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Zagroud Fertezia ~堕ちた英雄と記憶喪失の少年~  作者: ZAGU
第一章『強欲の国』
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温情と見返り

 広大な草原を一人の影が歩いていた。

 あれからどれ程歩いたのか分からない。

 異様に渇いた喉が水を欲していたがそんなものなどある筈もない。


 喉が、渇いた……。


 少年の容姿をしたその影は苦しみに顔を歪ませながら著明な目印となる岩や樹木等を目指して点々と進んでいく。

 陽もかなり傾いてきたところで、少年は草原の先に一筋の線の様なものを確認した。


 あれは……。


 明らかに自然のものとは異なる存在は、近付くに連れ、それは道であることが分かった。


 道……?


 目の前まで差し掛かると足を止めると、それは地盤が何度も踏み固められた広い街道だった。

 草木は綺麗に取り払われ、地平線から地平線へと伸びていく。ここを馬車等が通るには都合がいいくらいしっかりとした造りだ。


 これは……。


 少年が見下ろす先にはまだ新しい轍がはっきりと残っていた。


 まだ使われているみたいだな……。


 途方に暮れていた意思に僅かながら希望を感じた時、遠くから何かが近づく音がした。


 何か来る……。


 急いで近くの岩影へと身を潜める。

 そして近づく音を観察した。




 辺り一面の草原に伸びる広くもなく、狭くもない普通の街道を一台の馬車が走っていた。

 馬車には二人の男が乗っており、そこには御者台で手綱を引く中年の男に、荷台の樽に腰をかける若い男の姿だ。

 二人は穏やかな雰囲気に包まれながら何やら和気藹々と話していた。


「いやぁ、ジルクリードさん本当に助かりますよ。ここ最近野盗や魔物が活発化しているんで安心して積み荷を運べなかったんですよ」


 中年の男が陽気な様子で背中越しに気持ちを伝えると、ジルクリードと呼ばれた荷台の若い男は軽く笑う。


「気にすんなよおっさん、俺も仕事だからな。これくらいのひとつやふたつ、朝飯前さ」


 ジルクリードの発言に心強さを感じたのか、中年の男は満足そうに笑った。


「はっはっは!流石は、名の知れた傭兵さんですわ。あんたたちがいるお陰で恐慌的な世の中でも希望を持てるってもんだ!」


「任せておけ!ま、魔物や野盗が出た時は報酬を弾ませてもらうけどな」


「あいよ、何でも言ってください!ところで……」


 ふと話題を変えようとする中年の男にジルクリードはうん?と視線を向ける。


「自分で言うのもなんですが、あんたほど実力がある人が、なんでこんな仕事を請け負ってるんですか?」


 中年の男の素朴な疑問にジルクリードはふと真剣そうな表情を見せながら腕を組む。


「実は、ドルクメニルでかなりでかい依頼があってな。内容は不明な部分が多いが、今アレクシア王国が交戦中の同盟国ヴェリオス王国の実態調査になる。俺はそいつを請ける為に王都へ今まさに向かっている……ってことだ」


「成る程、つまり今受けている依頼はその足替わりのついでというわけですな!」


「ああ、まぁなんかそうはっきりと言われると刺さるものがあるがな……」


 中年の男が無垢な笑顔で発する言葉を少し皮肉に感じたジルクリードが苦笑いを浮かべた。


「ところでおっさん、王都へはどれくらいで着きそうなんだ?」


 ジルクリードの問い掛けに中年の男はどれどれと地図を取り出すと、周囲の風景と空を見上げながら答える。


「この調子なら四つ時もあれば到着しますね。まあこの辺は比較的安全だと思うので、ジルクリードさんは荷台で寝ててもいいですよ」


「ちょっと停めてくれ」


「え?」


 会話内容とは無関係な返しに唖然とした中年の男に構うことなく、ジルクリードはもう一度言う。


「馬車を停めてくれ」


 馬車は馬の鳴き声と共に緩やかに停車した。


「どうしたんですか?突然……」


「気配を感じる。おっさんはそのまま待ってな」


 ジルクリードは馬車から飛び降りながら中年の男に指示すると気配を感じる街道脇の大きな岩を警戒した。

 少しの間様子を見ていたが状況が変わる様子がないと感じたジルクリードは岩の方へ向けて叫ぶ。


「誰だ!そこにいるのは分かっている。こそこそしていないで出てきたらどうだ」


 呼び掛けに応じたのか、岩の影から一人の人物がゆっくりと姿を現した。


 子供……?


