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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
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小さな尋ね人

 王都を暫く歩くと、賑やかだった市街地は軈て静かな居住区へと出た。

 先程の大通りとは違って高い建造物は無く、背の低い家屋がそれぞれの個性を出しながら列を成して街を形成している。

 人の通りこそ少ないものの、数少ない街中の店舗には外からでもしっかりと人の賑わいを確認出来る。

 そんな居住区を一人の少年が視線を左右に向けながら歩きつつ、何かを探している様子だった。

 傍から見ると、道に迷った子供の様に見えるが表情が無い為その真意は分からない。

 しかし、世の中にはそんな相手の気にもかけずに気を遣おうとするお人好しも存在する。

 少年が耳から感じる自分ではないもう一人の足音に気付いて振り返るのとそれは同時だった。


「君、どうかしたの?」


 風に導かれるかの様に聞こえてきた声は若い女性のものだった。聞いていてとても安らぐような、そんな柔らかい声だ。

 少年が声の主を確認すると、そこには若い女性が一人立っていた。

 横で三つ編みに束ねた金色の長い髪を後ろの大きなリボンで結んで下げている。

 顔からはっきりと見てとれる程の鮮やかな碧眼、この辺りの人々の格好とは違う服装をしていてとても清楚な飾り付けだ。露出の無い大きなドレスがとても華やかに見える。

 そして、耳には異種族を象徴する尖った耳がある。おそらくはエルフの類いであろう。

 異国の人物だろうか、明らかに他の人とは違う風貌や雰囲気が際立つ。

 少年は女性へと振り返るなり直ぐに視線を戻す。


「いや……」


 無関係な人と無闇に接触する事に少し抵抗を覚えていた少年はそれだけを呟き、再び歩こうとする。


「迷っているんでしょ?」


 仰せの通りだ。抵抗を感じつつも少年には目の前で差し伸べられた手をとるか、自分自身で行くかどうか少し迷っていた。

 先の見えない不安が自身に迷いを生む中、少年は答えようとすると。


「実はね……」


 彼女が先に続けてきた。

 そして少しだけ目線を外してから少年へと向き直ると。


「私もなんだ……」


 思わぬ言葉が来た。

 少年は少し驚いた表情で見ると、先程とは違って遠い目をしていた。


「だから……、お互い様だね」


 少年は何が言いたいんだと不思議そうに見ると、微笑みを向けてくる彼女の瞳は何処か泣いているように感じる。


「……何故、泣いている」


 思わず口ずさんだ。

 少年の指摘に気付いたのか、彼女は一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに我に還り、慌てて首を振る。


「あ、ううん!何でもないよ、忘れて」


 それから彼女は何かを思い出したように手を叩くと、少年を見た。


「そうだ!少年君の迷っている事、一緒に解決してあげる!」


「……いいのか?」


 確認の為、もう一度彼女に問い掛けると、彼女は笑顔で頷く。


「うん。途中までになるけど、一緒に探そう?」


 この様子では否定して無駄な気がした。

 少年は素直に彼女の呼び掛けに応じ、その手をとることにした。


「分かった。宜しく頼む……」


 すると彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 そして彼女は少年の手を優しく握り返しながら続ける。


「私はリーシェ。宜しくね!」


 手を繋いだままリーシェと名乗った彼女は、笑顔を向けつつ挨拶をする。

 すると少年は、少し羞恥を感じると、リーシェから視線を外し。


「……ああ」


 それだけを呟いた。

 彼女から少年の名前を訊ねてくる気配はない。それには少しばかり違和感を覚えたが、気にするのはやめることにした。

 少年はにこやかにするリーシェの案内のもと、アトリエを探すことにした。




 夕暮れを越え、朱色の空は満天の星々によって漆黒を飾る中、王都の街角を歩く二人の影が街灯の灯りに照らされながら真っ直ぐ歩いていた。

 一人は少女にも見える小さな少年、もう一人は耳の尖った異種族の女性だ。

 少年は道中異種族の女性であるリーシェからアトリエについての話を交わしながら歩いていた。


「レスナーというのはどういう人物なんだ?」


 まだ顔を合わせていない為、どういった人物か不明な中、突然会う事に少し不安を感じていた少年は、レスナーの人物像についてリーシェに訊くと、彼女は露骨に考えたふりをしながら答える。


