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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
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囚われの身から



 アレクシア王国の救済。



 少年の承諾を受け、そしてリアンネから聞かされたのは、意外な事実だった。


 アレクシア王国の重臣であるドラノフは、長年敵対関係を持つヒューレンハリア帝国という大国からの亡命を果たした数少ない人物なのだ。

 彼は、帝国の技術でもある『魔科学』を持ち出し、この王国へと伝えた上、帝国との停戦協定すら実現させた。

 こうして彼は民からの信頼を得ていったという。


 しかし、今から三年前。南の隣国であるヴェリオス王国と結ばれた『十二柱の盟約』により、二国間と永遠の共存を誓ったアレクシア王国。


 神々の盟約に従う事で信仰からの恵みを永遠のものとする代わりに、その誓いを破棄した国には神罰(・・)を以て制裁を受けるという究極の盟約……それが『十二柱の盟約』なのだという。

 


 そしてこの盟約を推したのは、他ならぬドラノフであったのだ。



 彼は魔科学と宗教の奇跡を堅く信じ、それは国境を越え、人種を問わない幸溢れる世界を実現するという大きな思想を抱いていた為とのこと。


 しかし近年、停戦という協定違反を犯した帝国が再び王国への攻撃を開始。


 あろうことか、同時期において盟約を交わした筈のヴェリオス王国も並んで『十二柱の盟約』を破棄。多くの軍を動員させ、アレクシア王国へと攻め始めたのだ。


 この二国の侵攻時期がほぼ一致した事に関してはとても偶然とは思えない。


 そして、ドラノフの動きに異変が起きたのはその頃。


 彼は、混乱する王政を裏で巧みに操り、更なる信頼と共に徐々にその権力を我が物へと近付けていったのだ。


 アレクシア王国は古来より、王族自らが戦地に赴き、軍の士気を上げる風習が定着していた。


 リアンネ曰く、ドラノフはこの風習を利用し、自身の邪魔となる王族を戦地に赴かせていたのではないかと睨んでいるようだ。


 こうしてドラノフは、衰退する王族と入れ替わる様にその力を高めていった。



 ……。



「……つまりドラノフなる者は、王国の実効支配を」


 彼女リアンネの言うことが正しければ、クロがあの時、朦朧とした意識の中で会話をしていた男はドラノフだった可能性が高い。


『王族を始め、障害と見なされた重臣や貴族は今、ドラノフによって強制的にそれぞれが隔離された状態での幽閉を余儀無くされています……』


 想像以上に事態は悪い状況のようだ。

 数日間王都の街中で行動していたが、不思議にもその様な危機的状況に陥っているとは到底思えない。

 ドラノフとリアンネの証言、一見どちらも不透明なものが多く、眉唾物に感じるが、実際にあのドラノフと思われる口髭の男の行いや言動を聞く限り、信じるべきなのはリアンネなのだろう……。


 そう自分なりに捉えたクロは、彼女へと耳を傾ける事にする。


「どうすればいい……私に出来ることは……」


 そう、主なその後の行動だ。

 無事にここを出れたとしても、策略が無ければ空振りになるのは目に見えている。

 自称一人の少年でしかないクロに、国の救済を求めるという事は、相応の理由がある筈なのだ。多少は疑わしいとは思うが……。


『……この王国には、西側諸国最大の戦力でもある近衛騎士団が存在しています。彼女達は今現在、攻め込むヴェリオス王国軍から南のヴィッツェイラ砦を防衛、奪還すべく戦っている状況です』