 岩影から出てきた人物はまだ若い少年だった。

 くたくたの衣服を身に付け、肌は煤や傷に染まっており、そして全身の至る所に渇いた血液が付着していた。

 そんな異様な姿の少年に緊張感が走ったジルクリードは腰に下がる剣に手を掛けながら問い掛ける。


「おい坊主、何処から来たんだ。それに何故そこで隠れていた」


 少年は考えた。

 しかし考えの整理がつかない今では答えを出すのが困難だ。

 反応がない少年にジルクリードは少し様子を伺った後、心の中で頷いた。


「答えられる様子でもないか……。ならば最後に問う」


 少年はジルクリードを見た。

 対するジルクリードも目を逸らすことなく訊く。


「お前、名前は?」


 名前を聞かれても思い出せる筈がない。

 分かるのなら教えてほしいくらいだ。

 考えれば考える程表情は困惑で歪む。

 そんな少年の様子にジルクリードは剣に掛けている手から力を抜かしていく。


「自分が分からない……か」


 少年を見据えていたジルクリードはそれだけを呟くと、警戒をといた。


「ふん……。分かった」


 ジルクリードは何か納得した様子を見せると、背後の馬車に乗っている中年の男に歩み寄った。


「なあおっさん。この坊主も一緒に王都まで連れていってもいいか?」


 中年の男は当然困惑した。


「え、でも身元不確かですし。それにその子、見るからに訳ありといった感じじゃないですか……」


 中年の男の言っていることは尤もだ。

 まだ大人と言うには分不相応な姿だが、何処の馬の骨かも分からない奴を馬車に乗せるのは不安だ。

 問題に巻き込まれたらたまらないといった感じなのは理に適っている。

 しかしジルクリードはそんな事を一掃する。


「安心しろ!この俺が居るんだ、何かあったら対処するだけの話だし。それに、あの坊主からは悪意は感じられない。だからここは俺に任せてくれ」


 押し付けがましい彼の言い分に中年の男は困惑するもやがて深くため息をついた。


「はぁ……。分かりました、ジルクリードさんがそこまで言うのなら」


「流石はおっさん!ありがとよ!」


「その代わり、今回だけですからね!」


 中年の男が不安そうに声を張ると、ジルクリードは応よと軽く片手を上げて反応し、少年へと近付いた。

 そして少年は近付いてくるジルクリードを見た。先程とは違い、かなりその気楽さが伝わってくる。


「坊主、一応名前を名乗っておこう。俺はジルクリード・アウゼルセンっていう傭兵をやっているもんだ。ここで逢ったのも何かの縁だし、まあ堅苦しいのは嫌いだから気楽にジルって読んでくれよ!」