「うーん。……すごく堅い人で、他人にはとても閉鎖的かな……」


 閉鎖的、やはりこのまま会うのは門前払いを食らうだけか……。


 そんな消極的思考に入った少年にリーシェは言葉を付け足す。


「でも、一度認めてくれた人には協力的だよ!過去にも私の事を助けにきてくれたりして、とっても優しい人なの」


 補足するリーシェに少年は一切疑おうとせず何と無く納得した様子でそうかと返した。


「少年君も後悔は絶対にしないよ。だから逢ってあげて」


「分かった……」


 最後の言い回しに少し引っ掛かりを覚えたが今は気にする必要はない。そう判断した少年は彼女の頼みを承諾した。

 それから暫く歩くと、甃を囲むように並ぶ家屋の中に一つだけ異なる雰囲気の建物が見えてくるのを確認した。


「あれか……?」


 少年が訊くと、目的とおぼしき建物の前でリーシェは少年より少し前に出ると振り返り、立ち止まる。


「うん。でも私が案内出来るのはここまで」


「分かった。ここまでの案内、感謝する」


 リーシェに対し、少年は感謝の気持ちを伝えると、彼女は微笑んだ。しかしどこか少し寂しそうな表情をしている。


「ありがとう、一緒に居てくれて」


 振り向き様の彼女の言葉は、少年をどこか懐かしさを感じさせた。

 何故だか初めてではない様な気がする。

 気のせいだとは思うが、彼女と一緒にいると妙な気持ちにさせられる。

 一人思い詰めた少年は、リーシェへと問い掛ける。


「なぜ……私を気遣った」


 少年の質問を聞くと、彼女はふとどこか遠い目をしながら後ろで手を組み、考える素振りをした。


「それはね……」


 少年が見据える中、リーシェは答える。


「今は、言えない、かな……」


 彼女の答えに、少年はこれ以上は訊かない事にした。




 リーシェという女性と別れ、一人になった少年はアトリエという名の建物と向き合った。

 外装に特徴は無く、材質は木で出来たとても単純な造りだった。そして扉にはアトリエという文字だけが彫られた小さな看板が打ち付けられている。

 唯一ある粗末な窓から覗ける筈の内部は暗くて何も確認出来ない。

 本当に人がいるのかと疑問なところはあるがもう迷っている必要などないと悟った少年は、意を決してその扉を引くと、建物の中の空気が一気に吐き出された。

 少々埃っぽいが木造故の独特の木の匂いが一緒に漂ってくる。少年は一歩だけその身を内部へと入れた。

 静寂に包まれる屋内から人の気配を探ったがそんなものなど微塵も感じられない。


「誰かいないのか……?」


 少年は声を出したが返事が来る気配はない。

 少年は扉を閉め、更に中へと進むと、街灯の灯りが微かに窓から内部に差し込み、少しだけだがうっすらと中の家具や物を視認できる。だがどれも乱雑に置かれており、まるで荒らされた後の様だ。


