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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
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二つの足枷

 

 …



 …



 …



 二度鳴り響く扉の音。



 …



 …



 遠ざかる足音を最後に場が静まり返る。



 クロは視界を静かに映し出す。



 仄暗い内部に映るのは、沈静と此方を見下ろす高い天井。

 そして下には、少年の小さな体を深々と沈める大きなベッドが一台。


 

 ここは……。



 少年は上体を起こす。

 特に彼等は拘束具を用いる事は無かった。ドラノフが可愛がると言うだけあると実感したが、これはあまり考えたくない……。

 周辺を観察する限り、そこは広々とした一つの部屋みたいだが、その雰囲気は何時も知る風情のものとは大きく異なっていた。

 それは王国の様な乾燥地を連想させる小麦色とは違い、焼死した樹木の様な黒み帯びた栗色が壁一面を埋めつくし、無数の木目が人の目の如く浮かび上がっている様な不気味な部屋だ。

 部屋は外部の光すら遮断され、あるのは壁で灯る蝋燭の仄かな明かりのみ。

 不気味を彷彿させる空間だ。



「……」



 人気を探るべく、周辺を観察するが、どうやら部屋には少年一人だけの様だ。

 先程の怪しげな二人の男の会話から察するに、何らかの行動を企てていそうな様子だった。


 ロマネス教という組織。


 そしてそのロマネス教と関係性がある事を示唆させる中年の男の言い様。


 彼が言っていた聖国の鼠を摘まみ出すというのは、レスナーを指しているのだろうか……。



 しかし、このままでは……。



 何れにせよ、今はこの場を脱出する事が先決だろう。

 恐らく相手はまだ此方が目覚めていないと思っている筈だ。

 だとすれば、これを機に逸早く行動しなければならない。


「……っ」


 意を決した少年は、素早くベッドから下りると、急いで部屋の出入口であろう扉へと駆け寄り、開閉する為の金属製の持ち手に手を掛ける。

 


 開かない……。



 予想はしていたが、扉は開閉を許さず唸るだけだった。開錠する為の差し込み口があるが、当然ながら鍵は無い。


 次は窓だが、これも開かない。


 それどころか、あらゆる衝撃にすら容易に耐えれそうな板が幾つも重ねられ、操作しようとする者を拒んでいる。


 そう、可能な正道は全て妨げられていたのだ。


「どうすれば……」


 切迫する緊張感。

 途方に暮れそうになるが、諦めきれない意志が少年にはまだあった。



 志を消失せんと胸に留まらせる中、そんなクロにそれは訪れる……。



『ダレカ……』



 突然、少年へと語り掛ける微かな声。

 それはとても弱々しく、今にも消えてしまいそうなくらい小さい。


「……!?何の声だ」


 思わず反射的に室内を見渡すが、当然ながらここにいるのは少年一人のみ。


 だが何故だ。


 その声は、まるで脳に直接語りかけてきているかの様な不思議な感覚だ。



『……レ……カ』



 薄れ始めるその声を逃さないよう少年は意識を傾けていく……すると。



 感じる……。



 誰かの意識が直接流れ込んできた。

 感じたことの無い不可思議な感覚だが、少年と同じ境遇に立たされている者が他にいるのか……?


