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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
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交差する真意

 王都の商業区域を散策するクロとリーシェの二人組。

 あの製紙屋にて用件を終えた頃には随分と時間が経過していた。

 納品した魔術紙の束から、魔力がまだ付与されていない白紙の羊皮紙が布袋へと詰め込まれている。

 あのエミルという少女が恐れていたという『ママ』という存在だが、娘が製紙の作業に戻っている間にカウンターへと姿を見せてきた。

 温厚そうな態度で羊皮紙の取引をしてくれたところからして、それ程恐れる人物でもなさそうだった。

 どちらかといえば怒りの要因はエミル本人にあると見ていいだろう。


「……あのママと呼ばれている者は、とても優しいのだな」


 クロは親という存在を知らない。

 だからこそ、あの様なママを持つエミルの立場に、少年は少しだけ羨ましく感じていた。


「いい家族だよね。クロも欲しかったら、私がお母さんになってあげるね」


 そんな少年の呟きを聞いてか、隣を歩いていたリーシェがふと顔を寄せながら笑顔で母性を滲ませた。


「わ……私は、大丈夫だ……」


 上がる心拍数。

 接近する彼女の顔に妙な緊張感を覚えた少年は、自然に染まる頬に思わず視線を逸らした。


『ん?君は……』

 

 横から少年を呼び止める声。

 誰だろうと声の主を確かめるべく、ふと視線を向けると、そこには見覚えのある中年の男性が此方の様子を窺っていた。


 そしてクロは直ぐに気が付く。


 彼は昨日ジルクリードと共に少年を馬車でこの王都まで運んでくれた商人だったのだ。


「……そなたは、商人の」


 実に短い時間を隔てての再会である。



 それから少年は、この一日の間での経緯を話す事にした……。



 そして……。


「そうか、無事に住める場所が見つかったんだね」


 穏やかな笑みを浮かべる商人の男。

 どうやら少年の安否が確認出来た事に安堵している様子だった。


「昨日は世話になった……感謝している」


 お辞儀をしながら自分なりの礼儀を示すクロに、商人の男は優しそうな目付きで謙虚の姿勢を見せた。


「気にしないでくれ。元々はジルクリードさんが言い出した事だ、だからそんなに畏まらなくても結構だよ」


 確かに、ここまで無事に来れたのはジルクリードのお陰だ。


 そう言えば彼は今何処で何をしているのだろうか。

 王宮に用事があると言っていたが……。

 

「……すまない。ジルは、何処へ向かったか分かるか?」


 どうしても気になったクロがジルクリードの行方を知りたいと訊ねてみる。

 すると、商人の男は腕を組みながら唸り始め、昨日の記憶を辿る。


「ううん。ジルクリードさんならあの後、王都の貴族街にある屋敷の前で降りたけど、その後は分からないなぁ……」


 王宮ではなくて貴族の屋敷?

 妙な一貫性の無さに違和感を覚えた少年が思考を巡らせていると……。


「お父さんこの人達誰?お客さん?」


 ふと商人の男の背後から小さな一人の少女が顔を覗かせてきた。

 背丈はクロと変わらず、歳も同等くらいだろう。


「……」


 突然現れた初めて見る同い年くらいの少女に、クロは複雑な気持ちになる。

 何故ならば、光の灯った瞳から魅せる純真無垢な少女の佇まいは、今の少年には無いものばかりだからだ。


「こらリーネ。父さんはまだお仕事中なんだ。早くお母さんのお手伝いに行ってあげなさい」


 商人の男は口を挟んできた少女を軽く叱るも、その小さな頭を優しく撫でながら店の中に戻るよう理解を促した。


「はぁい……」

 

 すると少女は、寂しそうにしながらも、素直に建物の中へと戻っていく。


 何と無くだが、この商人が馬車を出してくれた理由が分かった気がした……。


「すまないね。まだお店は改装中で、今は立て込んでいるんだ」


「お構い無く、私達も直ぐに戻りますので」


 申し訳なさそうに視線を落とす商人の男に、リーシェが拘束しまいと気遣う。

 話を掛けてきたのは商人側ではあるが、彼の性格からして、自らこの場を離れるべきだろう。


「あ、そうだ。良かったら……」


 必要な挨拶は済ませた。これ以上の長居は迷惑になるだろう。そう思った二人が踵を返そうとした時、商人の男がふと着想を得た様子を見せながら設置中の屋台の端に置かれた木箱の中身をあさり始める。


