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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
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少年クロ

 そこは火の海だった。

 幾多の物が破壊され、苦痛に塗れた悲鳴が飛び交い、大地には大勢の死体が散らばる中、少年は目の前に立つ人影と向き合っていた。

 よく見るとその人影は少年と瓜二つ、いや、少年そのものだった。

 しかし少年は目の前の人物が何者なのかが分からない。


『狭い……』


 目の前の人物が喋った。まるで脳内に直接訴えかけるかの様に強く響いたその声は、少年に頭痛となって襲い掛かる。


『暗い……。助けて……』


 頭痛が更に強くなる。

 堪らず頭を押さえながら抱え込んだ少年は必死に言う。


「……よせ、やめろ……」


『……こわいよ……ここから出して……』


 しかしその声は止まることなく少年を遅い続ける。


「……だれだ、お前は……」


 意識が朦朧とする中、薄れる視界の中でその人物を見て語りかける。


『……ねえ、君は誰なの……?』


 呼び掛けに応じる事なく、その人物は少年の頭に言い続けた。

状態が更に悪化する中、気が狂いそうになった少年は大きく叫んだ。


「……やめろおおお!」


………


…………


……………


………………


…………………


「……!?」


 天井が視界一面に広がった。

 少年は状況が理解できないまま飛び起きると、周囲を確認した。

 明るい。

 窓から差す太陽の光を見た少年は、自分が自分であることを認識する。

 未だに心拍数が落ちつかないが、気持ちは少しずつ落ち着きを取り戻し始めている。


「何だ、朝から随分と元気だな」


 突然扉が開いた。

 誰が開けたかは概ね検討がつく。

 そんな聞き覚えのある声に振り返ると、そこには扉を半開きで保持したまま此方を覗き込むあの老人レスナーの姿があった。

 少年は余裕が無い中、そのままの体勢で何か言わなければという使命感に狩られる。


「……ど、どうも……」


 これが限界だった。




 少年は部屋に準備された衣服に着替える。どうやらあの老人の物のようだが如何せん大きさが合わない。

 着用してみたが袖からは指先しか出ていない上、体の至る所ががら空きだ。衣服についていた紐を使って歩くことは出来るようになったがまだ身動きのとりづらさが行動を制限する。

 しかし、少年はそれを、黙って着用する。

 老人の指摘のもと、寝具の片付けを済ませて最初の部屋に来ると、早々に食事にありつけた。

 昨晩とは違って小麦を発酵させたものを焼いた物体や野菜等が並び、とても豪華に見える。

 少年は何時ものようにそれを口に頬張り、あっという間に食事を済ませると、使用した食器をまた何時ものように洗いに向かう。

 そして今やれる事を終え、椅子で大人しく腰をかけていると、部屋を外していたレスナーが戻ってくる。

 気配に気付いた少年がレスナーへと目を転じると、その老人の両手には大きな盆が握られていた。

 盆には今にも崩れ落ちそうな程積み上げられた巻物がその存在感を強調している。


 巻物……昨晩見た巻物と同じものか……。


 見た目はあの時の巻物と合致しているように見えるが、これは光を発していなかった。

 何に遣うものかは分からないがかなり興味をそそられる。

 そんな気持ちで見ていると、その巻物は目の前まで来ては、机上へと乱暴に置かれた。

 訳も分からず少年が目線を上げると、何時もの険しい目付きをしたレスナーが此方を見ていた。


「タダで飯を食えると思うなよ……」


 ここで初めてこの老人は何が言いたいのか直ぐに理解できた。

 しかし、この巻物をどうすればいいのか分からなかった少年はレスナーに質問する。


「……どうすればいいんだ?」


「やり方は教える」


 ここから老人レスナーの厳しい指導のもと、少年の作業は始まる。




 あれから時間が過ぎ、少年は作業を順調に進めていた。

 レスナーの説明によると、羊皮紙で出来たこの巻物は、魔術を発動する為に必要な術式を紋章として書き記し、魔力を付与することによって魔術紙というものに変化するみたいだ。

