軈て道は一つの扉へと辿り着いた。


 灯りが最小限にされているのか、そこは薄暗く、目の前まで来なければ物の存在を確認出来ない程だ。



「入れ……」



 目の前に立ち塞がる粗末な金属製の扉が開かれ、クロは強引にもその先の空間へと押し込まれる。



「ここで大人しく待っていろ」



 入室と同時に解放されたクロは、兵士の言葉に反応すると、扉の方向へと振り返る。



「待つ……?何の話だ!」



 扉は閉ざされた。


 金属製の扉の閉鎖音に邪魔されるかの様にクロの声は押し潰され、兵士に届かない。



「……!」



 クロは閉められた扉へ駆け寄り、開けようとするが当然開くことは無かった。



「どこか……、どこかないか」



 次に急いで自身がいる空間を手探りで調べ始めた。


 まるで黒く塗り潰されたかの様な空間から感じれるものは頑丈な石壁ばかりで何もない。



「……」



 手段を失ったクロはその場で足を崩した。



「これが……答えか」



 クロは自身の選択を笑った。


 実に滑稽であり、無様だ。



 やはり、最初から無力だったんだな……。



 負の感情が次の負を生み出す。


 クロは、ただ床に腰を落としながら時間が過ぎるのを待つことにした。


 ただひたすらに……。



 …



 …



 …



 足音がする。


 次第に近くなっていくその足音はおそらく一人のものだろう。



「……」



 クロは足音に気付き、力なく視線を扉へと向けると、扉の上部にある小さな窓から小さな灯りが揺らめいていた。



 いよいよか……。



『……分かった。頼むぞ』



 話し声だ。


 しかし話しているのが誰なのか、今のクロにはそんな事の情報は一切入ってこなかった。


 無気力に陥るクロが扉の小窓一点に視線を向け続けていると、一人の人影が見えてきた。


 その人影は、もう一人の人影が去ると同時に扉へと近付いてくる。


 次第に浮かび上がってくる人影の姿を見たクロは、目を見開いた。


 そして、静かにその人影の名を呟く。



「……ジル」



 漆黒に染まる空間の中、ふと姿を見せたのはあの時の傭兵、ジルクリードだった。

 彼が持つ鮮やかな銀灰色の髪は相変わらず無造作に生い茂る草木の如く伸ばされ、整髪というものを感じさせない。

 そしてその顔から漂う陽気な気配はこの場の雰囲気には似ても似つかないのは誰が見ても明白だ。

 しかし、今この状況において彼の気配ほど安心が出来るものは無かった。

 クロは彼の存在に驚き、思わずその名前をもらすと、ジルクリードはそれに気が付いたのか、此方へと振り向く。


「ん……?」


 二人の視線は重なった。

 闇の中ではその姿を認識するのは容易ではないが、対象がクロだと理解した途端、ジルクリードは眉間に皺を寄せる。


「お前、あんときの坊主じゃねえか。こんなところで何してんだ?」


 彼は状況が分かっていない様子だった。……と言うよりはクロ自身何故この様な状況になっているのか、此方が訊きたいくらいだ。


「……」


 詳しく話せば少々長くなる情報量だ。そんな事にクロはどこから話すべきか考えていると、暫くクロを注視していたジルクリードがふと何かに気付いた様に表情を緩める。


「ああ!さてはリリアン様を一目見たくて来たんだろ」


「リリアン様……?」


 リリアンと言うのが何者なのかは知らないが、高位の敬称をつけるからにはこの国の王族か何かだろう。

 そう考えていたクロに構わず、ジルクリードは言葉を繰り出す。


「うんうん、分かるぜその気持ち。可愛いもんな!」


 本当に相変わらずな男だ。

 腕を組ながら勝手に持ち出した話題に一人で同情するジルクリードに、クロは少しばかり沈んでいた気持ちが和らいだ気がした。


「……しっかし、ヴェリオス王国の実態調査で国に雇われた筈が、何でこんな事させられてんだ」


「……?」


 ふと独り言の様に愚痴をこぼしたジルクリードに、クロが反応する。

 それはドラノフが言っていた事と今のジルクリードの言葉の内容とは少し齟齬があるように思えたからだ。


「……て言うか坊主、レスナーの爺さんの所へは行かなかったのかよ」


 あの時、王都の中央広場での事を思い出したのか、ふとジルクリードが話題を変えてきた。

 彼の口から一人の老人の名前が出てきた途端、クロの中でレスナーの姿が浮かんできた。

 自身が無力なばかりに状況を変えることが出来なかった事実に、悔しさが込み上げてくる。

 そんな感情による衝動を押さえつつ、クロは静かに口を開く。


「アトリエには行った。…だが」


 そしてクロは思い悩んだ。

 今、クロを監視しているであろう立場の彼は、恐らくドラノフという男の配下にある。

 その為、不用意に話して墓穴を掘る真似は避けたかった。


「お、悩み事か?。坊主はまだ若いしな、お兄さんが何でも相談に乗るぞ!」


 クロの僅かに沈んだ表情を観察していたのか、ジルクリードはふと乗り気で耳を傾けてきた。

 彼には返すべき恩がある。重ねて助けを請うのは厚かましいが、不思議と直ぐにその後ろめたい感情は、彼の豊かな恩義によって払拭されようとしていた。

 他に道は無かった。意を決したクロは、ジルクリードを見据える。


「聞いて欲しい……」


「お、いいね。話してみろよ」


 此方の話を陽気に待つジルクリードに、クロは自身の中で事の経緯を集約し、話す。


「……あれからアトリエは、複数の兵士によって弾圧された。そして国家反逆の罪を問われたレスナーはそのまま連行され、私はドラノフの配下になるかの選択を迫られたが、断ったんだ……」