 不確かな存在に疑心暗鬼を棄てきれないクロは、思いきって声を掛けてみる。


「誰か居るのか……」


『……!?』


 クロが何者か問い掛けた途端、相手は驚いたのだろう、息を一挙に吸い上げた。


『……(わたくし)の声が……届いているのですか』


 声の正体は女性の様だった。

 まだ、幼さが残る印象だが、言葉遣いはとても気品に満ちている。

 それに、最初は消えてしまいそうな程貧弱であった声が、今では嘘のように鮮明に脳へと伝わる。


「あぁ、聞こえている……」


 伝わる……少年は自らの存在を相手に示すと、その声は安堵が溢れんばかりに息を漏らした。


『……教えは、間違いないではなかったのですね』


 何やら意味深長な言葉を呟く彼女を訝しげに捉えた少年が訊ねる。


「そなたは何者だ……。何故姿が見えずと声が聞こえる……」


 室内には少年以外誰一人として居なければ誰かが隠れているわけでもない。

 その上聞き覚えの無い身元不確かな声が他人の脳へと勝手に侵入してくるのだ。

 そんな理解しがたい状況を、不審かつ奇妙で気味が悪く思っていた少年の尤もな疑問に、相手は反応する。


『はっ………申し訳ありません』


 動揺しているみたいだ。

 彼女は少年の不意打ちに驚いたように狼狽えているが、その口振りからして少なくとも演技では無さそうに感じられる。


『……私の名は、リアンネと申します。その……宜しければ貴方様のお名前をお伺いしても……?』


 気品さ漂う風采でリアンネと名乗ったその女性は、謙虚心を露にしながらも少年の名を訊ねてきた。


 此方の名前は……。


「……クロだ」


 少年には名を偽れる以前に本名というのが分からない。しかし今ではリーシェから与えられたこの名こそが、口に出せる正銘と言えるだろう。


『クロ……とても縁起の善いお名前をお持ちなのですね』



 縁起が善い、か……。



 名前の意味は分からない。だがこれはリーシェが名付けてくれた名前だ、少なくとも善いものだと信じたい。


『……それではクロ様、私達が今こうして話をする事が出来ているのは、両者が持つ特別な共通能力(・・・・・・・)によるものなのです』


 特別な共通能力による効果……。

 つまりは同じ能力を持つ者同士だけが使う事の出来る限定された力、ということだろうか。


「それは……限定された会話を可能にしている、という事か」


 クロなりに考えながらまとめると、リアンネが捕捉を加える。


『はい、勿論距離によって効果は限られます。ですが、この能力を上手く利用できれば、会話だけではなくお互いの視界や聴覚といった感覚器官を共有する事までもが可能になります』


 何とも便利な能力だ。

 リアンネの言う事が真実ならば、この先において有利に活躍する事が十分に期待できそうだ。


 しかし少年は、ここでふと思う。


 距離によるということは、今の彼女の状況は……。


「……リアンネも、囚われているのか」


 今でもこうして鮮明に会話を交わしているリアンネ自身もまた、クロと同様囚われの身になっている可能性が高いと思われた。


 語り掛けられる少年の懸念に、彼女はふと息を潜めた。重く、そして何処か切なく……。


『それは……』


 口吃(くちども)るリアンネの反応には、何か事情がありそうな印象を受ける。


 図星といったところだろう。


 絶望の淵に立たされたかの様な彼女の第一印象がそれをより確信のものに変える。


『……私よりも、今はクロ様。貴方様にお願いしたい事があるのです』


 彼女が小さく唸りつつ論点を変える。


「だが……」


 自身よりも、クロの身を案じるリアンネの姿勢、それは決して安易では無い、強い願望によるものだと……。


 彼女から来るその真剣な口調からは、事の重大性が犇々と伝わってくるのが分かる。


「……聞こう」


 彼女が捨て身の思いで託そうとするその願いに、何処か遣る瀬ない心境に陥りつつもクロは承諾する。


 するとリアンネは少しの間を空け、少年へと自身の願いを伝える。

 


『……この国を、アレクシア王国を……どうか救っていただきたいのです』



 彼女から告げられた一国の救済。

 無論、それは簡単に容認出来るような内容ではない。


「王国を救う、だと……何故」


 戸惑いと共に疑問を隠せなかったクロは、思わずリアンネに訊き返す。


『困惑されるのも無理もありません。ですがこれは、クロ様にしか出来ない事なのです……!』


 自身にしか出来ない事……。

 まだ知らぬ己の正体が彼女からの使命を盲目へと変え、混沌を誘う。


「……私が、王国を」


 淀んでいた意思をほじくられたかの様な感覚に陥った少年が思わず呟いた時……。



『……急げ!』



 突如、扉の奥から響き渡る男の怒声。

 同時に床を何度も踏みつける無数の足音が慌ただしく籠りながら聞こえてきた。


「何だ……」


 外の異変に気付いたクロは、急いで扉の元へと近寄り、耳を澄ませる。



『研究室に侵入者が入り込んだ!徹底的に探し出せ!ドラノフ様からの命だ、絶対に外へは出すなよ!』



 移動する集団を取り仕切っている人物らしき男の声が何やら指示を下しているようだった。

 どうやら不測事態の様だ。


「ドラノフ……」


 それから聞こえていた複数の足音と男の声は、それ以上の情報を与える事なく遠ざかり、消えていった。


『……ドラノフはこのアレクシア王国の重臣に就く男です。研究室……本当にこの近くに』


 少年の聴覚を介して男の指示を聞いていたのか、リアンネはドラノフという男の立場について話すが、研究室の言葉に対して随分と深刻そうに呟いた。


『クロ様、時間がありません。この国の状況についてはお話させていただきます、……私の願いを引き受けては下さらないでしょうか』


 もはや一刻の猶予も無かった。


 彼女からの必死な懇願に、少年は深く息を吸って、吐いて、呼吸を整えた。


 不透明な責任感と緊張感が交差する。



 そして……。



「……あぁ。宜しく頼む」



 小さな少年の決断。



 それは、王国を暗躍する未知なる存在に抗う為の原動力が動かされた瞬間だった……。



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