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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
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光の王都ドルクメニル


 無数の砂岩が散らばる広大な麦色の南の砂漠。


 最北に聳える山脈の麓から豊潤と広がる北の草原。


 そんな二つの異なる環境の境界を堂々と支配するのは、世界最大の大陸の西側に位置する諸国の一つ、アレクシア王国の首都、王都ドルクメニル。

 何千年も古くから伝わるこの都には、極限にまで磨かれた美しい砂岩が魅力する王宮を初め、道と道を繋ぎ合わせる淡い褐色目立つ市街を大勢の人々が賑わせていた。


 少年が初めて訪れた日から一日が過ぎた今も、変わらず多種多様な日常を抱えた人々が今日も躍然たる活力で街中を駆け巡っている。


 ここは大きな通りが幾つも交差する広場。昨日ジルクリードと別れた場所だ。


「……」


 魔術紙の入った布袋を両手に抱えながら佇んでいた一人の少年ことクロ。

 何故こんな布袋を持っているか、それは魔術紙作成の作業をリーシェに手伝わせた事によるレスナーからの罰だからだ。

 特に気にする事もなく、それを素直に受け入れた少年。だが、今はお使いという老人の罰よりも、目の前の存在が気になっていた。

 そう、陽射しが強く照らす中、広場の中央に立つある石像を見上げていたのだ。


『英雄と勇者』


 そう刻まれた石碑の上には、清閑と立つ二体の石像が手に持つ剣を交差させ、天へと掲げている。


 それは何処か尊くも、身近な存在。


 この二人は何をしているのだろうか。


 英雄と勇者とは、一体何なのだろうか。


 不思議な感覚に包まれたクロは、ただただその石像を凝視していた。


「クロ……」


 隣からふと自身を呼び掛けてくる女性の声。

 一言発すれば、忽ち心の淀みを優しく包み込んでくるかの様な慈愛溢れる声だ。

 因みに『クロ』という名前は、昨日リーシェが名付けてくれた名だ。今までは名前等気にはならなかったが、こうして名前を持つというのは悪くはない。


「……?」


 声に応じて振り返ったクロは、視界の中央に立ちながら此方の様子を窺う一人の女性を見上げる。

 彼女は昨日知り合ったばかりのエルフで、『リーシェ』という名前だ。

 何故かは分からないが、出会ってまだ一日しか経っていないにも関わらず、ずっと昔から彼女を知っている気がするのだ。


「ねぇ、お使いが終わってからなんだけど。……せっかくだから一緒に街を散歩しよう?いろいろと紹介するから!」


 楽しそうに寄り道を提案するリーシェ。

 まだこの街を知らないクロにとってこれは貴重な機会と捉えても良さそうだ。

 ただ、ここで一番心配なのは今回外出するに至った頼み事を振ったレスナーがこれを許すかどうかだ。

 クロは、頷くに頷けない様子でリーシェに訊いてみる。


「レスナーはいいのか……?」


 すると、彼女は口元に手を添えながら視線を上げると、軈て自信に満ちた表情を見せながら微笑む。


「ううん。怒るとは思うけど、レスナーさんの事なら大丈夫だよ。私が上手く説得してみるから!」


「……そ、そうか」


 少々強引な気もするが、こうして彼女と一緒に居れる事に、少年は不思議と安心感を得ているのが分かった。




 それから少年の初めての買い物は始まる。

 リーシェ曰く、この王都という街は、先程の大きな広場を基点に、概ね東西南北にエリアが分かれているとの事だ。


 東側は、この国の王族が住まうというエゼルメッス王宮へと続く大きな道、凱旋道と言う名前の道が真っ直ぐに伸びる貴族街へと繋がっている。


 北側は、公共施設が豊富に揃っている区画だ。なんでも夜まで営業している店もあるみたいだが、リーシェからは何故か「行っちゃ駄目」と念を圧される。


 南側は、都を根城とする人々が住まう居住区が広がっており、レスナーが営むアトリエもここになる。寝静まる場所なだけあって他の区域とは違い、随分と夜が静かだった。


 そして西側の商業区域。ここには品物を取り扱い、販売する店が種別ごとに数多く健在している。レスナーから頼まれた魔術紙の納品と羊皮紙の買い物も、ここで達成出来るそうだ。