 随分と馴れ馴れしい男だ。

 初対面相手に躊躇の無い馴れ馴れしさに此方の調子が狂い、少年の中をもやもやさせる。


「……ああ。宜しく頼む。ジル」


 仕方がなくジルクリードという男と足並みを揃えると、彼は気さくな様子で少年を馬車に乗るよう促す。


「俺達の行き先は王都だ。良かったら乗っていきなよ」


 俺の馬車なんだがと言いかけた中年の男が気持ちを圧し殺すと、喜怒哀楽がはっきりとしない表情で少年を見た。


「君、いいのかい?無理しなくてもいいんだよ?」


「問題ない。気遣い感謝する」


「あ、ああ……」


 中年の男の小さな希望は少年の謝意によって簡単に消え去った。




 地平線を見渡せる程の広さを持つ草原を一台の馬車が駆けていた。

 先程まで賑わっていた馬車は今では何とも言い難い雰囲気に包まれている。

 馬車の荷台にはジルクリードと少年が座っていた。少年の体には幾つもの白い布が巻かれており、痛々しい傷口は完全に覆われていて見えない。

 そんな少年の姿によしと頷いたジルクリードはその後、申し訳なさそうに片手を上げる。


「悪いな、今出来る応急処置はそれくらいしかできないんだ。本当は治癒魔法があればいいんだが、残念ながら俺には魔術の心得がない、許してくれ」


「いや、十分だ。感謝する」


 少年はそこまで言うと、御者台にいる中年の男がふと気になる様子で一度後ろに振り返っては前を向いて。


「そう言えば君、どこから来たんだい?この辺は比較的野盗や魔物がほとんど出ない地域なんだが、その様子から察するに他人事とは思えない気がしてね……」


 唐突の中年の男からの問い掛けに答えるかどうか躊躇ったが、このまま自身の事を教えないのもこの先何かしらの不利益や損を蒙る可能性がある。

 そう考えた少年は、馬車の後方へ指を指し、自身が来た方角を示した。


「あの山の麓辺りから来た……」


 二人が少年の指す方向へ視線を向けると、思い当たる節があるのか、ジルクリードがふと真剣に表情を固くする。


「あの辺りっつうと、イスラの街がある方向だな」


「イスラの街……?」


 町の名前を聞いて小首を傾げる少年に、今度は中年の男が補足する。


「この地方の中で最もエルキア教の信仰が強いとされる町さ。まあ町自体はあまり大きくはないが、その信仰の強さ故に、毎年何千もの人々が恵みを求めて祈りに訪れるんだそうだ」


 中年の男の言葉に少年はふと視線を向けた。エルキア、何処かで聞いたことのある名前だ。

 考え込む少年にジルクリードは問い掛ける。


「なあ、差し支えなければその時の状況を教えてくれないか?この先仕事をしていく上で情報網は広い方がいい。それに坊主も、俺を後ろ楯にする為の恩は売っておいた方がいいぜ?」