「……?」


 首を傾げながらその様子を見ていた少年の目の前に、大きな布袋が差し出された。

 中身は全面が浅緑色に染まった大量の瓢箪形(ひょうたんがた)の果物だった。


「これも何かの縁だ。うちの売り物だけど、良かったら食べてくれ」


「……いいのか?」


 クロが念のためもう一度訊いてみる。


「いいさ、これは私のほんの気持ちだよ。新鮮なうちに持っていってくれ」


 何故ここまでしてくれるのかは分からない。そう判断に困っていると、リーシェが近くで声を添えてくる。


「クロ。せっかくだから、有り難く受け取ろう?」


「あ、あぁ……」


 受け取る様に提案されたクロが、やむを得ないと差し出された布袋を抱える。

 量が量なだけになかなかな重さをしている。少年は、羊皮紙の入った袋と一緒にしっかりと全身で支えた。


「次はお金を取るけど、君達なら安くしておくよ」


 随分と気前がいい商人だ。

 赤の他人に対してここまでサービスが良いとは、このお店の将来が懸念される。いや、気になるのはそこでは無いが……。


「リーシェさんでしたね。この子をどうか宜しく頼みます」


 それから彼は、まるでクロを我が子を預ける様な振る舞いでリーシェに保育を頼んできた。

 余程心配されているのか、それとも別の意味があるのか……。


「勿論です。安心してください」


 リーシェも一切動じる素振りを見せずに便乗してきた。

 そんなやり取りを当の本人が目の前で見ていると、何故だか遣る瀬ない気分に陥る……。


 そして二人は、商人の男との挨拶を最後に、この場を後にする事にした。





 気付けば日は傾いていた。

 夜を報せる朱色の空は、王都の街並みの風貌を一変させながら描いている。

 あれから街の中をリーシェと共に回ってはいたが、これ程早くに時間が経つとは思わなかった。

 何故だろう、彼女と共に過ごす時間というのは、これ程までに時の流れを忘れさせてくれた。


「クロ。最後に寄ってみたい場所があるの、行こう!」


 街灯に火が灯り始める中、再び戻ってきた街の広場で、リーシェがふと少年の小さな手を握った。


「……!?」


 そのまま手を引かれたクロは、リーシェの向かう先を見る。


 街の中央広場を見渡す様にして聳え立つ純白の大聖堂。彼女が目指していたのは、それに隣接する大きな鐘の塔だった。


「こっちだよ!」


 彼女に引かれたまま、屋上へと続く階段を一段踏んで、踏んで、踏み込みながら向かっていたクロが歩調を合わせながら一生懸命について行く。


 上がる度に遠ざかっていく地上。


 上がり始める吐息。


 一体何処まで登るのだろうか。


 状況が分からないまま上へ目指していたクロは、軈て開けた場所へと出る。

 

「……?」


 広がる視界に歩みを止めた少年が、辺りの様子を確かめようと軽く見渡すと、リーシェがそこでふとその手を放し、少し離れた場所まで立ち止まる。


 地平線に沈み込む夕日を前に立った彼女の姿が異様に綺麗に見えた。


 金色の髪が日に晒され、一層艶やかさを際立たせ、何処か神々しい。


「今日も、日が暮れるんだね……」


「……」


 ふとそんな事を口にする彼女の声は何処か怯えている様に感じた。


「……リーシェ?」


 それを心配に思ったクロが声を掛けると、彼女はふと背中を少年に向けたまま頬を強く押さえ、そして振り返った。


「綺麗な場所でしょう?王都ではちょっとした名所になっているんだよ」


 そう言って両手を後ろで組みながら優しそうな笑顔を振り撒くリーシェ。

 少年は、まるで誘導される様にして彼女の居る屋上の端まで歩み寄ると、目の前の光景に息を飲んだ。


 目に焼き付く一面朱色の世界。


 それは地上とは大きく異なり、まるで一つの世界を上下に二分したかの様な不思議な景色だった。


 先程までは同じくらいに見えていた街の人々の姿が、こうして見てみると小人の様に小さい。


 別の世界から異なるもう一つの世界を見ている感覚だ。


「これを、見せるために……?」


 感じた事の無い景色を目の当たりにした少年が、リーシェを見上げる。


「……うん。クロはまだ知らない事が多いんだし、少しでも沢山の思い出、つくらなきゃなって、そう……思って……」


 言葉と共に沈む口調。

 彼女のやり場の無い思いは、全て自分に帰ってきている様な感じがしていた。


「私ね、辛くなった時は、何時もここに来てるんだ……」


 遠い眼差しで大地の彼方を見据える彼女の横顔。


 少年には、その表情が酷く嘆いている気がしてならなかった。


 今にも壊れてしまいそうな、そんな脆くて弱々しい、大きくも、小さい何かが……。


「ごめんね、変な事言っちゃって。そろそろ戻ろう……?あまり待たせると、レスナーさんが怒っちゃうから」


「リーシェ……」


 静まり返る空気に気付いたのか、彼女は我に還った様子で慌てて場を紛らわそうとするのを、少年はふと呼び止める。


 驚いた表情を見せるリーシェ。


 今ここで掛けるべき言葉が分からない。


 今、彼女がどういう気持ちなのか、その真意は分からない。


 それでもクロは、今伝えられる意思を必死に紡ぎながら口に出した。


「ここまで連れてきてくれた事、感謝する……」



 隔たる間……。



 彼女は、優しそうに微笑んでくれた……。

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