「これが、全て店……」


 道の左右を埋め尽くす屋台の数々に、思わず少年は目を見開いた。

 広場の人の数にも困惑したが、これはこれでまた想像を逸する光景だ。

 更には、ここには『人種(ひとしゅ)』ではない、他の種族も比較的多く散見される。


 全身を深い体毛で覆い、後ろから大きな尻尾を生やす獣の顔をした人物。


 背丈が人種(ひとしゅ)の子供くらいに小さい髭面の老人らしき人物。


 更には尖った耳を持ったエルフも見掛けるが、リーシェと比べて雰囲気や外見が大きく異なる様な気がする……。


 と、一つ一つ異なる種族を見かけては物珍しそうに考察に入っていたクロは、そのままリーシェと共に屋台に挟まれた通りへと差し掛かる。すると……。


「らっしゃい!らっしゃい!王国最西端の港町、ミラルダ産の魚だよ!氷の魔晶石で保存してるから獲れたて新鮮!さぁ買った買った!」


「そこのエルフのねーちゃん!幻想森林でしか採れないと云われている世にも奇妙なキノコがあるよ!今だけが絶好の機会!早くしないと無くなるよお!」


「帝国南部産の栄養満点ミコルの実だ!このアレクシア王国じゃあまず口には出来ない!貴族御用達の高級食材だぜ!」


 通りで客引きをする屋台の店主らしき男達は、道を行き来する人々に紛れた少年とエルフの女性の二人組を決して見逃しはしなかった。

 彼等はそれが街に(うと)いお得意様だと気付くと、我先にご自慢の品物を手に翳してはそれぞれに自分の店を宣伝し始めた。


「な、なんだ……?」


 一躍して声を張り上げる屋台に警戒したクロは、体感した事の無い四方からの客引きに思わず身を引いた。


「これは売り込みだよ。この王都は、海と他国を結ぶ街道が重なっているから、他種族を含めて大陸中から沢山の商人が出入りしやすいところなの。私がついているからそんなに警戒しなくても大丈夫だよ!」