 内容をまとめ、粛々と話すクロの悩みは

、ジルクリードにとってそれは予想外な回答だったのか、一瞬の間の後に彼は少し困惑した様子を見せる。


「は……?」


「そこでロザリアという人物の救出を頼まれた。……だからジル、そなたに協力して欲しく思う」


 困惑する彼に構わず、今話せる情報を簡潔に引き出し、協力を請うクロに、ジルクリードは慌てて声を上げる。


「まて!そりゃあどういうことだ?」


 動揺するジルクリードが話に食い付く様に扉の窓に顔を寄せる。


「……ドラノフという人物は王家から権力を奪って国を支配するつもりの様だ」


 あの女性の言う事は、先程のドラノフとの会話で確信に変わっていた。

 躊躇の無いクロの話に、ジルクリードは緊張感を得たのか、表情がかたくなる。


「つまりは……ロザリアがその状況を覆す鍵になるかもしれないわけか……」


「ああ……」


 クロは肯定した。

 それからジルクリードは沈黙を始める。彼の立場からしてこの協力の受け入れは謂わばドラノフへの裏切り行為になる為、そう容易ではないだろう。

 間の時間の量だけ不安が積もる。

 しかし、沈黙していたジルクリードは軈て大きく溜め息をついた。


「ふう、成る程な。……ったく、今日は厄日になりそうだ」


「……!?信じてくれるのか」


 正直この話を飲んでくれるかどうか不安だったクロにとっては思わぬ機転となった。

 少し目を見開きながら問い掛けるクロに、ジルクリードはにっと笑った。


「ああ。確かに坊主の言っていることは辻褄が合う、気味が悪いくらいにな」


 どうやらジルクリード自身もまた疑問を抱いていた様だ。そして、彼からクロの求めていた回答が来る。


「協力してやるよ」


 絶望が希望へと変わった瞬間だった。

 馬車での件といい、彼には感謝が尽きなかった。

 その一言で心までも救われた感覚を抱いたクロは目を瞑り、頭を下げる。


「……感謝する」


 クロの礼を聞いたジルクリードは、手をひらひらと動かしながら一掃する。


「礼は一件落着した後にしな。……さて、どうすりゃいいんだ?」


 早速ジルクリードがこれからの行動について訊いてくると、クロはあの時の女性の言葉を思い出しつつ、正確に答える。


「ヴィッツェイラ砦へ向かう。そこにロザリアがいる筈だ」


「ヴェリオス王国の占領下にあるところだな……。よし!、そうと決まれば坊主をさっさと連れ出さないとな!」


 クロから目的地を聞いたジルクリードは、直ぐに動いてくれる様だ。


「鍵を持っているのか……?」


 ジルクリードの様子からして直ぐに開ける様な素振りだった。


「鍵?そんなもんねえよ。……まあ安心しろ、俺には俺のやり方があるんだ」


 無表情に近くも僅かに期待で表情筋を緩ませるクロに、ジルクリードは真っ向から否定する。

 それからジルクリードはクロを閉じ込めている扉へと目を転じると、そこから感じられる魔力に意識を傾け、直接扉に指を触れて何かをなぞる様に動かした。

 すると、その扉から浮かび上がった円形の魔法陣に描かれた文字の様なものを確認したジルクリードが呟く。


「やっぱりな、物理攻撃や魔術攻撃に特化した防護用の術式が張られている。随分と繊細なものみたいだが……」


 そう言ってジルクリードはその背に負われた大きな槍を片手に軽々と持つと、クロを見る。


「坊主、離れていろ」


 ジルクリードのやり方は実に単純明解だった。

 そんな彼から汲み取れる行動は『破壊』。それだけだった。

 分かりやすいやり方にクロは勝手に納得すると、ジルクリードの指示に応じて直ぐに扉から離れた。

 ジルクリードは、クロが待避した位置を確認すると、槍を構えた。そして……。


「おらっ!」


 眩い閃光と共に金属の鈍い音が激しく鳴り響いた。


「……!」


 クロは、その身に感じる衝撃波と舞い上がった塵の猛襲に堪らず目を閉ざす。

 そして荒れた空気が収まり、部屋に静けさが戻ると、クロは静かに目を開く。