 口調こそややふざけている様に見えるが、ジルクリードの目は真剣そのものだった。そんな彼の推しに少年はやむを得ないと口を開く。


「あの町には、白いローブを着た人々がいた……。何か話しているようだったが、内容までは聞き取れなかった……」


 事の状況を話す少年の目に光は無い。

 しかし子供の様に見える容姿から放たれる言葉には、事の生々しさが犇々と伝わってくるのは明らかだ。

 そんな少年の話に一番驚きを見せたのは手綱を引いている中年の男の方だった。

 中年の男は何か思い当たる節があるのか、少し怯えた様子を見せながら少年に訊く。


「ローブの集団……それって、もしかして神聖ロマネス教の事じゃないのかい?」


 聞き覚えの無い名前が出てきた。

 何処の組織かは分からないが名前からして宗教関係で間違いなさそうだ。


「……おっと、随分と物騒な名前が出てきたな」


 ロマネス教の名前を聞いた瞬間、表情を曇らせたジルクリードは、此方を窺う少年に気付くと直ぐに表情を戻しながら片手をひらひらとさせる。


「ああ、悪いな。らしくないところを見せちまった」


 彼の初めて見る姿を意外そうに中年の男が見ていると、ジルクリードは未だに渦巻く胸騒ぎに軽く説明しようと言葉を続ける。


「あの連中にはちっとばかし払拭出来ない仇があるんだ。まあ出来ることなら二度と会いたくないが……」


 ジルクリードがそう言って辺りの様子を確認すると、沈黙する二人に調子が崩れたのか、頭を乱雑に掻きながら


「だぁっ!この話はやめだやめ!ほら、もう王都に着くぞ!さっさと準備しろ!」


 気になるが彼が話題を切ったのなら仕方がない。少年は軽く頷くと、中年の男も不穏な空気が一掃された様子でふと笑うと、手綱を持ち替え、馬を走らせた。




 暫く街道を走ると地平線から大きな城壁が見えてきた。

 遠くから見ると一筋の線に見えるが、目の前にまで来るとその大きさが窺える。

 最初にいた町よりも大きいのは一目瞭然だ。

 街道が突き当たる城壁の部分には馬車が余裕で通る程の大きさの門が開かれており、自分たちの馬車の他に幾つかの別の馬車が一列に並んでいた。

 馬車の列の最後尾についた自分たちの馬車から中年の男が門にいる武装した兵士を遠目に見た。


「何時もより検問の態勢が厳しそうですね……。こりゃあ時間がかかるかもしれませんよ?」


「ジル……」


 少年も検問の様子を確認すると不安を覚えた。無事に通過出来るといいが一筋縄ではいかないのは明らかだ。

 そんな様子に気づいたのか、ジルクリードがにっと笑った。


「心配すんな坊主。見るからにあれは正規軍じゃない、民兵だ。だったら俺に秘策がある」


 秘策だと?彼の陽気な雰囲気から放たれる秘策の言葉に若干の不信感があるがここは信じてみる他無さそうだ。




 やがて検問の時が来た。

 門の手前で民兵が槍を左右で交差させながら馬車を停めてくると馬車は停止し、一人の別の民兵が歩み寄ってきた。


「通門許可証はあるか?」


 御者台に座る中年の男が先に通門許可証を提示した。民兵はそれを確認すると、荷台に視線を向けた。


「行商人か。その二人は?」


 やはり聞いてきた。それにはすかさずジルクリードが身を乗り出しながら民兵に答える。


「傭兵だ。そしてこの坊主は依頼人の息子で、これから王都にある家へ返してやるつもりだ」


 それを聞いた民兵は暫く少年を見据えた。

 疑いをかけるような険しい眼差しに少年は目を合わせず下を向く。

 確かに少年の容姿は乾いた血や煤で汚れきっており、肌も傷だらけである。

 しかし、この様子では簡単に通して貰えなさそうな雰囲気である。

 見兼ねたジルクリードは民兵に喋りかけようと視線を向ける。


「なあ、あんた民兵だろ?だったら一人の民として、温情ある対応をしてほしいんだ。みんな色んな事情を抱えながら生きている。ここで判断を誤ったらこの先後悔するかもしれないぞ?こんなところで落とし合いは避けたい」


「お、脅しているのか……?」


 如何にも民兵らしい反応だ。正規軍と違って訓練されている訳ではない為、規律に縛られず、溌剌さが違う。

 ジルクリードは狼狽える民兵に更に食い付く。


「このままその基礎の無い規律心を貫き通してもいい。だが本当の誠意はどこにあるのか、そこを間違える程落ちぶれちゃいないだろ?」


 民兵は歯を噛み締めた。明らかに動揺している様子だ。

 彼もこの国に雇用された平民の一人だ。同情の一つや二つは必ず生まれる。

 その場が静まり返る中、民兵はゆっくりと口を開く。


「……いいだろう。通れ」


 渋々とした判断だった。ジルクリードは民兵の判断ににっと笑うと親指を立てた。


「ありがとよ!あんた最高だよ!」


 下手な褒め方だがその場で使う言葉としては一番無難かもしれない。


「早く行け!」


 民兵は槍で道を塞ぐ二人に指示すると、馬車を走らせるよう急かした。

 中年の男は民兵の指示に従い、馬車を走らせた。


「いやあ、上手くいったぜ」


 門を抜け、検問から離れたのを確認したジルクリードが安堵の笑顔を洩らすと、少年はそんな彼に無表情のまま言葉をかける。


「すまない、ジル……感謝する」


「いいってことよ!仕事以外でも善い行いの一つや二つ、やっておかないとな」


 ジルクリードは謝る少年にそう言って笑顔を向けた。

 何だか彼の場合、恩には因果応報を以て返される事を確信しているような様子だ。


「ジルクリードさん、一つ訊いてもいいですか?」


 ふと中年の男が質問を投げてきた。


「ん?どうしたおっさん」


「検問している兵士が正規軍だったら、どうしたんですか?」


 それを聞いたジルクリードは『あぁ……』とばつが悪そうに視線を沈ませた。


「……すまん、それは考えつかないわ」


 彼はやはり直ぐには信用出来なかった。




 王都の中を走らせること数分、馬車は大きな通りが幾つも交差する広場で停まった。

 外の賑わいから少年は馬車を降りると、それは大きな町だった。

 馬車の高さを軽々と越えるほどの建造物が幾つも連なりながら巨大な輪物線を描き、広場には様々な馬車や人々が行き交っていた。

 そんな町の光景を少年は眺めていると、ジルクリードは馬車を降りながら声をかける。


「さて、ここからは坊主、自分の足で歩け。俺はこの先まだ用事があるからな。相手してやれるのはここまでだ」


 少年はジルクリードに声に反応する様に振り替えると、深くお辞儀をした。


「何から何まで感謝する。この借りは必ず返そう……」


「お前からの恩返しなんて期待してねえよ。気にすんな」


 少年の厚意に手をひらひらさせながらジルクリードが弾くと、ふと何かを思い出したように改まった様子で見る。


「そう言えば坊主、この先いく宛はあるのか?」


 少年の返答はない。そんな様子を分かっていたかの様にジルクリードは


「ここを南の方角へ進んだ居住区にアトリエがある。そこにいるレスナーという老人を尋ねてみろ。何か分かるかもしれないぞ」


 少年は黙ったまま頷いた。

 ジルクリードはそんな少年の反応に満足そうに笑う。


「んじゃ、あばよ。またどっかで逢おうぜ!」


 ジルクリードはそう言って最後の挨拶にすると、馬車に再び乗り込んだ。

 そして、馬車の御者台に座る中年の男が心配そうに少年を見ながら


「気を付けてな……」


 ジルクリードの後に中年の男が最後に見せた笑顔には何故だか安心するものがあった。

 そんな感情を抱きつつ、少年は広場を後にする馬車を最後まで見届けることにした。

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