 西側諸国最大の戦力。

 これがドラノフから王国を取り戻す為の力となるわけか……。


「その者達は、この国の置かされた状況を知っているのか……?」


 いくら精鋭部隊と云えど、この状況を差し置いてまで他の情勢に首を突っ込む様な無様な真似はしない筈だ。

 それとも、その砦を守護するに足る利点があるというのか。


『……恐らく彼女達は知らないでしょう。知っていたとすれば、間違いなく王宮に留まり続けていた筈です』


 何やら訳有りの様だが、これまでのリアンネの説明からして、あのドラノフという男が翻弄しているのは否めなさそうだ。


「……して、どの様に報せればいい」


 そう、直接会ったところで何処の馬の骨かも分からぬ様な一人の少年の発言に素直に耳を傾けてくれる程お人好しではないだろう。

 そんな少年の疑問に対し、リアンネが軽く考えた様に唸る。


『……クロ様の場合、そのままお伝えしていただければ結構かと思いますが。分かりました……』


『その近衛騎士団を指揮する団長の名はロザリア・リンデブルムという褐色の髪を持つ女性です。リアンネからだと伝えていただければ納得していただけるかと思います……』


 リアンネから伝えられたロザリアという女性。どうやら彼女がドラノフを食い止める為の鍵となりそうだ。


「……ロザリアか、分かった。その様に伝えよう」


『……深く感謝致します』


 了承するクロに、言葉を震わせるリアンネ。

 どうやら話を呑んでくれた少年に対する感情から来ているものだろう。



 クロに託されたもの。



 それはこの場所から脱出し、南の砦へと向かい、そこでロザリア率いる近衛騎士団にドラノフの陰謀と今の状況を報せ、連れ戻すことだ。


 これで最低限必要な情報は揃った。

 後はここを脱出するだけだ。


「……早速ここを出る方法を探るか」


 人が移動している今が絶好の機会。行動を始めるにはうってつけだ。


『はいっ!』


 少年の行動示唆させる言葉に、彼女リアンネは希望に満ちた声で返事をする。


 少年の小さな脱出劇は、ここから始まる。





 流れる時間が焦燥感を煽る。

 そんな中で、クロは脱出の為の活路が他にないかと室内を見渡していた。


『……内装からして、恐らくここはドラノフの屋敷かと思われます。王都貴族街の外れにある建物ですね』


 内装の特徴から浮上する所有者の名を、リアンネは口にする。


「貴族街の外れか……」


 クロは、レスナーのお使いで王都を散策した時にリーシェから教えてもらった街の位置情報を思い出す。

 確か貴族街は王都の東側だ。その外れとなると、王宮に近い位置だろう。


『ですが、お屋敷にしては殺風景なお部屋ですね……。他に、何かありませんか?』


 リアンネに促され、更に隈無く調べてみる。 

 隅に設置された木製の古風なベッド。クロが始めに横になっていた位置だ。

 対角には背の低い木製のキャビネットが設置されている。なお、引き出しは空。


 部屋にある家具はこれだけだ。 


 扉の鍵は閉ざされている。


 後は内壁から整然と灯る大きな蝋燭のみ。



 蝋燭……。



 闇に揺らめく蝋燭の存在に焦点を合わせた少年は、ある一つの可能性を見出だす。


 そうだ……。



 鍵が無ければ作ればいいのだ(・・・・・・・・・・・・・)。



「……鍵か」


 そう呟いたクロ。

 それを聞いたリアンネは、意外そうに声を洩らす。


『鍵……作るという事ですか』


 鍵穴はある。

 吹き抜けでない為、扉の奥は確認出来ないが、見たところ構造は単純に見える。これならば可能性は大いに有り得るのだ。


「あぁ……。試してみる価値はある」


 策は講じられた。ならば残るは材料を見繕い、作成するだけだ。



 材料は……。



 周囲へと流した少年の視線は、再び内壁の蝋燭へと向けられた。


『蝋燭……でしょうか?』


 リアンネが不思議そうに声を出す。

 そう、少年が睨んだ鍵の代わりになりそうな物、それは蝋燭を支えているキャンドルスタンドだった。

 壁から触手の如く伸びたそれは、横から上へと曲がっており、細く、長い形状をしている。


「キャンドルスタンド……あれならば出来るかもしれない」