 目の前に転がるのは咲いた花の如く床で造形美を演出する謎の物体だった。クロが見て直ぐにそれが自身を閉じ込めていた筈の金属製の扉だと認識する。しかし、知らぬ人が見れば、扉と言われなければそれが何なのか分からない事だろう、あれだけ頑固に閉ざされていた厚い扉が随分と無様な姿だ。

 目の前の出来事に呆然と扉を見下ろすクロに対して、ジルクリードが透かさず催促する。


「何してんだ。誰か来る前にさっさと行くぞ!」


 そう言って槍を担ぐジルクリードに呼び起こされたクロは息を飲んで頷く。 


「ああ……!」


 そして二つの意志が一致した時、二人は走り出した。




 漆黒に染まった煉瓦が規則的に積まれて造られた幾つもの通路が入り組む地下は想像以上に複雑だった。

 どこへ行っても仄暗く、湿度を肌で感じられる程居て不快に感じる。

 床の至るところには意識が抜けた兵士が力無く横たわっている。何者かの攻撃によるものだろう、彼等が横たわる先からは忙しい足音が共鳴していた。

 足音の正体は地下通路を走る二つの人影。二人は立ち塞がる兵士を次々と捩じ伏せながら突き進んでいた。

 二人の走る視界が変化する中、後に続く小さな少年クロは、目の前の銀灰色の髪の男ジルクリードに頼る他無い状況だ。


「来てるか!?」


 前方を走るジルクリードが念の為、背後のクロに追っ手の有無を訊く。

 クロは意識を傾け、周囲、そして後方に注意を向ける。人の気配はない。


「……来ていない!」


「よし、このまま駆け上がるぞ!」


 道は軈て上へと続く長い階段に差し掛かった。

 二人は勢いを落とさず、そのまま階段を駆け上がる。


 上には見張りの兵士が二人、どう突破するか……。


 ジルクリードは地下へ降りる際の見張りの配置状況を記憶から引き出し、素早く対策を考えた。

 しかし、強行こそ突破の核心という固定観念がジルクリードを悩ませようとする種を一掃する。


「坊主!突破するぞ、俺から離れるな!」


 階段の行く先から光が差し込んできたのを視認したジルクリードが槍を構えてクロに注意換気をする。


「……!」


 地下を出た。

 クロは地下との光の差に思わず目を瞑る。


「ごふっ!?」


 その直後、鈍い音と共に体内の空気が一気に吐き出される様ななんとも腑抜けた声が聞こえた。

 ジルクリードが立ち止まった事に気付いたクロが足を止め、その先を見る。

 誰かが倒れていた。

 見たところ兵士ではなさそうだ。鎧を身に付けていないが、手にはしっかりと鋭利な剣が握られている。

 そして白目を向けたまま大の字になっているその濃褐色の短髪を持つ男は若く、ジルクリードと大差が無い様に感じる。


「お……ブレイスじゃねえか」


 ジルクリードが倒れている人物の名を呟く。様子からして知り合いか何かの様だ。

 ブレイスと呼ばれた男は、ふと意識が戻ってきたのか、激しく咳き込みながら体を捩ると、涙目でジルクリードを見据えた。


「急に攻撃しやがって……。要人の見張りに行ったんじゃないのかよ」


 二人を交互に見つつ、取り敢えずジルクリードに問い掛けるブレイスに、ジルクリードはばつが悪そうに顔の前で手を垂直に立てた。


「ああすまん!今は時間が無いんだ!話は後な!じゃっ!」


 そう言ってジルクリードは再び走り出す。


「……失礼する」


 残されたクロは取り敢えず目の前で横たわるブレイスにお辞儀をしつつ、後に続いていった。


「ちょっ、報酬はどうするんだよっ!」


 ブレイスがふと思い出したかのように慌てて駆け抜けるジルクリードの背中に叫ぶ。


「お前に全部やるよ!……」


 それは即答だった。

 まさかこうなるとは思わなかったのか、残されたブレイスは呆然と床に座り呆ける。


「……え?」


 そう言って二人の背中姿を見届けるだけが、今彼に出来る裁量の限界だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