 どう変化したかと言えば、羊皮紙に直接描かれた紋章と魔力が付与される事で帯びる光と言ったところだ。

 どうやら少年が昨晩気にかけていた巻物の正体はこれのようだ。

 作業工程は少年が紋章を書き記し、レスナーが魔力を付与するといった流れだ。

 作業自体には慣れてきたが、ここまで来るのに相当な苦労を要した。それは効果によって異なる紋章にはそれぞれ必要な条件があるからだ。

 しかし、一度理解すると、後は直感で感じとることが出来た。

 少年は十枚目の魔術紙を書き終えると、向かいに座るレスナーが唸りながら思わず声をもらす。


「若造にしては飲み込みが早いな。大したものだ……」


 おそらくは褒めているのだろう。

 アトリエという程だ。職人に褒められれば誰でも誇示材料になりえるくらい喜ぶべきだが、少年には一切そのような表情が出てこない。


「レスナーのお陰だ……」


 少年はレスナーに感謝した。


「ふん、よさんか。世辞にもならん」


 やはり何処か嬉しそうだ。

 少年の言葉に一瞬動揺を見せたかの様だった。

 それから黙々と作業をする少年に、レスナーはふと席から立ち上がる。


「さて、儂はここを出る。後は頼んだぞ」


 それだけ言って少年の返答を聞かずに玄関扉を押し開いて出ていってしまった。

 空き巣扱いした人物を一人残していった事には疑問を抱いたが、これは信頼故なのか、それとも試しているのか。

 そんな事を軽く考えてしまった少年だが、これ以上は作業の妨げになるので直ぐに振り払う事にする。


 それから時間は淡々と過ぎていった。

 少年はレスナーに渡された術式が描かれた魔術書なる分厚い本を参考に見ていると。


 コンコン……。


 木の板を指で叩く音がした。

 意識が巻物にいっていた少年は、突然の音に驚き、玄関扉へ注意を払う。


『もしもーし。レスナーさん?』


 それから扉越しに聞こえてきた声は女性のもののようだ。

 何処かで聞いたことのある声に身構えていた体が少し緩む。


「……?」


 少年から警戒心が鎮まり始めた時、再び女性の声が部屋の中へと伝わる。


『入りますね』


 合図と共に静かに扉が開かれた。

 いつもこんな感じなのだろうか、少々狼狽える少年を待たずして声の主が現れた。


「失礼します……」


 やはり昨日少年を案内してくれた女性、リーシェだった。

 リーシェは部屋の中をきょろきょろと見渡すと、やがて少年と目が合う。


「あ……」


「……リーシェか」


 少年がリーシェの名前を呟いた途端、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「少年君!昨日ぶりだね!」