「なんだここは……」


 思わずそう呟いた。

 アトリエと聞いて来たが何かを工芸する様な物など何処にも見当たらない。


 無駄足だったようだな……。


 無人と認識した少年は、仕方ないと判断し、踵を返そうとすると、部屋の中から妙な感覚を受けた。

 少年が振り向き、感じた先を見通すと、とある一つの巻物に目がついた。

 普通の物とは違う存在感を感じた少年は少しずつその巻物へと近付く。

 近くまで来ると、その巻物からは僅かな光を帯びている事が分かった。それに、感じた事の無い奇妙な臭いが僅かに鼻を突いてくる。


 これは……。


 好奇心に狩られた少年が巻物へとゆっくり手を伸ばすと。


「誰だ……!」


 奥から声が聞こえた。

 枯れた様な声からしておそらくは老人の声だろう。

 少年は驚き、声のした方向へと目を転じて警戒すると、そこには目付きの鋭い白髪の老人の姿が薄暗い中、確認出来た。

 老人は暫く少年を見据えていると、軈て淡々と歩き始めながら部屋へと入る。


「空き巣なら間に合っているぞ……」


 何とも皮肉な言葉が来た。

 しかし、これまで聞いたこのアトリエの人物の特徴からしてこの老人で間違いないと悟った少年は老人を尋ねる。


「そなたがレスナーか?」


 すると老人は近くの棚の引戸を開き、そこからランタンを取り出してはそれを机に置いた。

 その老人は、置かれた机上のランタンを蝋燭も無いまま灯りを灯して見せた。そして


「……いかにも」


 老人レスナーは端的に答える。

 そして明るくなった部屋の中、少年の姿を見たレスナーは、驚きのあまり目を見開く。


「な……」


 レスナーが何故驚いたのかは分からなかったが、少年の事を何か知っているような様子だった。

 はっきりと伝わらない反応をやや不快に感じた少年は怪訝な表情をしながらレスナーを見る。


「……なんだ」


 少年に言われたレスナーは直ぐに理性を取り戻すと、小さく首を振って自らの動揺を振り払った。


「……ああ、すまないな。あまりにも知人にそっくりと思ってついな……」


 無関心そうな口調で言うレスナーは、その後、言葉を続ける。


「……誰かに言われて来たのか。その様子じゃあ何か用事があって来たわけではなさそうだが……」


 確かにこれといった用事はない。誰かを宛にしながら生きるしか選択肢が無かった少年には耳の痛い話だ。


「ジルクリードという男からの紹介でここに来た」


 その人物の名を聞いた途端、レスナーは既に皺のある眉間に更に皺を作りながら不快そうに言葉を吐き捨てる。


「あやつか……ふん、あの小わっぱめ、余計な事をしよって……。用事がないなら出ていけ……仕事の邪魔だ」


 レスナーは散らかっている部屋の片付けを始めながら悪態をつき、少年に突き放す様に言うと、会話の無い間が始まった。

 何とも気まずい空気の中、片付けをする物音だけが二人の空気に気遣うかの様に鳴る。

 そしてお互い一歩も引かない中、痺れを切らしたレスナーがふと少年の側にある椅子に指を差す。


「……そこの椅子に座れ。いつまでも立たれると鬱陶しいわ」


 少年は言うことに従い、目の前の椅子に腰をかけた。

 木製の椅子だが作りがいいのか、座り心地は抜群だ。しかしながら椅子の大きさが大人向けなのであろう、まだ小さい体である少年には少々もて余す。


 ぐううう……。


 腹が鳴った。

 空腹を知らせる鐘だ。

 少年は表情を変えないままお腹に手を当てて様子を確かめていると、片付ける手を止めたレスナーが背中越しに少年へと伝える。


「……そこで待っていろ」


 そう言ってレスナーは部屋の奥へと向かっていった。

 言われた通り、少年は大人しく椅子に座っていると、暫くしてレスナーが戻ってくる。

 よく見ると、その片手には器が乗っており、そこからは湯気らしき白い霧の様なものが昇っている。


「ほれ」


 目の前の机にそれは置かれた。

 木製の器が飾る乳白色の液体には何やら淡い褐色の塊がごろごろと幾つか浮かび上がっている。そしてそこから放たれる甘い香りが鼻を襲い、忽ち理性を奪われそうになる。

 少年は息を飲んだ。

 じっとその液体を注視する少年に、レスナーは疑問を顔に描いたような表情を浮かべる。


「なんだ、要らんのか?」


 要らないわけがない。

 少年は首を振ると、素早く側にある匙を手に取り、器を片手にそれを掬い上げ、慎重に口に流し込んだ。

 とても温かい。空腹のせいか、口に含んだ液体が全身に染み入る感覚だ。

 少年は老人が見据える中、無我夢中になりながら次々と口へと運び、食事を堪能した。




 匙を手に取ってから器の底が見えるまであっという間だった。

 少年は匙を静かに器へ置くと、目の前に座るレスナーへ頭を下げる。


「感謝する。……とても美味であった」


 謝儀を受けたレスナーはふうと息を吐くと、ゆっくりと立ち上がり、少年を見る。


「ふん、空腹を訴える乞食の分際で、随分と立派な口を叩くわ……」


 そう言ってレスナーは少々不快そうな表情を見せるが嫌そうな感じではなかった。


「奥に寝床を用意した。床だが枕と掛け布団くらいはある。もう遅い、満足したならそこで寝ろ」


 レスナーは最後にそう言うと、部屋の奥へと去っていった。

 彼は閉鎖的と聞いていたが何故ここまでしてくれるのだろうか。

 そう思ったが、今は世話になる他無さそうだ。

 彼を黙って見送った少年は、一人残されると自分が食べた器と匙を持って立ち上がり、食器を洗うことにした。

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