 厳選した材料に狙いを定めた少年は、早速部屋の角に設置されたキャビネットを引き摺り始める。

 比較的小さい為か、木製のキャビネットは案外音も少なく、素直に動いてくれた。

 そして蝋燭の真下まで移動させると、少年の小さな体がよじ登る。


『き、……気を付けてくださいね』


 随時と高い位置だ。リアンネが心配そうに声を掛けてくる。


「……くっ」


 そして立ち上がったクロが爪先だけで体を支えながら両手を必死に伸ばすと、キャンドルスタンドへと届く。


 ……よし。


 握れたのは指先までが限界だったが、届いたとなれば後は徐々に壁から引き剥がすのみ。

 そうして慎重に力を込めながらキャンドルスタンドを引き始めると……。


「……ッ!?」


 突如、抵抗感のある指先が軽くなる。


 落ちる視界。


 一瞬、何が起こったのかが分からなかったが、少年は背中から床に落下した事に気が付く。


「……」


『……だ、大丈夫でしょうか?』


 唖然と落下したままの姿勢で硬直している少年を、リアンネが安否確認する。


「あ、あぁ……」


 脳を反さず文字だけの声が洩れる。


 そして手元の蝋燭とキャンドルスタンドの状態を確認する。


 どうやら溜まっていた蝋が弾けただけで特に異常は無さそうだ。蝋燭もしっかりと固定されている。


「……物は無事な様だ」


 ほっと一息をついた少年は、静かに起き上がると、次に蝋燭のみを取り外そうと握り締める。

 引いてみると、少々堅いが蝋燭を崩す事なく綺麗に外せた。


 そしてここからだ、このキャンドルスタンドを蝋燭の火で熱しながら加工していく……。



 これで軟らかくなれば……。



 蝋燭の火から熱を帯びたキャンドルスタンドは次第に金色から夕焼けの太陽の如く変化していき、そこへ力を込める……すると。


「……取れた」


 熱されてから暫くして、蝋燭を支えていたキャンドルスタンドの先にある余分な部分が割れた。


『……クロ様は器用でいらっしゃるのですね』


 リアンネが感心の声を口にする。

 クロ自身、|何故このような知識や技術を有しているのか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)が分からなかったが、こうして有効的に行使が出来るのであれば後顧の憂いはない。

 それに褒められるというのは、何とも良いものだ。


「……次は」


 クロは、失ったキャンドルスタンドの先端に再び蝋燭の火を当てた。


 時間を隔てながら真っ赤に染まる先端。


 今にも溶けてしまいそうな程赤色の光を帯びたそれを、少年は折れたキャンドルスタンドの断片で叩き始めた。


「……っ」


 叩く度に伸ばされ、曲がる先端部分。

 それは、回数と共に少しずつ一つの鍵の様な形へと姿を変えていった。


 そして……。



『……~』


 脳内でリアンネの感嘆の吐息が溢れる。


「……出来た」


 少年の手の中で姿を変えたのは一つの鍵。初めての試みだが、何事もやってみるものだとクロ自身が驚きを隠せない。


 さて、次は開錠だ。


 緊張の瞬間が訪れる。

 再度、扉へと歩み寄ったクロは、鍵穴に向け、仕上がったばかりのキャンドルスタンドの鍵を向ける。

 冷ます方法が時間と吐息しか無かった為、先端は未だ触れる者を拒み続けているかの様に熱を帯びている。

 だが、持ち手は持てる範囲内だ。これ以上時間をかけることはリスクを伴う。


「……」


 鍵穴に沈む手製の鍵。

 少年が慎重に先の感触から位置を探りつつ、静かに手首を捻った。


 そして少年の苦労は報われる。



 ……カチン。



 緩慢と鳴る開錠の音。


「……ふぅ」


 その音を耳にした少年からは、安堵の息が洩れた。


『クロ様やりましたね!』


 リアンネから随分と嬉しそうな声が響いてくる。

 クロは、感情に対して鈍いという実感はあったが、努力が報われた事への嬉しさは彼女と共有が出来た気がした。


「さ、先に進む……」


 言い表せない羞恥心に囚われたクロは、返答する余裕も無く、部屋を出る事にした。

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