 相変わらず無垢な笑顔だ。

 表情の無い少年にはやや羨ましく感じるが、自分にそんなものは似合わないだろう。


「何時もここへ来るのか?」


 一番は何しに来たのかが訊きたかったが、自分が言えた立場ではないと気持ちを圧し殺す。

 少年の問いかけにリーシェはアトリエの中へと入ると室内を見渡しながら。


「時々ね。レスナーさんったらあまり片付けられないから……だから私がよく手伝いに来るの」


 成る程、昨晩レスナーが軽く片付けていたのはリーシェの指導故なのか。

 と、勝手に解釈した少年は一人勝手に頷いた。


「へえー、魔術紙を作っているんだ」


 リーシェが後ろから作業台を覗き混んできた。


「知っているのか……?」


 自分が知らないだけなのかと不安になった少年は、世間での知名度を確かめようとリーシェに訊く。


「うん。魔術紙はその名の通り、魔術の効果が付与された紙で、魔術を扱えない人でも使える優れものなんだよ!」


 誰でも使えるのか……。

 リーシェの言葉に更なる魔術紙への感心が深まったのか、少年が顎に手を当てながら考えていると、リーシェがふと顔を近付けてすんすんと嗅覚を働かせた。


「少年君、凄い臭いがするよ?あれから体を洗っていなかったの?」


 驚いた様子のリーシェに、少年は彼女から視線を逸らしながら答える。


「……ああ」


 そんな少年の様子にリーシェは人差し指を立てながら真剣そうな目付きで言う。


「駄目だよー、体は清潔に保つよう心掛けなきゃ」


 何も言えない。

 あの時は正直食事を貰えただけで気持ちがいっぱいだった。これ以上何かを要求するのは申し訳ない感情があったからだ。


「今から私が準備してあげるから、待っててね!」


 会話は一方的に進んでいた。

 体を洗えるのはいいが、他人の場所で勝手にやっていいのか心配だった。

 それ以前にレスナーとリーシェの関係が全く読めなかった。

 少年は部屋の奥へと進むリーシェを止めることも出来ず、ただ見送るだけとなっていた。




 部屋の奥にある小部屋に少年はいた。

 室内にある大きな桶を満たす水からは湯気が上がっている。

 一糸纏わぬ姿の少年の体は痛ましい傷痕が幾つか残されており、夥しい数の煤汚れに浴びたかの様な血液の後が乾いたまま未だにそのおぞましさが伝わってくる。

 少年はそんな自らの体を見据えながら黙って擦り続け、落としていた。

 今思えば何故自分がこの様な状況になっていたのか、それは謎だった。

 レスナーやリーシェは何か知っているような様子だったが、教えてくれる気配は無い。

 少年がそう考えていると、突如背後で空気の流れを感じた。

 一瞬で誰かが入ってきたんだと悟るが、冷静に考えてこの状況でそれは普通ではない。

 今このアトリエに居るのは少年とリーシェの二人のみの筈だ。レスナーが帰って来たとしても明らかに利用中の浴室に不用意に入るとは考えにくい、となると……。


「少年君、体洗うの手伝ってあげる」


 やはりリーシェだった。

 彼女は幸いにも衣服を身に付けたままであったが、少年は動揺を隠せなくなる程に狼狽えた。


「よ、よい……!じ、自分で出来る……!」


 少年が上体だけ振り返りながら申し出は不要と訴えると、リーシェは何かに気付いたのか、頬に手を当てる。


「あっ、た、、確かにこれはいけないことだよね……。す、姿は小さい男の子なんだもんね……。そうだよね……」


 何故この女は自分より恥ずかしそうにしているんだ……。

 そう思ったが今はそんな流暢にしている余裕はない。

 今はこの状況を打破しなくては。


「で、でも……一人だけじゃきっと大変だから手伝うよ!」


 リーシェが更に近付く。

 少年は防御体勢になりながら身を引いた。


「よせ……や、やめろ……!」


 静かな居住区で二人の声が昼間から鳴り響く。




 浴室を出てからリーシェと二人で作業を始め、そして終えた頃にレスナーが帰って来た。

 作業部屋である玄関扉の室内に置かれた机を少年、リーシェ、レスナーの三人が囲んでいた。

 入浴後の手入れされた少年の体は清潔さを物語る程に綺麗になっていた。

 衣服は相変わらずレスナーの御下がりだが、無いよりはましだ。

 リーシェが自身の衣服の提供を提案してきたが丁重にお断りさせていただいた。


「リーシェが入れてやったのか、手間をかけさせたな」


 少年の姿を見たレスナーは、そう言ってリーシェに感謝を伝えた。


「あ、き、気にしないでください……!」


 浴室での余韻が残っているのか、ふとレスナーに言われたことに動揺した様子で受け答えをするリーシェに、少年は黙ったまま彼女にお辞儀する。


「若造、魔術紙作成の作業ご苦労だった」


 レスナーから労いの言葉を受けた少年は、小さく首を振った。


「いや、リーシェの助力があっての結果だ」


 レスナーが帰ってくるまでに何とか受け持っていた魔術紙作成の作業を終わらせる事が出来たのはリーシェのお陰だ。感謝される程ではない。

 そんな少年の謙遜の態度にレスナーは脱力気味に息を吐く。


「そうか……。すまぬなリーシェよ、本来はこやつの仕事なんだが……」


「いえいえ、作業自体は少年君がやっていたので私は何もしていませんよ!、あの量を短時間で終えることが出来たのはレスナーさんの教えの賜物だと思います」


 リーシェは笑顔でレスナーに言葉を返すと、彼は乾いた笑いを浮かべる。


「ふん、教えか……。またこうして再び誰かの為に教えを説く事になろうとはな」


 レスナーがため息混じりに自らの行動を皮肉った。

 そんなレスナーの様子に少年は彼の過去に何があったのか、少し気になったが、他人の詮索はご法度と感じ、訊かないことにする。


「若造……」


 ふとレスナーが少年を見据えながら呼んだ。

 少年は呼び掛けに応じて視線を向けると、その目線はいつもの険しい目付きからでも違いが分かる程に真剣さを表していた。


「どうやらお前さんには名前が必要だな、何時までもただの若造じゃあ締まらぬだろう」


「名前か……」


 自分の本名は分からない。

 しかしながら、この先名前が無いのでは何かと不便だろう。

 少年は怪訝の表情で何か無いか考えるも、自身の浅い知識からでは上手い名前を紡ぎ出すことが出来ない。


「ふむ、そうだな……。名前には何かと由来があるが、お前さんの場合、どうすればいいか検討がつかん……」


 考えるも良い名前が浮かばなかったのか、そこで話を切ったレスナーの後にリーシェがふと両手合わせながら少年に言う。


「あ、そうだ!私いい名前を思い付いたよ!」


 二人の視線がリーシェへと集まる。

 リーシェはにこやかにその名前を少年へと伝える。


「えっと、クロ……なんてどうかな?」


「クロ……」


 その名前を聞いた瞬間、違和感や拒絶反応は一切生じなかった。

 自然と馴染めるような名前に驚き、少し目を見開いた少年に、レスナーは感心した様に頷く。


「ほう、それは善いかもしれんな」


「じゃあ決まりだね!少年君の名前は今日からクロだよ!宜しくねクロ君!」


 銘々したリーシェが一番嬉しそうだ。

 クロなる名前の由来は分からないが二人は納得した様子だ。

 自分だけが置いていかれている様な気がしたが、この名前なら直ぐに馴染めそうだ。


「では改めてクロよ。お前さんの正体が分かるまでそれを名乗るとよい」


「ああ……有り難く使わせてもらおう。感謝する、リーシェ」


 少年は、リーシェに感謝すると、彼女は終始嬉しそうにしながら言う。


「ふふ、気に入って貰えたようで良かったよ」


 三人が認めた時、少年はクロという名前で動き始める。


 自分が何者なのか知る、その時まで……。


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