9.
途中、息絶えた最後の1匹だと思われるヒルドウルフオオカミも回収した。
やはりあの怪我ではそう長くは持たなかったらしい。
その1匹がアイテムボックスに収まるまで、家が集合して立っている場所を2.3見つけていた。だが残念ながらそれのどれにも人の気配は感じることができなかった。
つまりどこか食事を摂れる場所もないのである。
すでに角ウサギの肉は底を尽きた。
出会えたのはあの1匹だけなのだ。消費するのは私一人だけとはいえ、足りるはずがなかったのだ。
キュルキュルと可愛らしい音を立ててご飯を欲するお腹をさする。
木の実や果実でお腹を満たすのもそろそろ限界だ。
だからといってヒルドウルフの肉を食らおうとは思わない。
美味しくなさそうだからという理由が一番だが、私の直感が我慢しろと告げているのだ。
私は自他共に認める感覚派である。
昔から自分の直感に従って間違った選択をしたことは一度だってない。
毒性があるのかもしれない。
どこか埋められる場所があったら4匹同じ場所に埋めることにしよう。
仕方なくもう飽きてしまった果実をかじる。
フルコースが食べたいなんてワガママは言わない。
だからせめてパンか肉が食べたいと再び足を動かすのだった。
それからどれくらいの時間が経っただろうか?
王都を出てから2回目の夜を迎えたばかりの私のお腹は限界を迎えていた。
そのおかげといっていいのか、鼻と耳はいつも以上に活発に働いていた。
「人ね!!」
――遠くから微かに聞こえた布の擦れるような音を聞き逃さないほどには。
「う、うわぁああ!」
人間との感動的な再会を果たした私は、はしたなくもその相手の肩をガッシリと掴んだ。
「この近くでご飯を出してくれる店を教えて!」
教えてと頼んでおきながら、答えてくれるまでこの相手を逃がすつもりはない。
なにせこの男を逃したら次の食事の機会がいつやってくるかもわからないのだ。
さぁ早く教えろと肩を握る手を強める。
するとその人はパチパチと瞬きをしてから、驚いて固まっていた表情を徐々に和らげていった。
「お嬢! お嬢じゃないですか!!」
「は?」
お嬢? 何それ? と首を傾げると、男は気にした様子もなくハハハと笑った。
「ああ、飯屋が先ですね。とはいえうちの村にはそういうの無いんで、うちの家でよければお出ししますが」
そして身体を反転させると、村の方向を指すように手のひらを向ける。
「いいの!?」
「ええ。ささ、お嬢こちらへ」
「悪いわね」
誰かわからないが好意に甘えることにした私は男の後に続く。
村に入ると若いとは言えない男達が誰も彼も私を『お嬢』と呼んだ。
目の前の男と同じように呼ぶその声と、私へと向ける視線は歓迎されているようでむず痒い。
「今帰った」
「おかえりなさい、あなた……そちらのお嬢さんは?」
「お嬢だ。お腹を空かせているようだから、うちでご飯を食べていってもらおうと思ってな」
「この方が『お嬢』さんなのね! ちょっとあなた、そんな方をうちだけで歓迎していいの!?」
「ん? ああ、そのうち他のやつらも来るだろう」
「そう、ならいいわ。『お嬢』さん、狭い家ですけど寛いでください」
男の奥さんだと思われるその女性まで私を『お嬢』と呼ぶのだ。
もう我慢できなくなった私は、女性がキッチンでご飯を作ってくれているのを待つ間、思い切って聞いてみることにする。
「ねぇ、そのお嬢って何?」
「お嬢はお嬢ですよ」
「何それ?」
「『お嬢』さん、どうぞお召し上がりください」
「ありがとう」
湯気のたったポトフとこぶしサイズのパンを目の前に用意された私は短くお礼を告げる。
そしてさぁ食べてくれと言わんばかりにニコニコと見守る2人の目の前で、私は1人、遠慮なく食事をとることにした。
「お嬢は覚えていられないかもしれませんが、昔俺達はまだ幼いお嬢に説教されまして……その時からお嬢は俺達の恩人なんですよ」
「そんなことあったかしら?」
うーん、あったような、なかったような?
スプーンを運ぶ手を動かしたまま、記憶を漁ってみるものの、やはり思い出せない。
だが両親が生きていた頃の話であることは間違いない。
となれば5年以上は前の話ではある。
それにわざわざ幼いと付けるからにはもっと前のことだろう。
そんな昔に、ここに来るまでに会ったたくさんの男達に説教なんて…………したわ。
思い出した。
「あなた、コロッピオ山にいた山賊の頭領ね!」
「はい! 思い出していただけましたか!」
彼こそ4歳の時にシルフと共に相手した山賊である。
となると先ほどの彼らはその一味か。
そんなの一目見て気づくはずがないでしょ……。
時間が経ち過ぎていると言うのもあるが、私が会った彼らは無精ヒゲを伸ばし、髪も伸ばしっきりで雑に1つにまとめていた男達なのだ。
そんな男達が十数年後にはヒゲを短く剃り、頭にタオルを巻いて、鍬を手にしている農夫になっているとは想像もつかない。
だがそうしろと言ったのは他でもない、過去の私なのだ。
「あの日、お嬢に出会えて、進むべき道を教えてもらえたからこうして真っ当な道を歩んでいくことができました」
「あなた、お兄さんがいたわよね?」
一度思い出せばあの日のことはつい先日の出来事かのように鮮明に流れ込んで来る。
確か人数は20人と、山賊にしては大所帯で年齢層も広かった。
そんな彼らを率いるのは2人の、20代前半ほどの兄弟だった。
「はい! 兄貴はあれからお嬢のように誰かを守れるようになりたいと冒険者になりまして、今はそこそこ名を馳せているんです!」
「そう……それは良かったわ」
元より生活苦から山賊になった集団である。
方法こそ間違えてしまったが、彼らは決して弱者や金のない人達を狙うことはなかった。
彼らが狙うのは贅沢三昧の貴族か悪徳商人かの二択だった。
彼らは最後の最後、踏み外してはいけない道だけは踏み込まなかったのだ。
何より地方の地区を中心に回る小さなキャラバンは何度通っても一度も狙われなかったというが一番の証拠である。
奪った宝石などは全て金に換えて、食料を調達しては自分達で食うのではなく、近隣の村の女子どもに与えていたというのだから元より悪い人達ではなかったのだ。
それにしても強奪は良くないことだ! と子どもながらに大人達に説教をした。
今思えば、世の中をよく知りもしないたかだか4つの少女の話をよくも真面目に聞いてくれたものである。
その上、私が彼らの生きる道を示せただなんて大げさすぎる。
私はただたまたま手に入れた魔物の毛皮だの、宝石だのを与えただけなのだ。
これを元手に農業でもしなさい――と。
奪うよりも育てなさい――と。
「これは村で取れた野菜なの?」
「はい!」
「美味しいわ」
「ありがとうございます」
それがこうして回り回って私の胃を満たしているのだから、不思議なものである。