赤い頭巾を被った少女
オオカミが住む森の近くにとてもかわいらしい少女が住んでいました。その少女は幼いころにおばあちゃんに貰った赤い頭巾を毎日被っており、皆に『赤い頭巾の乙女』とからかい交じりに呼ばれていました。
ある日、少女は赤い頭巾を貰ったおばあちゃんに会いたくなりました。こんな素敵な贈り物を貰ったのにおばあちゃんの顔がぼやけたようにおぼろげになっていることに気が付いたからと、この贈り物のお返しを送ろうと考えたからです。
少女は思いついたアイデアをすぐに実行しようと、テーブルでお茶を飲みながら手紙を読んでいた母親に声をかけました。
「ねえねえ、お母さん。この赤い頭巾をくれたおばあちゃんはどこに住んでいるの」
「ふふ。あのね、おばあちゃんはあの森を抜けた丘に住んでいるわ。そういえば昨日届いた手紙に体調が悪いと書いてあったわね。お見舞いにでも行く? でもお母さんちょっと明日は忙しいから一緒に行けないわよ」
「私、もう一人でも大丈夫よ。買い物も一人でできるようになったし、あんな小さな森なんてすぐ通り抜けられるわ。それに具合が悪いなんて心配だもの」
幼い子ども扱いに少し不機嫌になって、膨れている少女の頭を愛おし気に撫でた母親は、困ったように笑ってお見舞いの品を入れる大きい籠を取りに行くために立ち上がりました。少女はこうなると止めることなどできません。たとえ駄目だと言われても家を抜け出して勝手に行ってしまうのでしょう。
「まったく、この強情さは誰に似てしまったのかしら… ほら、この籠にお見舞いの品を入れていきなさい。それと『赤い頭巾の乙女』はこれから言うこときちんと守ることいいわね?」
母親が少女の異名を使うときは本当に大切なことを伝えるときの合図です。少女は姿勢を正し、まじめな顔を作ります。
「はい。『赤い頭巾の乙女』は約束を破りません」
「あの森は穏やかだけどあそこにオオカミがいることは知っているでしょう」
「あの変わったオオカミさんの事? 声をかけてくるっていう」
「ええ、そのオオカミよ。そのオオカミに絶対に返事してはいけません」
少女は真剣な顔をした母親の言ったことにしっかりと、うなずきました。
「うん。オオカミさんに話しかけられても絶対に返事を返さないわ。私は『赤い頭巾の乙女』だもん」
少女が胸を張る様子を不安そうに見つめながら、母親はまた少女の頭を撫でるのでした。
次の日、少女はお気に入りのワンピースを着て黒いローブをはおり、赤い頭巾をして、ワインと少女お手製のサンドウィッチを入れた大きな籠を持って元気よく森に向かって歩き出します。
「いいわね。約束は守ること、もし何かあったら大きな声をだすこと、それから…」
「お母さん。そんなに言わなくてもわかっているわ」
「でも… わかったわ。お母さんも用事が終わったら行くからね」
「うん、ゆっくりでいいからね。行ってきます」
母親が心配そうに見送るのを気にせずに少女はワクワクしながら歩きだしました。
「ふふ、私のおばあちゃんはどんな人だろう? こんな素敵な贈り物をくれる人だからきっと素敵な人だわ。ああ。会えるのが楽しみ」
少女は鼻歌を歌いながら森の中に入りました。心なしか足取りも弾んでいます。
その時、木の陰から柔らかい声が少女に訊ねました。
「かわいらしいお嬢さん、あなたはどうしてそんなに楽しそうなの?」
少女は突然の声に、誰の声なのかも気にせずに返事を返します。
「うふふ。これからおばあちゃんのお家にお見舞いに行くの。この赤い頭巾をくれた素敵な人なのよ」
すると木の陰の声も、とても嬉しそうな弾んだ声で言いました。
「ああ、ありがとうお嬢さん、僕の問いに答えてくれた人間は君が初めてだよ。おかげで僕の飢えはやっと満たされそうだ」
その声とともに木の陰から飛び出してきたのはあれだけ返事をしてはいけないと言われたオオカミでした。
「オオカミさん…」
少女は大きな声を出そうとしますが、喉が引きつって声が出ません。ただ、大きく目を見開いて固まるだけです。少女は真っ青になりました。あれだけ念を押されたお母さんとの約束を早速、破ってしまったのです。
オオカミは少女に飛びかかろうかという態勢になりましたが、しかし、その瞳はなぜか何かに怯えているように揺れていました。
オオカミが少女に襲い掛かろうとした、その瞬間、『パンッ』銃声が森に響きました。
オオカミは突然の銃声にまるで我に返ったかのように少女を見つめると、怯んだように踵を返して森の奥に走っていきました。
オオカミが見えなくなると少女は崩れるように地面に座り込みます。
そこに駆けてきたのは銃を担いだ狩人でした。
「大丈夫? あのオオカミに返事をしてしまったんだね… えーと、君はこれから丘に住んでいるおばあちゃんに会いに行くんだよね。お母さんから聞いてるよ。送っていこう」
少女は突然現れた狩人が担ぐ黒光りする銃に、おびえた目を向けると狩人は大きな体で銃を隠しました。そして少女の体を抱き起しました。
狩人は日焼けした顔を、少女を安心させるようにほころばせながら少女の頭を軽くなでると、その大きな手で少女の小さな手を優しく握りゆっくりと歩き出しました。
「あのオオカミさんはどうしてあんなに苦しそうだったの?」
しばらく黙って歩いていた少女は、さっき気になったことを狩人に問いかけます。自分が襲われかけたショックが少し和らいだ途端にあのオオカミの様子がおかしかったことが気になったのです。
「あれ? 君は狼が怖くなかったの?」
狩人がからかい交じりに少女の顔を覗き込みますが、血の気の引いた青い顔を見ると少し眉を寄せました。
「そうだよね。怖くないはずないか… まあ、でも、さすが赤い頭巾の乙女かな。村でも有名な優しくて勇気のある少女だよね」
狩人はおどけたようにそう言うと、少女の顔がほんのりと赤くなりました。
「ほ、褒めても、サンドウィッチぐらいしか出ませんよ~」
「おっ、サンドウィッチをくれるなんて褒めがいがあるね」
少女の顔色が戻ったことを確認した狩人は少し悩んだ末に、オオカミにまつわる話をすることにしました。
「あのオオカミではないかもしれないけど、オオカミの面白い話があるんだ」
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