 そんな少年の様子を見てか、安心させようとリーシェが微笑みながら慣れた態度で顔を覗かせる。


「商人……。一ヶ所にこれ程豊富に物が集まるのだな」


 無表情ながらもやや動揺の様子を見せるクロの姿に、リーシェは穏やかに微笑む。


「うん。まぁ昔よりは人が減っているんだけどね。あ、私達の目的はあそこにあるお店だよ、行こう!」


 そう言って彼女が指差す先、それは屋台が並ぶ通りの切れ目に隣接した一件の縦長の建物だった。


「……っ」


 クロは、その建物の外見を人混みの間から覗く間も無く、突然その小さな手を彼女に引かれると、納品の魔術紙が入った布袋を離さないように慌てて持ち直した。




 人の間、そしてまた人の間を抜けながら辿り着いた目的地は、栗色の煉瓦が積み上げられた立派な建物だった。

 客引きをしていた屋台の声も比較的遠ざかり、少し落ち着いた雰囲気を見せる。

 砂漠とほぼ同色である麦色の建造物が多く建ち並ぶ商業区域の街の中にも関わらず、文字通り異色の存在感を漂わせていたその建物は、何処か見ていて異国の風貌を思わせる。

 建造物の正体を示す吊り下げられた羊皮紙の看板には『ライオレル工房』とある。


「ごめんくださーい」


 最初に木製の扉を押し開いたのはリーシェだ。彼女は、店内に入ると柔らかな挨拶を響かせる。


「……?」


 後に続いたクロは、店の中を窺う。

 煉瓦造りの建物でありながら内部は木造になっていた。

 厚みのある丈夫そうな濃い褐色の板が何枚も隣り合った床の上には、品物を並べる為の低い棚が通り道を隔てて設置されている。

 そしてその棚に山積みになっている種類豊富な紙の巻物が目移りする程に多い。

 客足は、屋台の通りに比べて少ない方だが、此方の方が落ち着いて買い物が出来そうだ。

 レスナーのアトリエとはまるで雰囲気が異なる。


「あ、おおい!リーシェ!」


 店の奥からリーシェの名前を呼ぶ若い声。

 腕白な子供を連想させるその声は、女性によるもので間違いは無さそうだ。


「こんにちは、エミルさん」


 リーシェからエミルと呼ばれたのは若い女性。歳は二十と及ばないくらいだろう。肩よりやや下まで伸ばした栗色の髪に、皮製の下衣と紐で結ばれたベストが印象的だ。

 そんな彼女は、手を挙げながら此方へと一目散に駆け寄ると、対するリーシェはお辞儀で挨拶を返した。


「おやおや?そこの可愛らしい女の子は誰なのかな?」


 ふとリーシェの隣に立つクロの姿に気が付いたエミルは、悪戯っぽい含み笑いで見下ろしてきた。

 女に見えるとはどういう事だろうか。


「女の子じゃありませんよ。この子はクロ、歴とした男の子なんです」


 そこで勘違いをさせまいとリーシェが誤解を正すと、エミルは露骨に驚いた表情を見せた。


「嘘!?男の子?あたしはてっきり女の子かと思ってた」


 何とも業とらしい反応だ。

 彼女の朗らかな性格を前にしていると、変に調子を乱される。


 これはそう、ジルクリードに似た風貌だ。


 それからエミルは、少年の前で膝を折って中腰になると、目線の高さを合わせてきた。


「あたしはエミル!この街でママと製紙屋をしているの!へぇ。女装とか似合いそう……。うん?」


 活力溢れた笑顔でエミルと名乗った彼女は、それから悪そうな顔を見せつつクロの小さな頭を撫でると、ふと少年が持つ布袋に目が止まる。


「これは頼まれていた魔術紙になります」


 布袋を気にした様子に、リーシェがその中身を教えると、エミルは思い出した様に後頭部に手を添えた。


「あちゃあ、今日が納品の日だったっけ。ちょっと、直ぐにお金用意するから待ってて!」


 そう言ってエミルは、急いでカウンターの奥へと飛び込んでいった。


「……リーシェ」


 そんな様子を穏やかな表情ながらもやれやれと見送るリーシェに、クロが隣から呼んだ。


「うん?どうしたのクロ」


 優しそうに反応してくれるリーシェに、少年は今心の中で渦巻く疑念と不安を口にする。


「……私は、女に見えるのだろうか」


 性別を否定された事を、少年は地味に気にしていた……。




 彼女、エミルがお金を準備しようと店の奥に向かってから、戻ってくるまでは然程かからなかった。

 相当急いだのだろう、奥から聞こえる中年くらいの女性の怒鳴り声が響いたり、硬貨が床で弾ける金属音が無数に聞こえたりと、どんくささが際立つ。


「ごめんね、遅くなっちゃって!」


 少しして再び戻ってきた彼女は、いっぱいいっぱいに膨れた小袋を目の前のカウンターに置いてきた。


「気にしないでください。……えっと、一応確かめさせていただきますね」


 息を切らしながら謝意を示してきたエミルに、リーシェが落ち着いた様子で持ち前の微笑みで吸収すると、小袋の中身をせっせと確認し始めた。


「ねえねえクロ君はさ。このお使いを一緒に頼まれたってことは、あのレスナーさんの所で働いてるってことかな?」


 リーシェが硬貨を数え終えるのを待つ隙すら与えず、エミルがカウンター越しから興味津々にクロを訊ねてきた。

 正直さわり程度で大した働きをしていないと感じていた少年だったが、一度でも働けばそれは実証された事になるのだろう。


「……そ、そんなところだ」


 先程の女の子認定の件もあってか、クロは少し警戒しながら返事を返すと、エミルがにやりと頬をつり上げる。


「ふぅん。だったら今後のお得意様だね!」


 そしてお次は突然のお得意様認定。

 相手の承諾無しで話を進める身勝手な彼女の言葉を鵜呑みにする訳にはいかない。


 それ以前に……。


「生憎、個人で買えるような金は持ち合わせていない……」


 興味はあるものの、一文無しな御身分ではお得意様の称号も顔負けだ。

 そんな思いで首を振ると、エミルは気楽そうに微笑み、手を何度も顔の前で振った。


「いいのいいの!レスナーさんのところに居るだけで十分だから!」


 彼女がどういう意味で言ったのかは不明だが、レスナーという存在の力はそれ程までに勢力を伸ばしているという事なのだろうか。

 会話の見えない部分に、少年が難しそうに目を細めていると、エミルは何か思い出した様に指を鳴らした。


「あ、そうだ!あたしのパパとお姉ちゃんが帝国でお店を開いてるから、良かったら立ち寄ってね!」


 突然親族の店を宣伝しながらウインクをしてくるエミル。

 最寄りの店に足を運べと言わんばかりの軽い言い草だが、果てしなく遠い位置にあると感じたはのは気のせいだろうか……。


「それとそれと、(うち)のママは怒らせるととっても恐いから絶対に怒らせないこと!」


 更には自らの親を危険視してからか、彼女は人差し指を立てながら注意喚起してきた。次の瞬間。


『エミル!あんたまた製紙の作業投げっぱなしじゃないの!早く終わらせないと晩御飯抜くよ!』


 遠くから聞こえる怒鳴り声は先程の中年女性の声の様だ。

 姿を見せずしてこの気迫、ただ者ではなさそうだ。


「あぁママごめん!直ぐに終わらせるから!」


 背筋を伸ばしたエミルから漂う緊張感。慌てた彼女は、再び店の奥へと戻っていく様子を、クロ呆然と見届けていた……。


 精算後に羊皮紙を買いたかったが、これでは時間を要する事になりそうだ……。

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